第13話 魔物のこと

「待って。わからない」


 私は混乱しながらも、自分を立て直す。


「あなたの発言には、納得できない点があるわ。私は何年も勇者パーティとして魔物と戦ってきたの。私は理由もなく魔物が人を襲う現場を何度も目撃してきた。今更魔王が人の味方なんて信じらんない」


 もし、情報が操作されているとしても、私自身が目撃した事実は誤魔化しようがない。

 睨み返す私に、魔王は頷いた。


「それは余も承知しておるが、余の範疇ではない」


「……は?」


 キョトンとする私に、魔王は説明する。


「太古の昔より、ラルワルム山脈には異形の『魔物』が『発生』する。その中で周期的に飛び抜けて強い魔力を持つ者が現れる、それが『魔王』だ。魔王はラルワルム山脈から生まれた魔物を支配する能力を持っておる。しかし」


 ふっと息をつく。


「ラルワムル以外の土地でも魔物は生まれる。魔王よりもっと昔に発生した精霊だっておる。それらは現在余の支配下にない。もっとも、余が進軍し版図を広げていけば、その土地に棲む魔物を服従させることはできるが、それは余の欲するところではない」


 ……つまり、今人を襲っている魔物は魔王に関係ない野良魔物ってことね。


「でも、支配したくないから放置って、無責任じゃない?」


「それは人とて同じこと。自国の王が他国民の罪の責任を負う理由はないであろう」


 ……めっちゃこじつけ感満載だけど、統率のできた魔物の軍勢にならないだけマシなのかしら。


「人には見分けがつかぬであろうから、人が山の魔物と里の魔物を一緒くたに嫌うのは構わぬ。魔物と人が個々に殺し合うこともなんとも思わぬ。生物とは生きるために他者と命を奪い合うものだからな」


 魔王は淡々と語る。


「だが、余の権限の及ぶ範囲において、ラルワムルの魔物はいたずらに人の命を奪わない。それは約束しよう。そして、人は人が統べるべき。余はこの土地のまつりごとが民草にとって正しく行われるのなら、すぐに山の奥へと戻ろう。そのことを人の王に伝えたい。そのために聖女、そなたを喚んだのだ」


 なるほど。魔王の言い分は一応理解できた。

 だって……私の生まれた村も、領主の圧政で貧しかったから。

 

「でも、どうして私を選んだの?」


 その疑問に、魔王は憂いげに目を伏せた。わ、睫毛ながっ。


「何度目かの書状が梨のつぶてだった後、余は余と人の王との間を取り持つことのできる人材を探した。それが、勇者だ」


 ……ん?


「勇者はこの国の民草に絶大な支持を得る人格者で、王の覚えめでたいと聞く」


 ……いやいや、実際は最低浮気ヤローで、国王に謁見したのだってつい先日だよ。


「しかし、勇者は聖剣を所持している。魔王は多少のことでは死なぬが、聖剣は天敵。不用意に対峙すれば、人の王との対話の場を取り付ける前に勇者に倒される危険がある」


 ……確かに。あの聖剣、弱い魔物なら触れただけで消滅させられちゃうくらい強力なのよね。私も何度も見たけど。


「そこで、仲介役の仲介役を頼むことにした。それが……」


 黒く尖った爪で、私を指差す。


「聖女よ。余はそなたが勇者の最愛の者と聞いていた。そして、そなたは聖女と謳われるに相応しい聡明で思慮深い女性であると。だから余の話を理解し、勇者を説得してくれるのではないかと。しかし……」


「その聖女が勇者にフラれていたとは誤算でしたな」


 今まで魔王の肩で寝ていた翼猫が口を挟んだ!


「ちょっ!」


「作戦を立て直さねば。次は人の王の姫を拐うか」


「それは難しいかと。聖女を連れ去ったことで、人の城の警備は厳重になっているでしょうし」


「とんだ無駄足だったな」


 頭を寄せて語り合う魔王と執事(猫)。

 ちょっと、失礼すぎない!? 容赦なく他人の傷口に塩を塗ってくるあたりが、さすが魔族よね!


「あーもー! わかったわよ。魔王あなたの意見はちゃんと聞いた。ちょっと色々あったけど、私もまだ勇者パーティーの一員だし、まだそれなりに影響力はあると思う。必要とあらば魔王と国王陛下が対話できるよう手伝うわ」


「そうか」


 表情を明るくした魔王に、私は「ただし!」と人差し指を突き出す。


「『必要とあらば』よ。私はあくまで人族の味方。あなたの一方的な言い分を信じて自国の王を危険に晒すことはできない。あなたに協力するのは、私が心からあなたを信用できた時よ」


「な! たかが人の子が我が王になんて口を!」


「よい、ハルバルド」


 肩の上で激昂する翼猫を、魔王は背中を撫でて宥める。


「片方だけの意見を鵜呑みにするような者に公平な仲介人としての資質はない。存分に疑い、疑い尽くしてから信用してくれ」


 柔らかく目を細め、背の高い彼が私を見下ろし微笑む。

 ……くぅっ、恐ろしく顔がいいな、この魔王!

 私は赤くなる頬を悟られぬよう、そっぽを向いた。

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