第9話 魔王の翼

「山を降りるぞ。バルトルド、聖女を運べ」


「承知致しました」


 魔王の命令にポンッと煙を上げて暗灰色の翼猫に変身する執事に、私は「えー!」と声を上げた。


「また猫に掴まって飛ぶの?」


「不満か?」


「不満ていうか、普通に乗り心地に問題があるじゃない!」


 腕だけで掴まるのは大変だし!


「たしかに、前回は途中で気を失って落としかけましたな」


 可愛い猫のまま執事が渋い重低音でしげしげ頷く。……やっぱり失神してたんじゃん。

 猫はいいの。猫に罪はない。むしろ正義。ただ、乗り方が難しいだけ。


「もっと乗りやすい形の魔物はいないの?」


「いるにはいるが、人里に降りるにはちと巨大過ぎるものばかりでな」


 案外不便だ。


「まったく人の子は注文が多いのお」


「無理矢理誘拐されたんだから、文句くらい言わせてよ」


 困り顔の魔王に、私ははっきり主張する。

 魔王は「仕方ない」と呟くと、やおらバサッ!と背中から翼を出した!


「ええ!?」


 髪と同じ色の漆黒の蝙蝠羽は魔王によく似合う。でも、


「これ、どういう仕組みなの?」


 ローブを突き抜けてるんですけど。


「上級魔族の肉体は精神体に近い。気合を入れれば物質をすり抜けられる」


 ……詳しいことは解んないけど、ご都合主義ね。便利。


「では、参るぞ」


 魔王は自然な仕草で私に近づくと、ひょいっとお姫様抱っこした!


「きゃっ! ちょっと!」


「こら、暴れるでない」


 足をバタバタさせる私に、魔王が顔をしかめる。

 だって、お姫様抱っこなんてジェフリーにもやってもらったことないのに。


「他に乗り物がないのだ。我慢いたせ」


 我慢って……こんな美形をゼロ距離で拝めるなんて、逆にご褒美だよ!

 ……いや。いけないわ、アリッサ。相手は魔王、敵にときめくなんて。

 私の葛藤も知らず、魔王は翼を広げて宙に舞い上がった。


「わっ」


 体が揺れて、私は咄嗟に魔王の胸にしがみつく。

 ふわっ! 魔王のくせにいい匂いする!

 サラッサラのストレートの黒髪が綺麗! 私のピンクのくせっ毛とは大違いだ。


「聖女、息が荒いぞ。怖いのか?」


「ちが……」


 別の意味で心臓バクバクなんですけど!


 ……もう私、死ぬかもしれない……。


 天国と地獄を味わいながら、私はしばらく強制的な遊覧飛行を満喫した。

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