第10話 魔王に支配された村(1)

 切り立った崖や、深い谷を飛び越え、一気に麓まで急降下する。

 はやっ! 空を飛べるって便利!

 私を連れた魔王と翼猫は、またたく間にイプソメガス山の麓に到着した。

 簡素な木造家屋が点在する風景に、ごくっと喉を鳴らす。

 ここはプリム村。七年前、魔王が最初に占領した、イプソメガス山から最も近い人族の集落だ。

 魔族に征服された村の人々は、一体どんな虐げられた生活をしているのだろう?

 しばらく様子を見ていると、家の中から五・六歳の男の子が出てきた。水を汲みに行くのだろうか、手にはバケツを持っている。彼は離れた場所に佇む私達を発見して、はっと立ち止まった。そして……。


「あ、まおーさまだ!」


 満面の笑みでこちらに駆けてきた!


「こんにちはー! いっしょにあそぼー!」


 なんの躊躇いもなく魔王に飛びついた人間の子供に、私は目を丸くして硬直する。


「今日は視察に来たのだ。遊んでいる暇はない」


 慣れた様子で頭を撫でてくる魔王に、男の子は不満そうに唇を尖らせる。


「えー、また空飛んでくれるっていったじゃーん!」


「余は忙しいのだ。バルトルドに頼むがいい」


「えぇー。猫ちゃんは可愛いけど、乗るの難しいんだもーん」


 そこは共通認識だった。

 私が呆然としている間にも、魔王降臨を聞きつけた村人達が続々と駆けつけてくる。


「あら、魔王様。お元気ですか?」


「ちゃんと食べてる? 魔王様は細いんだから!」


「うちの野菜持ってってよ! トマトが採れ過ぎちゃって!」


「うちのパティスリーのケーキ、お味はいかがでした? また新作を届けますね!」


「俺の家に子供が生まれたんですよ! 魔王様、ぜひ名付けを!」


 魔王を取り囲んで、和気藹々な村人達。


 ……ナニコレ?


「あれ? 魔王様、可愛いお嬢さん連れてますね。どこの子ですか?」


 農夫が尋ねてくる。


此奴こやつは勇者パーティの聖女だ」


 魔王の紹介に、一瞬しん……と場が静まる。それから、


「勇者の仲間の聖女!? まさか魔王様を倒しに来たのか!?」


「魔王様に悪さしたら、あたし達が許さないよ!」


「いやまて、魔王様に降伏に来たのかもしれんぞ?」


 口々に騒ぎ出す村人達。私は堪らず叫んだ。


「みんな、どうしたの? あなた達はユリスティの民でしょう? 魔王に洗脳されてるの!?」


 彼らは顔を見合わせて――


「まっさかぁ!」


 ――盛大に噴き出した。


「魔王様にそんな悪いことができるわけないでしょう!」


「そうそう、魔王様はうちの村の救いの神なんだから!」


 ……。

 え? え? えぇ??

 わかんない。私が間違っているの??

 魔王は混乱する私の肩にぽんと手を置き、村人を見回した。


「余は聖女に村を案内する。皆の者はいつもどおり過ごしてくれ」


 その言葉を合図に、村人達は三々五々に散っていく。


「では、ゆくぞ」


 何事もなかったように歩き出す魔王に、私は放心状態のままついていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る