第2話 知らなかったのは私だけ

 どうして? どうして? どうして!?


 頭の中を同じ言葉がぐるぐる回っている。

 魔王討伐の激励会。慣れないドレスを着せられ王国の要人への挨拶回りをさせられていた私は、疲れてこっそりパーティー会場を抜け出し、テラスに涼みに行った。そしてそこで、勇者と王女の逢瀬を目撃してしまったのだ。


「どうしてジェフリーは、キャメロン姫にあんなことを言ったの?」


 声に出して呟く。

 だって……のに!

 ――これは決して私の妄想なんかじゃない。

 まだ私達が勇者でも聖女でもなく、田舎の村の少年と少女だった頃。幼馴染のジェフリーは私にこう言ったのだ、『俺の恋人になってよ、アリッサ』と。私は一も二もなく頷いた。だってジェフリーは初恋の人だったから。

 あれから三年。仲間が増え立場が変わっても、お互いの気持ちは同じだと信じてきたのに。


「あの言葉は嘘だったの?」


 息が苦しくなる。


 彼が『一緒に来てくれ』って言うから、住み慣れた村を離れ危険な旅についていったのに。

 彼が『愛してる』って言うから、怖い魔物とも一生懸命戦ってきたのに!


 どうしてジェフリーがキャメロン姫に求婚することになったのかは分からない。

 でも、相手は王族。その場で乱入して喚き散らかさなかった自分の冷静さを褒めてやりたい。

 とにかく、ジェフリー本人に真意を問い質さなくっちゃ!

 私は宴が終わった深夜、彼の部屋に向かった。


◆ ◇ ◆ ◇


 王城のゲストルーム。

 ここは勇者のために用意された一番豪華な部屋だ。ドアの前まで来ると不安が極限まで膨れ上がる。

 ……さっきのお姫様とのこと、嘘だよね。

 脳裏に浮かんだ抱き合う二人の姿を、頭を振って追い払う。大丈夫、私とジェフリーには他人の入り込めない歴史と絆があるのだから。あのプロポーズにはきっと事情があるはず。


「ジェフリー、起きてる?」


 ノックをするが返事はない。思い切ってドアノブを引くと、鍵は掛かっていなかった。 私は部屋に入ると、天蓋付きのベッドに近づき呼びかける。


「話があるの。ねえ、ジェフ……」


 彼女の声が届いたのか、ベッドの人影がもぞりと動く。


「なによぉ……?」


 シーツの中から目をこすりながら顔を出したのは、


「マギー! え? なんで?」


 下着姿の同パーティの魔法使いだった。


「う〜ん、もう朝か?」


 更に頭を覗かせたのは、こちらも眠気まなこの戦士だ。


「カレンまで! あれ、ここって……」


 部屋を間違えた!? と辺りをキョロキョロしていると、


「誰だよ、うるせーなー」


 最後に二人の間から上半身を起こしたのは……。


「ジェフリー!?」


 ベッドの中で半裸の女性二人と寝ていた恋人に、私は顎が外れるくらいぽかんと口を開ける。


「ど……どういうこと……?」


 わななく唇がようやく言葉を紡ぐと、三人は顔を見合わせ、


「こういうこと」


 ニヤニヤ頷きながらジェフリーは両手で彼女たちを抱き寄せ、魔法使いと戦士も勇者の肩にしなだれかかる。

 目の前の光景に、私は震えることしかできない。顔から血の気が失せていくのを感じる。


「どうして……? ジェフリーは私の恋人でしょう?」


 それはカレンとマギーと出会う前からの事実で、当然二人だって知っている。

 必死で問い質す私に、ジェフリーはうんざりとため息をついて、


「めんどくせぇ。お前のそういうとこが重いんだよ」


 それから彼女達の髪を愛しげに撫でる。


「俺は勇者様だそ? 英雄はみんなのためにいるのであって、一人に縛られるべきじゃないんだ。そんな俺をマギーとカレンはちゃんと理解してくれている。お前と違ってな!」


 メチャクチャな理論に、頭にガンッと大岩を落とされたような衝撃が走る。


「で、でもさっき、キャメロン姫にプロポーズを……」


「ああ、あの美人の姫様は俺にメロメロだからな」


 ジェフリーは当然とばかりに言う。


「魔王を倒した暁には、俺は姫と結婚してこの国の王になる。カレンとマギーは愛妾にしてやる約束だ」


「嬉しい、ジェフリーさまぁ」


「一生贅沢させてもらうよ」


 うっとりと勇者を見上げるマギーとカレン。満足げな三人に眩暈がする。


「そんな……じゃあ、なんで私のこと好きって言ったの? あれは嘘だったの?」


「あれはご褒美。給金みたいなもん」


 泣きそうな私に、彼は追い打ちをかける。


「恋人扱いしてやれば、お前は俺のためになんだってやってくれただろ? お前だって喜んでたんだから、損はなかったよな」


「ジェフリーの笑顔一つで面倒な雑用全部やってくれるんだから、こっちも楽させてもらったよ」


「使い勝手のいいただの治癒魔法師のくせに、『勇者の恋人』だの『聖女』だの言われて舞い上がってる姿は滑稽でしたわ」


 かつて仲間だった人達が、真っ白に燃え尽きた私を嘲笑あざわらう。


「そんなわけで。これからもよろしくな、アリッサ」


 余裕の笑みで、ジェフリーは元恋人に手を差し伸べる。


「幼馴染のよしみだ、自分の身分を弁えるなら今まで通り俺の傍に居させてやるよ。どうだ、幸せだろ?」


 どこまでも上からな彼の態度に――


「だああぁぁああれがあんたのハーレムになんかに入るかぁぁあぁあああっ!」


 ――私は近くにあった調度品石像をぶん投げ、貴賓室から逃げ出した!

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