失恋聖女の魔王城滞在記
灯倉日鈴
第1話 勇者と姫と……。
「キャメロン姫、俺と結婚してください」
勇者ジェフリーがそう言ったのは、王城のテラスでのことだった。
ユリスティ王国国王主催の魔王討伐に向かう勇者パーティへの壮行会も終盤に差し掛かった頃。
ガラスドア一枚隔てた大広間では、華やかな紳士淑女がダンスや談笑に興じているが、一歩外へ出た先は静かに優しい月の光が二人を照らすだけだ。
向かい合う彼と彼女の影は、まるで一つの芸術作品のように美しい。
豪奢なドレスを身に纏ったキャメロン姫は大きな瞳を零れ落ちそうなほど見開いて、それから嬉しそうに細めた。
「なんて素敵なお申し出でしょう! わたくし、心から幸せですわ。でも……」
「ジェフリー様には聖女様……アリッサ様がいらっしゃるのではなくて?」
勇者パーティは全員で四人。
神が与えし聖剣フォルテアトの所有者、勇者ジェフリー。
戦鎚を操る男顔負けの腕力自慢女戦士、カレン。
多彩な攻撃魔法で敵を翻弄する女魔法使い、マギー。
そして、浄化や補助や回復魔法に優れ、『聖女』と謳われる治癒術師、アリッサ。
イプソメガス山に魔王が降臨して千年。凶悪な魔物に立ち向かう『冒険者』という職業が定着した世の中で、彼らは出会い、共に戦い名を挙げた。更にはジェフリーの持つ剣が『聖剣』だという事実が判明し、王国公認の『勇者パーティ』にまでのし上がった。その快進撃は吟遊詩人が歌にするほどだ。
メンバーの関係は良好だが、特に勇者ジェフリーと聖女アリッサは幼馴染で、将来を誓いあった仲というのが世間一般の認識……だったのだが。
「誤解です!」
ジェフリーはがばっとキャメロンの両手を取った。
「あれは馬鹿げた噂話ですよ。アリッサは俺に惚れているみたいですが、俺はあいつをただの幼馴染としか思っていません。一目会ったその日から、俺の心はキャメロン姫でいっぱいです。アリッサにも勘違いするなって、よーーーっく言い聞かせておきますから!」
「それならよいのですが」
姫は困ったように微笑んでから、勇者の手を握り返した。
「信じていますわ、ジェフリー様。あなたが勇者として魔王を倒して帰ってきた暁には、わたくしと結婚してくださいまし。父も救国の英雄に王位を譲ると申しております。だからどうかご無事で」
「キャメロン姫……」
夜の帳の中、二人はひしと抱き合う。
……その様子を……。
私、アリッサはガラス越しに呆然と見つめることしかできなかった。
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