第九話 魔王登場
「なあ、ルンルン」
「何でしょう、ローカル」
「ああ、戦闘中はそういう呼び方なのね」
「はい、本名呼ばないのがマナーでして」
「でさぁ、確か魔王討伐のはずだよな」
「そうですね」
平次とルンルンは目の前で繰り広げられている”戦い”を呆然と眺めていた。
「ふふふふ、何年ぶりだろうな」
「三十年ぶりですわ」
「再び全力で戦えることになるとは思ってもみなかった」
「そうですわね」
「実に愉しいな」
「同感です」
東京ドームの中に納まるほどの球形の結界を構築し、その内部で縦横無尽に飛び回りながら戦闘を行っているのは、オールド澄江とナイトメアきよしである。いつのまにかブルブルまで狼のような精悍な身体つきで、球体の中を走り回っていた。
断続的に青白い焔や眩い閃光が球体の中ではじける。
結界がなかったら、周囲にいた人やあった者が一瞬にして蒸発するのではないかと思われるような激しさだった。
平次はルンルンに尋ねた。
「あれ、確か魔法老人と魔王四天王の戦いだよな」
「はあ、そうのはずですが」
「あれが魔王討伐の最終決戦で良くないか?」
頭上で激しいドンパチが繰り広げられているのと同時に、地上では別な意味で激しい戦いが繰り広げられていた。
「お年寄りは無理をなさらないほうがよろしいのでは」
「そんなに変わりませんでしょう。若作りもほどほどになさったほうがよろしいのではありませんか」
「いえいえ、私はまだまだ現役ですよ。美容院に隔週で行っておりますし。なんでしたっけ、パーマ屋さんでしたっけ? 安上がりで宜しいですわね」
「人を見た眼で判断してはいけませんよ。これでも賃貸物件のオーナーですからね。自由業とは違いますから」
「あらあら、持ち物で細々と食いつないでいる大家さんと一緒にしないでいただきたいですわ。私、自分の才覚で事業を拡大できる経営者ですから。自宅は高層マンションの最上階ですし」
「タワマンの高層階なんて防災意識の低い人しか買いませんよ。それに数十年後の大規模修繕の時に、想定外の出費で泣きを見るだけですから、本当に先を見る目がありませんね。その点、岐阜県中津川市はリニア新幹線の駅が完成予定ですから、今後の事業性は抜群ですわ」
「各駅停車の駅が何をほざいているのかしら。白石蔵王や米原の二の舞になるだけでしょ」
ダーク・キャロルとキューティーみひろが、マウントの取り合いをしていた。
その傍らでは、
「わーい。鬼さんこちらー」
「まてまて、走ると転ぶから危ないよ」
と言いながら、ロリータあかりの後ろをマッスルみつひろが追いかけている。いつの間にか精悍な狼男がアメリカンコミックのコヨーテ並みになっていた。
「わーい。逃げろー」
「わははは、待て待てー」
完全に「土日の公園で娘を追いかけるお父さん」状態である。
そして、平次の目の前では、
「お久しぶりね、荒川さん」
「な……本名呼ぶのはマナー違反じゃない!」
「仕方がありませんよ、荒川さん。古い付き合いですし、何をいまさら」
「古い付き合いって、佐々木さんは中高一貫に行ったから小学校までの話じゃない」
「ですから、いまさらパリピみつかとか言われても」
「うっ……」
「パリピ――ということは高校デビューしたのかしら?」
「うっ……」
「まあ、小学校時代は全然表に出てこなかった貴方が、『パリピ』ですか」
「……昔の話はやめてちょうだい」
「そうですわね。幼稚園の時におもらしをした――」
「うわわわわ、やーめーてー」
ピーチ桃子がパリピみつかを一方的に蹂躙していた。
「だから、小中学校の同窓会って出たくないんだよな」
平次は呟いた。
彼も高校時代にやらかしたクチである。
*
完全に戦闘から取り残された状態で、平次がバッターボックス付近に立ちすくんでいると、場内アナウンスが流れた。
「それでは、ただいまより魔王様の入場です」
やはり、お色直し後の新郎新婦入場っぽい口調である。
続いてドーム内にファンファーレが鳴り響くと、スタジアムの外野方面で壁の一部が開いた。
そこからリリーフカーが一台走り出る。
まあ、東京ドームであり、主役級の途中出場であるから当然と言えば当然なのだろうが、違和感が半端ではない。
頭上では近代兵器もかくやという爆発が起こり、マウントの取り合いと一方的な蹂躙が行われ、ほほえましい追っかけっこが行われている中を、ボールをかたどった車がゆっくり平次に向かって走ってくる。
そして、十メートルぐらい離れたところで停車すると、後席に座っていた若い男が車から降りた。
ぼさぼさの長髪に青白い肌。
白いシャツにジーンズ。
どこかのマンガの名探偵のような風貌である。
「あのー、私の相手はあなたということで宜しいのですかね」
目の前の青年――”魔王”は平次に、バイト先の店長に仕事の内容を尋ねるような口調でそう尋ねた。
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