最終話 決着
「まあ、この流れですとそうなりますね」
普段であれば礼儀を知らない若造には最初にガツンと言ってやる平次も、仮にも魔王であるから加減してそう答えた。
「そうですか。うーん」
魔王は腕組みをすると考え込む。
そして三十秒ぐらい経過した後、腕組みをほどいて言った。
「やっぱり今回はやめときますよ」
「はあ?」
平次には意味が分からなかった。
水道橋から東京ドームまで移動する際に、主席秘書官から説明された話では、
① 遥か昔から魔王は世界の覇権を狙って魔攻少女に戦いを挑んできた。
② 前回は五百年前で、魔法遣いが全力で封印しなければならなかった。
ということだったが、今回、当の魔王が、
「やめる」
と言い出している。
あまりにも訳が分からないので、平次は素直に聞いてみた。
「あの、いまさら『やめる』と言われても収集つかないのでは。せめて理由をはっきりさせておかないと」
「ああ、まあ、そうですよね」
*
観客席の椅子に座って魔王が語った理由は以下のとおりである。
五百年前の戦いにより魔王は異空間に封印されてしまったが、 配下の者たちとの交信はかろうじて出来るようになっていた。
ただ、社会が近代化されるにつれて、魔王配下の者たちは次第に一般人として離れていき、変に生真面目な日本支部の構成員だけが残されていった。
その日本支部についても、さすがに組織の維持が難しくなり、
少数先鋭という言い訳と一緒に「四天王」を任命し、彼らに丸投げをしてしまった。
それでも社会の変遷を四天王の視点から細々と観察し続けていた魔王は、急激な社会構造の変化により、あることを悟った。
「五百年前だったら、まだ個人が世界を掌握することも夢物語ではなかったわけですよ。しかし、現代の複雑な社会構造を一人の魔王が完全掌握するなんて、どう考えても無理じゃないですか」
コンピュータとネットワークの出現により、その基盤なくして社会は成立しなくなった。
いくら魔王でもネット社会を維持するためには大衆の力がなくてはならないし、それを無視して中世の手工業時代に回帰しろと言ったところで、そんなものが受け入れられるはずもない。
一度「便利な生活」を知ってしまった人類から、それを取り上げるのは無理な話である。
「しかも、そんなことをしたらネットで袋叩きにあうじゃありませんか」
いかに強大な力を持つ魔王であっても、自在にネット民を特定できるわけではない。
むしろデジタルは苦手である。
*
「というわけで、現代社会を手中に収めたとしても、私にできることなんてほとんど何もないんですよ。言っちゃなんですが五百年も引きこもっていた筋金入りのニートですから、無理無理。全部まっさらにすることだったらできるかもしれませんが、それじゃあ苦労してやる意味が全くない」
「はあ」
「まあ、私も魔王ですから完全に平和な世界がやってくると困るもんで、次の復活に合わせていい感じに社会が混乱するように配下にお願いしてはいたんですけどね」
「はあ、それまたどのような」
「ノストラダムスって知ってます?」
「はあ、あの預言者の」
「そうそう、それそれ。私が封印された時、たしか彼は二十歳ぐらいじゃなかったかなぁ。で、魔王復活の予言書作って、後世に伝えとけって言ったんですよ。いい感じに社会が混乱するくらいに禍々しいやつで、って」
「はあ」
「でも期待外れでしたねえ。彼、文才なかったんですかねえ」
「そう、ですかね」
「まあ、ということで今回はやめておきたいんですけど」
「はあ。ですが――」
魔王の言い分は分からないでもなかったが、平次も「そうですか、それじゃあ仕方がないですね」とは言い難い。
なにしろ、頭上では人類が何度滅亡したか分からないほどの火力が投入されている真っ最中であったし、グラウンドでは化粧が流れ落ちるほど汗だくになってマウントを取りに行っているおばさんと、仲良く並んでおやつを食べている狼男と少女がいる。
どうやら小学校の同級生は決着がついたようで、泣きじゃくる魔女を魔法遣いが宥めていた。
「――ですが、この状況をどうやって収集しますかねぇ」
すると、そこで東京ドームの天井中央部から神々しい光がグラウンドに向けて降り注いだ。
人は光を求めるものである。
激しい戦闘を続けていたオールド澄江とナイトメアきよしも、おもわず攻撃を中止すると、中央部の光を避けるように距離をとる。
すると、ドームの天井から人型の光が現れた。
「みなさん、お疲れ様ー。女神ですよー。魔王の力に押され気味の魔法少女のみなさんに、祝福の力を与えるべく降臨したいましたよー。さあ、これからが本当の最終決戦ですからねー。みなさん頑張ってまいりまsy――って、なんですかこの空気は?」
*
無駄に高いテンションで現れた反動からか、「今回はやめにしたい」という魔王に向かって、女神は「千年許しません!!」と激怒し、速やかに封印して帰ってしまった。
後に残された魔法少女陣営と魔女陣営は、
「次は千年後ですか」
「四天王が持ちますかねえ」
と言いながら、三々五々帰宅する。
平次も東京宿泊を諦めて荷物をまとめていたが、
「あの」
という背後からの声に振り向いた。
キャロライン・祥子が立っている。
「もうお帰りになるんですか」
「はあ、そのつもりですが」
「せっかくですから、私のお店に寄っていきませんか。今晩の宿泊もなんとかしますから」
「えっ、よろしいんですか」
「大歓迎いたしますわ。魔法少女のよしみで」
平次にしても、このまま帰ったところでやることはない。
中津川駅前にあるフィリピン・パブに行くぐらいだろう。
「いやあ、すみませんねえ。では魔法少女のよしみで」
そう言って腰を上げる。
*
この後、平次は祥子の店でいろいろ開発され、身ぐるみはがされることになるわけであるが、心優しい作者としてはこれ以上書けない。
( 終わり )
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