第八話 最終決戦
平次が三人の視線にたじろいでいると、今度は後方から、
「お待たせしてすみませーん」
という聞きなれた声がした。
振り返ると、平次の部屋の大家である美広が、初老の男性、中年男性、女子高生という、こちらもバラバラな集団を引き連れて彼のほうに向かっていた。
「いえいえ、時間前ですから大丈夫ですよ。安井さん」
と、魔法少女陣営の澄江がそれに答えると、
「高瀬川さん。お久しぶりですね。お元気でした?」
と、美広は気安く声をかけ、
「まあまあ元気ですよ。安井さんは相変わらずみたいですね」
と、澄江がこれまた気安く応じる。
田舎の同窓会のような雰囲気に、平次が自分の立ち位置を図りかねていると、ドーム内にアナウンスが響きわたった。
「参加者の皆様。時間通りお集まりいただきまして誠にありがとうございます。私、本日の進行役を務めさせていただきます、女神首席秘書官のフルトヴェングラー・
まるで結婚式の司会である。
しかも堺は、こう続けた。
「初めての方もいらっしゃることと存じますので、まずは最初に両陣営の皆様のお名前をご紹介させていただきます。お名前を呼ばれた方は、
平次はルンルンに尋ねた。
「おい、
「何って、変身に決まっているじゃありませんか」
*
「それでは魔法少女陣営からご紹介申し上げます。魔法少女“ピーチ桃子”様」
「はい」
佐々木桃子は一歩前に出て、右手を前に突き出した。
すると、先端に「ハートから羽根が生えた」意匠のついたステッキが現れる。
それを握ると桃子は呪文を唱えた。
「マジカル・マジカル・スイートハート ときめきリズムにドキンドキン」
クールで真面目な顔のままなので、違和感が甚だしいが、それはともかく一瞬にして服がフリフリキラキラのピンクグラデーションに変わった。
ただ、それが意外だったようで美広がツッコむ。
「あれ、どうしたのよ。貴方、リルリルのところの魔法少女でしょ? だったら伝統的に、溢れんばかりの笑みを浮かべながらダンスのような振付をして、ポンポンポンって衣装が個別に変化するやつじゃなかったっけ?――」
そう言いながら、平次を見る。
そして、
「――ああ、途中経過を見られるのが嫌だったのね」
と苦笑した。
「続きまして、魔法幼女“ロリータあかり”様」
「はーい」
近藤朱里は元気よく前に出ると、両腕を上に向けて伸ばした。
「おともだちー みんなー あつまれー」
すると、頭上から大量の縫いぐるみが落下してくる。
全員が手を繋いで輪になったところで、
「時間の関係で次の方をご紹介いたします」
というアナウンスが入った。
つまり、ここからが長いということだろう。
「それでは、魔法女王“ダーク・キャロル”様」
「お先に失礼しますわね」
そう澄江に挨拶すると、キャロライン・祥子は三歩前に出る。
そして、いつの間にか手にしていた鞭を一閃させると高らかに宣言した。
「さあ、全ての哀れな豚ども、女王様の前にひざまづいて靴をお舐めなさいな」
瞬時に黒い霧のようなものが立ち上がって彼女の背景を覆いつくしてゆく。
「おほほほほほ」
甲高い笑い声を発しながら、祥子はタイトなスーツ姿から、黒革の下着スタイルへと変貌していった。
しかも、あかりのメルヘンな変身シーンと祥子のサディスティックな変身シーンが同時進行しているため、余計に世界がバグって見える。
平次はルンルンに尋ねた。
「彼女、本当に魔法少女陣営なのか? 魔女陣営のほうが適切なんじゃないか?」
「まあ、よく言われますねぇ」
「それでは、魔法老人“オールド澄江”様」
「はい」
名前を呼ばれた高瀬川澄江は、背筋を伸ばしながら言った。
「よっこいしょ」
途端に彼女が来ていた『しまむらで普通に購入したような普段着』が、そのままピンク色にそまる。
平次はルンルンを睨んだ。
「おい、ルンルンさんよ。変身には呪文と手順が必要という話じゃなかったか?」
「それは普通の魔法少女の場合ですよ。オールド澄江さんクラスともなれば、別に何をやっても返信はできるんですって」
「それでは最後に、魔法中年“ローカル平次”様」
「……おう」
平次はしぶしぶ前に出る。
この時点であかりと祥子も変身が完了していたから、全員の視線が平次に集中した。
引っ込みがつかない状況に、平次は大人しく鞄からバールを取り出す。
「シコシコアトアジ ギトギトノウコウ グビグビノミホシ マンプクストマック!」
シコシコアトアジのところで、両方の手を胸の前で組む。
ギトギトノウコウで、頭を軽く下げてお祈りのポーズ。
グビグビノミホシで、手を真っ直ぐ上にあげて、肘を絞りながら前に出して、右手人差し指を伸ばす。
マンプクストマックで、銃を撃つようなしぐさをして手を顔の右側に寄せる。
結局のところ、ルンルンの「スタンダードな呪文」を使い、変身ポーズをそれに合わせることになったわけだが、平次がピンクのグラデーションになった鳶装束できめのポーズをとっていると、あかり以外の全員が後ろを向いて肩を震わせていた。
平次は自分の顔が激しく赤くなってゆくのを自覚する。
そして、あかりと目が合った。
あかりはにっこり笑うと大きな声で元気よく言った。
「おじさん、キモーい!!」
*
平次が自分史上最高のダメージを受けて座り込んでいる間も、アナウンスは続いた。
「それでは続きまして魔女陣営の皆様をご紹介いたしますが――」
そこで一瞬だけ間があく。
「――魔女“キューティーみひろ”様と魔人“ナイトメアきよし”様におかれましては、無詠唱で
「おう」
と応じた清は、即座に執事風のスーツ姿となり、
「はいはい」
と応じた美広は、大きな帽子に黒いマントという伝統的な魔女のコスチューム姿になった。
「続いて、魔人“マッスルみつひろ”様、お願いいたします」
「はあ」
法善寺光弘は猫背のまま前に出る。そして、心細そうに息を吐いた。
あまりの弱々しさに、平次も少しだけダメージを忘れ、
――こいつになら負けないのでは?
という思いが頭をよぎったところで、光弘は背筋を伸ばす。
「下弦の月よ 真鍮の矢を放ち 我に力を与えたまえ 眷属たる我はここにすべての根源を顕現せしめる」
それまでの弱々しい姿からは想像もできない朗々たる詠唱。
そして彼の全身からは真鍮のような銀色の毛が噴き出し、全身が内部から筋肉と骨格によって押し上げられ、顔が狼へと変貌していった。
人狼(ワーウルフ)である。
平次は「こいつとだけは戦いたくない」と思った。
「それでは最後に、魔女“パリピみつか”様」
「はいはーい」
荒川美津香が前に進み出ると、同時にドーム内のスピーカーから一昔前のユーロビートが重低音で流れ始める。
美津香は右手に持った羽根のついた扇子を、音楽に合わせて頭上で激しく振り、
「パアーーリーーピーーポーー」
と叫ぶ。直後に彼女の周辺で煙幕が巻き起こり、姿が一瞬消えた。
それを見ていた美広が呟く。
「なんかテイストがバブル期だねぇ」
煙幕が晴れた後には、赤い唾広帽子と赤いマントに身を包み、真っ赤な顔をした美津香が立っていた。
「……お母さん作ですけど、何か?」
ドーム内は微妙な空気に包まれていたが、主席秘書官は臆することなく宣言する。
「さて、皆様のご紹介と準備が完了いたしましたので、これより最終決戦を始めたいと思います」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます