第七話 四天王集結

 ここで、その日の九時少し前まで時間がさかのぼる。


 安井やすい美広みひろは巣鴨駅東口改札から西南方面に向かって歩いていた。

 駅前を過ぎ、少しいかがわしい路地を通る。

 その先に財閥系企業グループが所有しているスポーツセンターがあり、美広は正面玄関から中に入った。

 入口受付に「四天王様 第三会議室」という表示があったので、エレベータで三階まで上がる。自動ドアが開くと、目の前に第三会議室があった。

 扉は閉まっている。

 ――ちょっと早かったかしら。

 そう思いながら美広が扉を開くと、中には同じぐらいの年齢の男性が一人、椅子に座っていた。

「あら、貝塚さん。お久しぶりね。お元気?」

 美広が流れるようにそう挨拶すると、男――貝塚かいづかきよしは立ち上がって照れくさそうな顔をしながら言った。

「ああ、安井さん。まあまあ元気だよ」

「いつぐらいぶりかしら」

「前々回のヴァルプルギスの夜・日本大会以来じゃないかね」

「ああ、思い出した。そういえばそうですね。三十年前。この間の前回大会はいなかったわね」

「ああ、その日はワクチン接種の翌日だったので不参加」

 そして二人はパイプ椅子に座った。

「安井さんのとこは後継者いるのかね」

「孫が継いでもいいよって言ってくれているんだけど、母親がなかなか承知してくれないのよね」

「ああ、外孫?」

「そう。貝塚さんのところは?」

「うちは息子が脱サラで修行中。まだまだ任せらんないね」

「貝塚さんの後だもんね。大変だあ」

「そんなに凄くないって」

「またまたご謙遜」

 そんなことを話していると、九時寸前に外から扉を叩く音が聞こえた。

「はいはい、どうぞー」

 美広が大きな声で応じると、扉がゆっくりと開かれてゆく。

 その向こう側に気弱そうな中年男性の姿が現れた。

「あのう、四天王の会合って、ここですか」

「はいはいそうですよ。それで貴方は――」

 そこまで言って、美広は破顔した。

「――ああ、法善寺ほうぜんじさんとこの息子さんじゃないの? お父さんにそっくり」

「そうです。光弘みつひろです」

「あらあらまあまあ、大きくなったわねえ。生まれたばかりのころに一回だけあっているけど覚えていないわよね」

「ははは。すみません」

 光弘が座ったところで、美広は会議室の片隅に置かれていたお茶の準備を始めた。

 安い茶葉を多めに急須に放り込んで、お湯を注ぐ。

 湯呑に注ぎながら、

「法善寺さんのところは代替わりしたんだね」

と言って振り向くと、光弘が苦笑していた。

「いえ。親父が若年性アルツハイマーになったもんで」

「あらまあ、そうだったの」

 やむにやまれず引き継いだということであろう。

 美広は穏やかにほほ笑むと、

「貴方も大変だね。頑張りなさいよ」

 と言いながら湯呑を渡した。

 三人はおのおのお茶を飲む。時刻は九時を十五分ほど経過していた。

「荒川さんとこ、遅いわね」

「俺もちょっと不思議だったんだけどね。てっきり先に来ているものとばかり思っていた」

 清がのんびりとした口調で言う。

 四天王最後の一人である荒川あらかわ素子もとこは律儀な性格で、集合時間に遅れたことがない。

 それどころか一番最初に現れることで有名だった。

「この間のヴァルプルギスで、代替わりするかもしれないって言っていたけど――」

 美広がそこまで言ったところで、会議室の扉が開かれた。

「こんちわぁ」

 そう言いながら入ってきたのは、高校生ぐらいの女の子である。

「うちのばあちゃんから言われてきたんですけどぉ、四天王?の会合ってここでいいんですかぁ?」

「ああ、荒川さんのお孫さんね」

美津香みつかっていいますぅ。用事聞いてないんですけどぉ、何するんですかぁ」

「まあまあ、まずはお座りなさいな」

 美津香は美広に促されて椅子に座る。

 美広はにこにこ笑いながらお茶の準備をすると、美津香の前に湯呑を置いて――


 顔を近づけると低い声で言った。

「遅刻したんだからまず最初にちゃんと謝りなさい。貝塚さん、怒らせると怖いんだからね」


「はい、まじすませんでしたぁ!」

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