第五話 魔法老人登場
板橋区の古い一軒家で、足元に横たわる老犬を撫でながら、
「お前とも随分長い付き合いになったわね、ブルブル」
老犬は大儀そうにゆっくりと顔を上げ、澄江を見つめた。
ちかごろは全く口を開かなくなっている。
ただ、澄江にはブルブルが考えていることが伝わってきた。
「同じ気持ちということだね」
目を細めて、丁寧に老犬の身体を
十八の時の出会いからもう五十年以上経過した。
普通の犬ならばとうの昔に死んでいるところだが、ブルブルは 魔法生命体だったから、ここまで一緒に過ごすことが出来たのだ。最初のうちこそいろいろ紆余曲折があったものの、契約を交わしてからは片時も澄江のそばを離れなかった。
昔の姿を思い出してみる。
自分の前に四肢を地面に強く踏ん張って立ちふさがった時の、雄々しい姿が立ち上がってきて、澄江は微笑んだ。
「二人とも若かったねえ」
そう言って摩る。
手に伝わってくる感触が、昔の張りのある筋肉の弾力から、すっかり力の抜けた皮の柔らかさに変っていることに改めて気がつき、澄江は少しだけ悲しくなった。
それに気がついたかのようにブルブルは大儀そうに澄江を見上げる。
そのまま見つめあっていると、澄江の心に落ち着きが戻ってきた。
「いつも有難うね」
そう言いながら、澄江はブルブルの頭を撫でようとする。
しかし、その手は途中で止まってしまった。
ブルブルが突然、どこか空中の一点を凝視するかのように頭を上げていた。
ゆっくり立ち上がると、昔ほどではないにせよ、四肢に力を込めているのが分かった。
驚く澄江の前でしばらくその態勢を維持すると、ブルブルは振り返って彼女を見つめた。瞳の奥に光がある。
そして、ブルブルは言った。
「澄江。魔王討伐の依頼が来た」
久しぶりの声。
それは昔に比べれば勢いに欠けていたが、それゆえ重厚な感じがしないでもない。
澄江はにっこりと笑いながら、
「お前さんとなら、なんだって出来るわ」
とだけ言った。
二人にとっては、それ以外のことはどうでもよかった。
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