第三話 魔法女王登場

「あら、それはどういうことなのかしら」


 新宿歌舞伎町の一角。

 女は目を細めると、足元にひれ伏していた『それ』をピンヒールでゆっくりと踏んでいった。

「はう、はう、はう」

 力が加わるたびに、足元から歓喜の声が漏れる。

「もう一度、仰ってくださいな」

「はう、承知し、はう、ました」

 あまり踏み込んでしまうと話が出来なくなるので、キャロライン・祥子しょうこは踏み込む力を緩める。

 すると、足元から切なげなため息が聞こえた。

「ふあっ。有難うございます」

「い・い・か・ら」

 ゆっくりと区切りながら話すと、足元にひれ伏していた『それ』――黒鳥の姿をした魔法生命体『ツンツン』は、少しだけ震えた。

「……その、実は主席秘書官から連絡がありまして」

「あの澄ました感じの男ね」

 祥子は少し上を向いて、男の姿を脳裏に浮かべる。

 あの男を攻略するためには、どのように攻めるのが得策かしら――そんなことを考えてみた。

 しかし、既に別な意味で相当に開発されている印象があったので、それ以上は踏み込まないことにした。

 現在調教中の者を横取りしてはいけない――これは業界の掟である。

 祥子は足元のツンツンに意識を戻した。

「それで、用件は?」

 少しだけ足に力を入れる。

「はう……それが、ですね。二週間後に魔王討伐があるので参加して、はうっ」

 思わず『魔王討伐』という言葉に反応して、力が入ってしまった。

 魔王、討伐。なかなか聞けない言葉である。

 どうやって攻めるのが効果的かしら――そんなことを考えてみるが、魔王のイメージが浮かばなかった。

 イメージは大事である。

 そこから攻略の糸口を探ってゆく過程が愉しい。

「うふふふ」

 思わず声が漏れ、それで足元のツンツンが震える。

「はうう」

 祥子は足元にだらしなく翼を広げた黒鳥を愛おしげに見つめた。この子は実に感度が良い。ちょっと過敏すぎるきらいもあるが。

「分かったわ。必ず伺いますと伝えて頂戴ね」

「はい、わかりました、女王様」

 そう言って魔法世界との交信準備に入ったらしいツンツンを見下ろしながら、祥子はふと気がついた。

「そういえば、お相手するのは私一人なのかしら?」

「いえ、連絡では『五人揃って』ということでした」

 ツンツンの答えに、祥子は少しだけ眉を潜めた。

 魔法遣いが五人――ということは女性が五人。

 自分と同じ性癖の者はそうそういないだろうが、魔法少女といえば正統派美少女というのが基本的なスペックではなかろうか。

 そうなると、対象となる魔王の嗜好がそちらに引きずられる可能性があるかもしれない。

 自分がもっと若ければ外見で対抗する手段もあろうが、既に三十代前半である。

 そして、若さに対して正面から勝負を仕掛けるほど、身の程知らずではない。

 なかなか難しい案件になりそうね――それはそれでそそられると祥子は結論付ける。


 この時点で、前提に誤りがあることに彼女は気づいていなかった。

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