第二話 魔法中年登場

「はあっ、今なんて言った?」


 三十九歳独身の榊原さかきばら平次へいじは、缶ビールをテーブルに置くと声を荒げた。

 思わず力が入り、缶がわずかにへこむ。

 それを見ていた『毛玉』が震える声で言った。

「はあ……あの……すみません、すみません」

「謝る前に、もう一回言ってみろよ」

「……その、ですから」

「ですから?」

「……ニシュウカンゴニマオウトウバツノシゴトガアルノデ」

「おいこら、都合が悪い時に小声・早口で棒読みする癖はやめろよ!」

 平次は思わずビール缶を毛玉に向かって投げる。

「ひいっ、物理攻撃はやめてください」

「別に何も影響はないんだったよな?」

「それはそうですが、なんだか嫌なので……」

「ああ、そうかい。分かったからちゃんと言ってみな」

「……その、二週間後に魔王討伐があるので参加してほしいという連絡がありましてですね」

「ほう。魔王討伐ね」

「はあ」

「で、場所は?」

「参加していただけるんですか?」

 平次はにっこり笑うと、毛玉に顔を近づけた。

「で、場所は? ルンルンさん?」

 『ルンルン』と呼ばれた毛玉――魔法生命体は、小刻みに震えると言った。

「……その、東京でして」

 途端に、テーブルの上にあった茶碗がルンルンの上にかぶさる。

「はうっ、やめてください、暗くて狭いのは苦手なんですぅ……」

 前にあった出来事を思い出すせいか、ルンルンは閉所恐怖症である。しかし、平次はそのままの状態で問いかけた。

「なあ、ルンルンさんよ。岐阜県恵那市から東京までどうやって行くのか、いくらかかるのか分かっているんですかねぇ?」

「分かっています、分かっています、ですから今回はちゃんと旅費と日当が支給されることになりましてですね」

 茶碗が即座に取り除かれる。

「なんだよ。旅費と日当が出るのかよ。宿泊費とかは?」

「その、時間がかかって帰れなくなった場合には支給されるはずですが」

「ほう。で、日付はどうなってるんだよ。平日だと他の仕事があって難しいんだがな」

「それが他の方の予定もあって、土曜日の昼から開始だそうで」

「ほうほう。そいつはまったく、よくわかっていらっしゃる」

「ですので、始発で移動してほしいという……うわ、なんですか!?」

 再び茶碗が降ってきたので、ルンルンは慌てた。

「ちゃんと旅費出ますよ!?」

「始発で昼に間に合わすって、中津川から各駅停車で塩尻経由の『あずさ』利用じゃねえか!?」

「はう、すみません、すみません。せめて、名古屋経由の『こだま』利用で……」

「ふざけんな、中津川から『しなの』、名古屋から『のぞみ』に決まってんだろ! しかも前金だ!!」

「はう、すみません、わかりました、交渉してみますぅ」

「本当だな」

「本当ですぅ」

「分かった」

 この調子だと宿泊費も『東縦イン』ベースだと思われるが、そこは突っ込むのをやめた。朝食無料は嫌いではない。

 実のところ平次は塩尻経由『あずさ』利用で差額を浮かすつもりであったが、それはそれとして茶碗を再び取り除く。

 ルンルンは急いで空中に浮かんだ。

 こうすればとりあえず茶碗は脅威にならない。

 そう考えて気が少し大きくなったルンルンは、平次に尋ねた。

「でも、魔王討伐自体は構わないんですか」

「ああ、そういう話だったな。でも、お前みたいなペーペーのところに連絡が来るぐらいだから、大した話じゃないんだろ?」

 それでルンルンも合点がいった。

「そういえばそうですね。あはははは」

「お前、少しは魔法生命体という自分の立ち位置に誇りはないのか?」

「まあ、その、自分はまだまだ新人ですから。それに今回は五人編成だという話ですし――」

 そこで、平次がいつもと違う微妙に嫌そうな顔をしたことに、ルンルンは気がついた。

「――あれ、なんか私、不味いこと言いましたか?」

「五人編成って、他にも魔法遣いが来るのか?」

「はあ、そういうことになりますね」

「で、確か男性は魔法遣いに原則なれないはずだよな」

「はあ、平次さんは私のミスで契約してしまった関係で、しぶしぶ認められましたが。透視魔法は金輪際こんりんざい不可という条件で」

「ああ、まあ、その件は置いておいてだな――」

 平次にとってもトラウマだった件はスルーすると、彼はこう続けた。

「つまり、魔法少女四人の中に、魔法中年が一人入るわけだ」

「まあ、そうなりますかね」

「しかも、あのピンク色グラデ―ションの、胤田たねだの七分にカントビの手甲てっこうシャツ、丸四の地下足袋じかたびだよな」

「はい、それで登録されましたので」

 お前の事前説明さえあれば、もう少しはまっとうな服装にすることもできたんだがな――という言葉を飲み込みながら、平次は言った。

「場違いじゃねえか?」

「まあ、魔法中年という段階でもう場違いもはなはだしいので……」


 ルンルンは飛んできたバールで畳にめり込む。


 その後、しばらく問答は続くが、二人とも自分達が思い違いをしていることに全く気がついていなかった。

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