第45話 連星 其の二
「ほ、ホントに大丈夫なんやろか……?」
「ここまで来て何をびくびくしてんのよ。ほら、さっさと歩く」
「はっはひぃ!」
「大丈夫ですよ~。ベラさんの索敵もカペラさんの魔法も学年では一番という評価ですから。……あとクロエさんの根性も」
「どんうぉーりー」
「……」
私、シロナの中でいつの間にド根性キャラに……。
シロナとカペラが、淡い緑色の髪をした少女の背中を押す。話し言葉に若干の訛りがある彼女の名前はプルケ。外国から志願してオラクルの冒険者学校に入学した一年生だ。
新学期が始まってから三ヶ月の月日が経った今、私達はこの少女を連れてダンジョンの入り口に立っていた。
どうしてこんな状況になったかというと、話は五日前に遡る──。
◇
「アタシ達が引率……ですか……?」
「ああ、そうだ」
珍しくアレクサンダーに呼び出された私達。誰も指導されるようなことをした記憶がないため、何の用で呼び出されたのかも分からずびくびくしていたのだが、予想とはかけ離れた頼みごとをされた。
頼みごとの内容はというと、一年生の前期末試験、ダンジョン探索の引率をしてほしいというもの。色々と疑問に思うところはあったが、代表してカペラが質問する。
「この大変な時期に一年生をダンジョン探索に向かわせるのですか?」
至極もっともな質問だろう。魔族に国土を攻め入られている状況で、しかもその主戦場となるダンジョンに新入生を向かわせるというのは、鬼畜の所業に思える。
「この時期だからこそ、だ。魔族の侵攻が本格的に始動していない今しかない。この時期を逃してしまえば、彼らが前線へと送り込まれた時、ただの捨て駒以上の働きもできずに無駄に命を落としてしまうだけだろう。そんな未来は到底認めてよいものではない」
真っ直ぐな眼差しでそう答えるアレクサンダー。その目からは彼自身の強い意志が感じ取れた。
「勿論、こちらも君達の懸念点は考慮している。ダンジョン探索に向かうのは限られた成績上位者のパーティーのみ。探索目標やルートは、事前申請したものを教官陣で精査し、生徒が迷うことが無いよう、また君達の時のようなことを防ぐために、精鋭たちが奥へと続くルートを封鎖する」
「それなら、私達の出る幕はないのでは?」
カペラの次の質問をする。それを聞いたアレクサンダーは、先程までの頼りがいのある態度が嘘だったかのように困ったような表情を浮かべる。
「本来はそのはずだったんだが、少しイレギュラーが起こってな……」
「……?」
「どんなイレギュラーが?」と私達が首をかしげていると──。
──コンコンコン。
小気味よいノックの音が教官室に響いた。
「来たか。丁度良い、入りなさい」
アレクサンダーが許可を出すと、外から大きな深呼吸が聞こえ、少しの間をおいて扉が開く。その先には、どこか見覚えのある少女が立っていた。
「しっ、しちゅれいしまひゅ……!」
来室時の挨拶を盛大に噛んだその少女は、舌を噛んだのが余程痛かったのか、目尻に涙を浮かべていた。
「プルケ、こちらへ」
「はいっ!」
ギシギシと関節から音が聞こえてきそうな程硬い動きでアレクサンダーの近くへと歩いていく彼女。
「彼女らが君の引率を務める二年生の『首席パーティー』だ。自己紹介を」
「は、はいっ!」
アレクサンダーが「首席パーティー」の部分を強調するように言うと、カペラの耳がピクリと動いたのが見えた。プルケと呼ばれた緑髪の少女がこちらに向き直る。緊張しているのだろうか、頬は上気し、心なしか息も荒い。
「ウ、ウチ……私はっ一年生のプルケと申しますっ!クルセボ共和国のド田舎の農園で麦と牛に囲まれて育ちましたっ!不束者ですがよろしくお願いしまひゅっ!」
……また噛んだ。
あまりに早口な自己紹介が、右耳から左耳へと通り過ぎる。アレクサンダーを含め、全員がこの沈黙を破る機を見計らっているのが分かった。しばしの睨み合いの後、アレクサンダーが一つ咳払いして、説明を再開する。
「こう見えて一年生の中では首席級の実力を持ち合わせている。事前準備も既に済んでいるから君達の手を煩わせることもないだろう」
「それは良いんですが、肝心のパーティーメンバーはどこに?」
「彼女一人だ」
……?聞き間違いだろうか。たとえ万全を期した配置であったとしても、私達が行くのはあのダンジョンだ。いくら何でも単独であるはずがない。
「今、なんて……?」
カペラも同じことを想ったのだろう。改めて引率するパーティーの情報を確認する。──が、しかし……。
「君達が引率するのは、彼女『ただ一人の』パーティーだ」
「「「「……」」」」
それは果たしてパーティーと言えるのだろうか?
皆一様に口を開け絶句する。カペラに至っては口の端がピクピクと痙攣していた。にもかかわらず、アレクサンダーは私達のリアクションをスルーして事情を説明する。
「彼女には先天性の問題……持病のようなものがあってな。私とジンが相談を受け、少しの間休みを与えたのだが、その期間中にダンジョン探索に向かうパーティーが決められてしまったのだ」
ばつの悪そうな顔でそう言うアレクサンダー。当のプルケ本人は、もじもじと腕を後ろに組んでいて、特に気を悪くした様子もない。
「特に素行が悪いわけでもなく、健康体。成績も優秀ときたら、探索に行かないのはもったいないように思える。そう彼女に伝えたところ、了承してくれたのだ」
そして、彼は改めて私達四人に向き直る。
「三年生ではいらぬ世話を焼いてしまい、彼女がただダンジョンを見学するだけになってしまうかもしれない。そう言うわけで、君達に彼女の引率を頼みたいのだ。これは君達のような『優秀な』パーティーにしか任せられない」
アレクサンダーが「優秀な」の部分を強調すると、再びカペラの耳がピクリと動いた。
……これはわざとやっているな。
「君達のような『頼りがいのある』先輩ならば、彼女も安心だろう」
──ピクリ。
「無論、報酬も用意させてもらった。私とジンが厳選した『高級お菓子』だ」
──ピクピクリ。
私以外の全員が釣られてしまった。かく言う私も、修学旅行の班決めで同じようなぼっち経験があるので、シンパシーを感じてしまっている。拒否することなんてできるはずもなかった。
おのれ、山田先生め……!私が病欠している日にグループを決めやがって……!
ともかく、総意は決したようだ。
「どうか頼まれてくれるだろうか?」
「「「はいっ!」」」
「……はい」
「ありがとう」
「あっありがとうございまひゅっ!」
こうして私達冒険者見習いの、初めての依頼任務が幕を開けた。
転生先でもぼっちは嫌なので冒険に出ることにしました。 宮本たいしょー @murabito9386
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