第44話 連星 其の一

 ようやく冬が過ぎ去り、暖かい春風が地上を撫でる頃、私達は父さん母さん、もとい鬼教官の監修の下、日の届かないダンジョンに武者修行に来ていた。


「クロエ!そっちに行ったわよ!」

「……!」


 カペラの警告に、正面の死神蟷螂の足元に潜り込むのを中断し、側面に回り込む。さっきまで私がいた場所に殺人蜂が突撃してきたかと思うと、さらに鎌が振り下ろされた。衝撃で殺人蜂の頭部が潰れ、先程までうるさかった羽音がピタリと止む。

 その隙を見逃さずに脇腹めがけてレイピアを突き出し、勢いのままに腹を裂く。ビリビリという気持ちの悪い音を気にも留めず、その場から離脱。

 腹部を大きく損傷しているのにも関わらず死神蟷螂は反撃をしようとするが、頭部にカペラの魔法が直撃し、あえなく撃沈。


「ベラ!シロナ!そっちの状況は!?」

「大丈夫。シロナがちょっと眩しいだけ」

「ご、ごめんなさい……!もう少し魔力を調整します!」


 意外と余裕そうで安心した。シロナの光魔法とベラの闇魔法、互いに干渉しないよう発動された魔法により遠近感を誤認させ、シロナの虚像を狙うモンスターをベラが不意打ちで狩り、さらにベラの虚像を狙うモンスターを光で焼いて牽制。シンプルだが、二人で安全に立ち回るにはこれ以上ない作戦だ。目ではなく体温で標的を認識する蛇型のモンスターを先に処理しているのもカペラの作戦だが、それを見事に遂行してくれる頼もしさと言ったらない。

 落ち着いた戦況に一息つこうとするが──。


「──よーし!次の群れもいってみよ~!」


 洞窟内に母さんの元気な声が響き渡り、今さっき処理したモンスターの倍もある群れが襲い掛かってくる。


「大きいのは動きを止めておくから、まずは小さいのを落ち着いて処理しなさい」


 父さんが私達との訓練でも多用する、水魔法LV7「白雪髪キオネヴェール」で群れの半数近くを凍結、休眠状態にして優しく──と言っても内容は優しくもなんともないが──指南してくれる。


「はぁ……何なのよ、アンタの親。バケモン過ぎるでしょ」

「……それには同意」


 カペラがボソッと呟いた愚痴に賛同する。あの人達の実力は、まだ全貌が見えていないのも含めて規格外すぎる。あれで冒険者としては一線を退いたというのだから、最上位の人達は単独で国家を潰せてしまうのではないだろうか。

 意味のない想像が頭を過るが、実際のところは国防に携わる化け物級の戦力と相打ちが精々だろう。まだ冒険者の卵でしかない私達には化け物に見えてもさらに上がいたりする。世界とはそういうものだ。

 身体の疲れをごまかすためにあれこれ考えている内に小型モンスターの群れを処理し終える。すると、さっきまで身動きを押さえられていた中型の群れが、電子レンジでチンするかのような気軽さで温められ、すぐさまこちらに誘導される。

 あぁ、生前やっていたゲームのレベリングも辛かったなぁ。経験値はもっと早くたまったし、ボタンを押して範囲攻撃で全滅させるだけで、実際に相対していたのはモンスターではなく睡魔だったが。

 目の前のハードワークから目を逸らすように、再び想像に思いを馳せる。それからもう一つの群れを処理するまで、暗いダンジョンの壁はシロナの魔法で明るく照らされ続ける。


 ◇


「ふぅっ……ふぅっ……」


 全てのモンスターを狩り終えた。目に見える範囲にはもう影はなく、ベラの索敵に何か引っかかった様子もない。だというのに、全員の警戒が薄まることはなかった。皆一様に感覚を研ぎ澄まし、引き寄せられるように背中合わせで円陣を組む。


「お疲れ様。一度休憩にしよう」

「アンタ達、よく頑張った!」


 父さんと母さんの声が耳に入った瞬間、全員が体を吊り上げていた糸が切れたかのようにその場にへたり込む。周囲にはモンスターの体液が飛び散り、独特な刺激臭が鼻を容赦なく攻撃するが、今ならきっと熟睡できる。それくらいに身体が悲鳴をあげていた。


「あー……ご飯にしましょぉ……」

「賛成ですぅ……」

「お腹……空いた……」

「……」


 息も絶え絶えになりながら、それでも栄養を取ろうというカペラの提案に誰しもが頷く。今回は、二人が食事も持ってきてくれたということなので、そちらに視線で懇願する。


「リアム!可愛い我が子らは馳走をご所望であるぞ!」

「はいはい、仰せのままに」


 ウキウキな母さんが、偉そうな──庶民の生活しか知らないため滅茶苦茶ではあるが──言葉づかいで父さんに食事を用意させる。それに従う父さんもどこかノリノリだ。


「お嬢様方、お待たせいたしました」


 わざわざ魔法で作ったのだろうか、透き通るような氷の皿を私達の前に置き恭しく礼をする父さん。その皿の上に載っていたのは四つの革袋と四つの小瓶。


「……?」


 小瓶の方は父さん印のポーションだろうが、革袋の方は一体……?

 一人一袋ということだろうか。


「もう、限界……ご飯……」


 困惑した状態で誰も手に取ることができなかった中、遂にベラが一袋を掴み、その中身を見る。その瞬間──。


 ──ピシッ。


 彼女の動きが完全に停止した。その反応が気になり、私達もその中身を覗く。中には緑色の豆が、十粒程入っているだけだ。

 慌ててシロナとカペラも一袋ずつ手に取り中身を見る。私は残った一袋を手に取った。


「これは……チーズね……。そっちは」

「こちらは干し肉でした……」


 二人がこちらを見つめてくる。袋の中身を見てみると、そこにあったのは四枚のビスケットだった。その内の一枚を手に取って二人に見せる。


「「「……」」」


 三人の間に何とも言えない空気が流れる。


「ちゃんと分け合って食うんだぞー」

「生存訓練だと言っただろう。補給線がない状態ではこれが通常だ」


 鬼教官の指示に従い、のそのそとお互いの中身を分け合う私達。


「うぅ……ごはん……」


 この食事の間にベラのすすり泣く声が止むことはなかった。


 ◇


「──やっぱり今は前衛の確保が急務ね。ソフィア程とは言わずともある程度敵の攻撃を引き付けてくれる役がいないと上手く安定しないわ」


 食後のポーションも飲み終わり、体力が少し回復したところで今後の方針を会議する。やはりソフィアがいなくなってしまった分、今までのような戦い方は出来ない。ベラも土魔法を使えるようになったことでいくらか融通は利くが、ダンジョン内ではアクシデントがつきものだ。念には念を入れすぎるくらいが丁度良い。


「しっかし、新学期が始まって早々ダンジョン探索だなんて。去年とは状況が違うというのもあるでしょうけど、私達の入学式の時に上級生の姿が見えなかったのも納得だわ」


 そういえば、普段の学校生活で見かける上級生らしき生徒は入学式の時いなかったな。

 カペラの推測に納得する。


「でも、なんでダンジョンなのかしら。戦争の相手はモンスターじゃなくて魔族なのに……」

「おや?聞いてなかったのかい?」


 皆の疑問をカペラが代表して口に出すと、父さんがそれに答える。


「魔族との戦争の主戦場はダンジョンだよ」

「えっ!?」


 シロナが驚きの声をあげた。声こそ出さなかったが、私も彼女に負けないくらい驚いていた。恐らく他の二人も同じだろう。


「魔界と人間界を繋ぐゲートはオラクル王国のダンジョンの奥地にあるとされている。レオがスピーチで言っていただろう。『オラクル王都とゲートは一直線で繋がっている』と。でも、広大な地上で一直線、なんてことがあると思うかい?」


 父さんの問いかけに誰もが首を横に振った。


「つまりはそういう事さ。魔族侵攻のルートを一直線たらしめているのがこのダンジョン。そして、各国は自国を守る戦力を確保しつつ、ゲートから直線距離が最短で、位置的にも国交的にも大陸の中枢であるオラクル王国に、戦力となる冒険者を送り出すのさ」


 新たな事実を知り、口を開けてポカンとする面々。


「もしかしたら、冒険者学校に留学する子の中にも他国から来た子がいるかも知れない。志願制の冒険者学校では、戦時中は生徒がいつも通り集まるはずもないだろうし」

「おーい!掃除は済んだからそろそろ再開するぞ~!」


 遠くから母さんの声と複数の鳴き声が聞こえ、話を聞いていた時とは打って変わって、全員弾かれたように戦闘態勢に入る。


「皆、良い心構えだ」


 母さんの声を聞いて戦闘態勢に入るというのは、心構えというよりかは犬の躾に近いだろう。そんな考えを知る由もなく笑顔で見送る父さんに、苦笑いで返して走り出す。


「目標六!でかいのはクロエが引き付けて!ベラとシロナはそれの補助!私は小さいのをまとめて片付ける!」


 カペラの指示が響き渡り、私達の地獄の訓練が再開された。


 ◇


「お疲れ様。明日は休息日に充てているからゆっくり休みなさい」

「じゃあな~。ぐっすり寝るんだぞ~」


 父さんと母さんが手を振る。

 ダンジョンから地上に出る頃には、もう夕方だった。日帰りでいつものダンジョン探索よりも短かったはずなのに疲労度は比べ物にならない。それはそうだ。いつもは無駄な戦闘は避けて通るのだから。


「もうくたくたです……」

「早く帰って寝たいわ……」

「あったかいご飯が呼んでる……」


 約一名おかしな言動がみられるが、それも明日になれば治っているだろう。重たい足を引き摺って学校の敷地へと入っていく。


「おや?新入生でしょうか?」


 何かが目に入ったのかシロナがそう言う。彼女の見ている方へ目を向けると、そこには淡い緑色の髪をした少女が一人で立っていた。


「迷っているんでしょうか……。私、ちょっと行ってきます!」

「……お節介ね。いつか損するわよ」


 カペラが苦言を呈するのを気にも留めずシロナが駆け出す。自分がつかれているのにも関わらず困っている他人を助けようとする彼女は今日も眩しい。

 皆で彼女の後を追いかける。


「何かお困りでしょうか?」


 明るい声で話しかけるシロナ。


「……」


 すると、見知らぬ少女は彼女を一瞥だけして寮の方へと歩いて行ってしまった。


「言った傍から……」


 カペラがため息をつく。


「……私、何か失礼なことを?」

「なーんもしてないわよ。あれくらいのガキだと知らない人に話しかけられても恥ずかしがっちゃうもんよ。だから気にしなくて良いわ」


 私達と歳は一年しか変わらないだろうというツッコミはさておき、カペラの意見に賛同する。


「ほら、分かったらとっとと食堂に行きましょ。ベラの胃が腹の虫に食い破られちゃうわ」


 カペラに促されるるままに食堂へ向かおうとする。が──。


「──あのぉ、すみませーん」

「ああっもう!今度は何!」


 呼びかけられたことへのイライラを隠そうともせず、カペラが声の方へと振り向く。こちらも新入生だろうか、見知らぬ男子生徒が立っていた。


「ここらへんで落とし物見つけませんでした?」

「あっ、私で良けれむぐっ──!」

「ごめんねー。私達、今急いでるから他を当たってもらえる?」

「……?分かりました、ありがとうございます」


 男子生徒は足元を探しながら歩いて行った。


「なぁにまたお節介を焼こうとしてんのよ、アンタは!?」

「──ぷはっ!ごめんなさいぃ……!」


 かんかんに怒ったカペラがシロナを叱り始める。この様子ではしばらく落ち着きそうもない。

 ──ぐぎゅるるるぅぅぅ……。

 説教している横でベラのお腹が盛大に鳴る。

 ……今日はもう静かにご飯は食べられないな。

 疲れ切っていた私は、このカオスを前にしてそんなことを想うのだった。

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