第38話 断章:窓辺の星
「──ライラ……」
堅牢な城の一室で、女は誰かの名前を呼んだ。
上品なカーテンに煌びやかなシャンデリラ、整った書棚にふわふわのベッド。全て最高品質の物であり、いかなる権力者でも喉から手が出るくらいに欲しがり、憧れるはずの物だが、そのどれもが彼女の憂いを拭い去ることができなかった。
斜陽の差し込む窓辺から、焼けるような空を見上げる。見上げた空のその先にある、青い星に思いを馳せ、漆黒のドレスに身を包んだその女は、再度口を開く。
「必ずや、この手で……」
──コンコンコン。
その先の言葉が紡がれる前に、彼女の背後の扉を叩く音が聞こえた。
「王よ。執務の時間に伺う事をお許しください」
「構わぬ。して、用件は?」
感傷に浸っていたところを邪魔されたことに、さして気を悪くした様子も見せず、「王」と呼ばれた彼女は扉に近づく。扉を開きはせずとも、彼女が用件を聞くために近くまで来たのが確認できたのか、一拍の後、扉の奥の声は報告を始めた。
「忍ばせていた密偵が、勇者と接触することに成功しました。これより本格的な戦を開始するため、王の許可を頂きたく」
「──そうか……」
「王」は静かな声音で答える。
「妾が全指揮を執る。兵共に伝えよ」
「御意」
扉の奥の声はそれだけ言い、風のような速さで気配が遠のいていく。
「王」はまた振り返り、窓の外を見上げる。しかし、その視線には、もはや先程のような憂いの色はなく、燃えるような意志が滲んでいた。そして彼女は、空に向かって手を伸ばす。
「今度こそ……今度こそだ……!」
言葉に合わせて、ぎゅっと握りしめられた手の中には、青い星が浮かんでいた。
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