第37話 胎動

 実りの季節が過ぎ去り、冬の訪れを感じられる寒さが身を包む。早朝の乾燥した空気が、生憎の曇天と相まって、少し鬱屈とした気配を醸し出す中、冒険者学校の生徒達は、またもや中庭へと集合を掛けられていた。


「う~、寒っ。勘弁してくれよ」

「また何かあったのか?」

「知らないわよ。ふぁあ……まだ眠いわ」


 ぞろぞろと集まって来ては、寒さに身を震わせ、ひそひそと文句を垂れる生徒達。入学式と合わせて三度目の全校集会。これまでと違うのは上級生の制服を纏った一団が見えることだろうか。とはいえ、部活動や委員会のような学年をまたいだ組織活動がなく、校舎やダンジョンの中ですれ違う程度の関係性しかないため、別に何か思うところもない。

 元の世界の学校の様に、始業式も終業式もないためこうして生徒が一堂に会すのは滅多にないはずの非常事態なのだが、子供たちの中にもはや緊張の色は見られない。まあ、半年もダンジョンやらモンスターやらの不条理に触れていたら、子供といえども多少は適応するものなのだろう。

 かく言う私も、もう何が来ても驚かない気持ちでいた。いや、正しくは「生徒達によるダンジョンへの不法侵入騒ぎ」で、親しくはないものの、同級生を失うなんてことを経験してしまった今では、これ以上私を驚かせるような何かを想像できなかった。

 そんなわけで、いつものメンバーで固まって、その「何か」の発表を待つ。


 ◇


 そこそこの時間を待ったが、これまでの様に誰かが壇上に上がる気配がない。


「何があったんですかね?」


 周りが雑談をしているのに、自分達だけが静かに待機しているのを変に思ったのか、シロナが会話の口火を切った。


「さあね。また馬鹿が何かやらかしたんじゃない?」

「お姉ちゃん、不謹慎」


 カペラのあまりに自然な口調に、ベラの指摘に疑問が生じたが、確かにあの騒動の時に酷く心を痛めていたソフィアを前にして、その物言いは不謹慎に思える。非難の意を込めてちらとカペラを見やるも、彼女は溺愛する妹の忠告すらちっとも意に介していない様子だ。


「大丈夫よ。もう気にしてないんでしょ?」


 誰かに視線を送るでもなく、ぶっきらぼうに言ってカペラは口を噤む。


「……ああ。もう傲慢な考えは捨てた」


 彼女の問いかけは、正しい相手に届いたようで、ソフィアがどこか清々しい顔でそう言ったのが横目に見えた。


 ◇


『皆さん、静粛に』

「やっとね」


 さらに待つこと数分。ようやく準備が整ったのか、アメリアの魔力が乗った声が中庭に響く。途端に、これまでの喧騒が嘘かの様に静まり返った。


『指導長官からのお話があります』


 そうアナウンスが入ると、カツカツとブーツが階段を踏む音が鳴り、壇上に指導長官が現れ、厳つい顔が衆目を集める。

 ──うん?何か……。

 いつもの使い古された装備ではなく、やけに身ぎれいな礼装であることにも謎だが、それよりも彼の表情を見た瞬間、どこか違和感があった。


「──おや?」

「……?」


 ソフィアとベラも同じことを想ったのか、疑問が顔に表れている。


「どうしたのよ?」


 私達の様子が気になったのか、カペラが小声で問いかける。


「いや、勘違いかも知れないのだが……威圧感が……」


 ソフィアの言うように、彼は普段なら、平時でも視線や表情からとてつもない威圧感を放っている。まるで狂犬だが、今見える彼の表情からは、その見る人によっては一生の恐怖を植え付ける程のプレッシャーが感じられない。かといって恐くないわけではない。むしろ──。


「恐くないのがこわい……」


 そうなのだ。いつも放たれている威圧感は隠れ蓑だったのか、ヴェールのはがれた彼からは、これまでとは比にならないほどの覇気、強者の風格ともいうべきオーラが、滲み……いや、溢れ出ている。ある種の畏怖すら感じさせる雰囲気に、周囲の視線がこれまでとは違う色を帯びているのがはっきりと分かった。

 そんな熱い視線を浴びる指導長官が、ついに口を開く。


「寒い中ご苦労。長ったらしい挨拶は省いて、さっさと本題から話すから耳をかっぽじってよく聞け」


 普段通りのチンピラのような口調でも、威厳が備われば勇猛に聞こえるから不思議だ。


「先日、王家及びギルド本部からこのような通達があった」


 そう言うと、何やら高級そうな羊皮紙を懐から取り出して見せつける。すると、最初は無反応で静まり返っていたのに、最前列から段々と、嵐によって凪いでいた海面に波が立つかのように、ざわめきが波及してくる。


「い、一体何でしょう?」


 何が書かれているのか、凝視して見ても集団の後ろの方にいる私達には分からない。少しの間をおいて、指導長官が静かな、それでいて喧騒を破る魔力の乗った声を発する。


『魔族が侵攻を開始した』

「──!!」


 時が止まる。一瞬言葉の意味が分からなかった。

 魔族が、侵攻を開始……?え、じゃあ何?戦争が再開されたってこと?父さんや母さんは?

 ざわめきを通り越してパニック状態に陥る生徒もいた。当然だろう。いつの間にか戦争が始まっていて、それに巻き込まれるかもしれないとなれば慌てない方がおかしい。たとえ、冒険者という職業が、有事の際の軍事力にカウントされると知っていても、落ち着いてなどいられるわけがない。


『静まれ』


 膨大な、しかし攻撃力を持たない澄んだ魔力が身体を通り抜けていく。それだけでまた喧騒は静まり返り、指導長官の下へと視線が注がれる。

 今の……回復魔法の魔力?多才にも程があるだろ……。


「よく聞けと言っただろうが。まだ話は終わってねえ」


 そう言うと、羊皮紙を丁寧に丸め懐にしまい直す。


「てめえらも知っているだろうが、冒険者ってのは魔族との戦争でのだーいじな戦力だ。まあ王家直下の騎士団、『重装騎団』なんかも同じ軍事だが、攻守で役割がてんで違う。そんで俺ら冒険者は勇者を筆頭に攻める側だ」


 勿論知っている。それが、オラクル王国が他国よりも冒険者学校に力を入れている理由であり、オラクル発祥のギルドが世界各地に展開されている理由だ。


「そんで、その大事な戦力を育てるここ、冒険者学校は魔界と繋がるゲートとオラクル王都、この大陸の中心との一直線上にある。──どういうことかわかるか?」


 嫌な予感がする。頬を冷たい汗が伝っていく。


「ここは、王都の城壁より前、オラクル王国の防波堤の一つで、てめえらガキ共も立派な兵士ってことだ」


 ──予感的中。

 パニックを起こしそうになるも、さっきの魔力が常時垂れ流されているのか、精神が乱れる前に勝手に落ち着かされてしまう。


「これが最後通牒だ。逃げるってんなら早くしろ。まだしょんべん臭えビビりのガキに構ってられる余裕はなんざねえ」


 まさしく最後通牒。この機会を逃せば、兵士として戦争に加わることが確定する。いまだ六歳の子供にする仕打ちではないと思うが、人間以外との、ましてやスキルなんてものが備わっているこの世界では当然のことなのだろう。ぐるりと周囲を見回してみても、逃げ出しこそしないまでも怯えている生徒の方が多い。これは、何人残るだろうか……。

 だがここで、彼がさらに言葉を続ける。


「だが、残るってんなら──。おい!そろそろ入ってこい!」


 不意に、くるりと後ろを振り向く指導長官。

 中庭の奥、校舎の方からゆっくりと歩いてくる人影が見えた。その影は一人、また一人と数を増やしていく。


「てめえらガキどもをいっぱしの兵士に鍛えるくらいはしてやる」


 人影はもはや数えきれないくらいに増えていた。流石に生徒の総数までは及ばないが、軽く見積もって半数は下らないだろう。

 その中でぶんぶんと手を振る女性が見えた。綺麗に切り揃えられた赤毛と知的そうな男性を傍に携え……て…………。


「──っ母さん!?!?」


 思わず上擦った叫び声をあげてしまう。あれは間違いなく母さんと父さんだ。私の悲鳴が聞こえたのか、「クロエ~~~!」と聞きなれた、間延びした声が返ってくる。


「こいつらは、多少名の知れた冒険者達だ。俺の人脈を総動員して呼びかけたら、ほいほいとついてきやがった代わりモンでもある」


 その冒険者達は教師陣の後ろに立ち、皆頼もしい笑みを浮かべている。魔力は感じられないが、怖がっている生徒はもういない。


「これからはこいつらも指導に加えて、ビシバシやっていく。もちろん、俺を筆頭にな」


 そして、これまでの相貌を崩し、獰猛な笑みを浮かべて言い放つ。


「叩きのめされる覚悟のある奴だけ残れっ!俺らがてめえらを冒険者にしてやるっ!!」

『うおおおぉぉぉっ──!!!』


 鬨の声が響き渡り、空を覆いつくしていた暗雲はどこかへと消え去った。

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