第36話 夕焼 其の五
「よーし、大量大量!」
カペラがモンスターの死骸を回収しながら上機嫌に言う。放っておいたら鼻歌でも歌い出しそうだ。普段なら、浮かれている人を叱責する側の彼女だが、今回ばかりは仕方ない。
「『
「奇麗なのだけでも七」
「半日だけで二十は狩ったな」
そう、予想していた数よりも多くの素材を調達することができたのだ。この湿地帯は浅層の中でも、小型で群れを成すモンスターが多いため、オラクル入り口周辺よりは単純に戦果が増えるのは予想していたが、それを踏まえても多すぎる。
どれだけかというと、事前調査の段階で最新の資料と見合わせ、危険種との遭遇、その他諸々のアクシデント込みで算盤を弾いた結果のほぼ倍。それも予定していた時間の半分の時間で、だ。
つまるところ、今日一日で十匹が目標だったのを、その四倍の効率で狩ったということになる。しかも、最大限の警戒を払っていたのにもかかわらず、危険度の高いモンスターの気配さえ感じられなかった。
これだけ聞けば、理解の及ばない不気味な状況の様に思えるが、実はこういうケースは少なくはない。ダンジョンや魔法みたいにファンタジー要素の強い世界でも、ゲームの様に内部構造が全く変化しないわけでもなければ、必ず同じモンスターとエンカウントするわけでもない。
地殻変動や冒険者の行動によって、日々ダンジョンの地形は変化するし、冒険者によって観測された大きな変化は、逐一ギルドに報告され、最新の地図に反映される。モンスターは種族によってコロニーをつくることもあるし、多くの未知の生態を持っていても、捕食や繁殖など生命活動を行う以上は食物連鎖のルールは必ず存在するため、タイミングによっては固体数が減少、絶滅することだってある。実際に、初のダンジョン探索で、繁殖期のとんでもない化け物に遭遇した私達はそれをよく知っている。
だからこそ、事前調査は隈なく行ったし、モンスターを狩る前にも、原因の調査を十分に行った。
そして、最終的に私達が下した結論は、「今回は運が良かった」だ。ただの現実逃避じみた希望的観測ではない。周辺には、今回の探索で出会わなかった危険種の、糞などの痕跡がほとんどない。見つかったものは、全て二日ほど前の物ばかり。捨てられた死骸は食い散らかされてはおらず、価値のある部位が丁寧に剥ぎ取られている。何より、泥に記録された私達以外の人間の足跡。これはつまり、私達よりも先に探索して、モンスターを一掃した冒険者がいたということだ。
学校のカリキュラムによる探索ではあるが、それを受けて冒険者が日常業務を休止する、なんてことは当然ない。
そういうわけで、実力のあるパーティーが通った道のおこぼれを拾えている幸運を噛みしめながら、探索していたのだが、残念なことにもうバックパックの空きスペースがない。
「カペラさん。これ以上は入りきらなそうです」
「そうね。じゃあ、ここらへんで切り上げて、状態が良いものを選別しましょ」
「賛成」
そうして、比較的形が整っている物を、容量ぎりぎりまで詰め込む。因みに、ダンジョン探索では期末試験の時と同じく、素材数にノルマが課されている。ノルマ分は学校に提出する義務があり、提出された素材はギルド職員を育成する学科に提供され、相場の勉強のために売り出されたり、生態研究に使われたりする。ノルマを超過した分は、評価に加点された後、パーティーの所有物となる。武具の新調に使うもよし、売却して実家に仕送りするもよし。そんな感じで自給自足的な仕組みで学校が運営されているため、生徒の家族の負担が極限まで減らされ、五十年毎の魔族侵攻に対抗するための兵力を整えやすい環境となっている。
聞くところによると、このような下地が出来上がっているのは、大陸中でオラクル王国だけのようだ。停戦を挟んだサイクルが存在してはいるものの、戦時下で教育が行き届いている国というのは、中々にすごいことなのではないかと、疎い脳みそは考える。
そんなこんなで荷物を詰め込み終えた私達は、予定よりも早く帰路へつくこととなった。
◇
ダンジョンの出口近く、ようやく安心できる場所まで帰還できたことで、全員が警戒を緩める。地上からは、既に月明かりが差し込んでいるのが見える。本来なら、帰還は明日になっていたはずだが、休憩をはさんでも日をまたがずに戻ってこられた。
「今回は誰も怪我せずに済んで良かったです」
「うん。もうちょっと進んでたら、危ない奴も増えてたはず。運が良かった」
「私はもっと歯ごたえのある相手を狩りたかったが……」
「前みたいに追いかけ回されるのはもうこりごりよ」
若干一名、不穏なことを言っていた気がするが、地上の景色が見えたことに安心したのか雑談が始まる。
そして、地上の大地を踏むまでほんの数歩というところで。
「……?」
ふと先頭を歩くベラの足が止まった。
「ベラ、どうしたの?」
ベラは姉の問いにも答えず、小首をかしげたまま、じっと進行方向を見つめ続けている。やがて口を開くと。
「人がいっぱい」
「……え?」
それだけ呟いた。
◇
帰還の手続きを終え、ダンジョンの入り口から大通りに出ると、そこには普段とは全く違う街並みが待っていた。
冒険者学校とダンジョンの入り口があるこの街には、王都には及ばないものの、この世界において、十分に都会と呼べるくらいの設備が整っている。魔法に頼らないインフラは勿論、各種道具のそろった店や鍛冶屋、学生の休日には、既述のようなギルド職員志望の生徒達が開く出店もあったりして賑わっている。
しかし、今私達が目にしている光景は、見馴れたそれとは到底比べることのできない規模だった。道沿いにずらりと屋台が並び、客を呼ぶ声がそこら中から聞こえてくる。まるで何かのお祭りのようだ。学校の規則で夜間の外出は厳しく規制されていて、よっぽどの理由がなければ許可は出されないはずなのだが、そこかしこに制服を着た男女が見受けられる。
何が起こっているのか尋ねようにも、交流のある生徒はまだダンジョンから帰ってきていないようで、道行く生徒は知らない顔ばかり。同じ生徒とはいえ、知らない人には話しかけ辛い。皆も、置いてきぼりの状況に困惑しているのか、周りをきょろきょろしている。どうしたものかと、五人して佇んでいると──。
「──あれ?クロエちゃん?」
背後から、聞きなれた声で呼ばれる。振り返ると、そこには何かの資料を抱えたエリナさんがいた。
「エリナさ……先生」
「もう帰還したの?提出した探索予定よりも随分早い気がするけど……」
そこまで言って、私達の装備の様子を確認するように順番に目を向ける彼女。最後のシロナまで確認し終わったのか、教師然とした口調で改めて尋ねてくる。
「誰も怪我した様子もないですし、何かトラブルでもあったのですか?」
「実は、かくかくしかじかでして……」
カペラが代表して私達の探索結果を伝えると、ほっとした表情を見せた後、「良く無事に帰ってきましたね」と優しくほほ笑んでくれる。久しぶりに見た、教室の外でのエリナさんの笑顔に、自分の顔も緩んでいくのが分かった。
「それで、このお祭り騒ぎは一体……?」
「あー、それがね……」
カペラの質問に、エリナさんは一拍おいて口を開く。
「勇者様のパーティーが、討伐した『
「ゆ、勇者様が!?勇者様がここへいらっしゃったのですか!?」
「勇者」という言葉に反応したのか、ソフィアが泡を食って問いかける。
「勇者様は今どちらにっ!?」
「あ、あまり詳しくは聞かされてないですが、一刻を争うとか何とかですぐに王都へ向かったという話です」
あまりの勢いに、引いた様子で答えるエリナさん。
「そ……そうですか……」
既に勇者がいないことを知り、あからさまに落ち込むソフィア。前から思っていたが、この子は何故こんなにも勇者に惚れ込んでいるのだろうか?
色々と気になることはあったが、詮索するのは止めておこう。それよりも、ソフィア以外の皆が一番気になっているのは、きっと多頭蛇討伐に関してだろう。
「『多頭蛇』って……」
「湿地帯の奥の最上位種」
「ええ……。多分そういう事よ」
そう。多頭蛇は今回探索したエリアの最奥地に生息する危険種。あのエリアの食物連鎖の頂点に立つモンスターだ。そして、勇者パーティーがそのモンスターを討伐した帰りにこの出入り口を利用したということはつまり……。
「……勇者のおかげ」
「ってことよねー」
そう、同じエリアから同じ出口を通ったということは、あそこら辺の危険度の高いモンスターを狩りつくしたのは勇者パーティーだったということだろう。道は一本ではないため出会いこそしなかったが、どこかで入れ違いになった可能性が高い。
四人の視線がソフィアに集まる。彼女は、勇者に会えるチャンスを逃したショックがよほど大きかったのか、その事実にまだ気づいていないようだ。
この事実を教えてしまうともっと面倒なことになりそうだ。秘密にしておくということで一致した私達四人は、顔を見合わせて静かに頷くのだった。
◇
「チッ。全く……面倒な仕事だ」
冒険者学校の一室。必要最低限の機能だけが整えられた簡素な執務室で、一人の男が悪態をつく。実績のある冒険者として、指導長官に任命されてしまった彼、レオの手には一枚の羊皮紙があった。
王家の印章が施された紐を解き、丸まったそれを開く。高品質な羊皮紙であるにも関わらず、そこに書かれていたのはたったの一文。
「魔族が侵攻を開始した」
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