第33話 夕焼 其の三

 何処までも続く暗闇の中、ベラが掲げるランタンの灯火を頼りに歩を進める。今回は授業ということもあって探索するエリアは学校側から指定されており、入り口付近のモンスターも多少ではあるが間引かれているため、初めての探索時よりもスムーズに進めていた。

 それでも予想外のことが起こる可能性は低くないため、警戒はしなければならないのだが、やはり事前に安全が確認されているという報告があるのとないのとでは、安心感が段違いだ。


「接敵。『死神蟷螂デスマンティス』三、『病毒蛇ヴェノムヴァイパー』二」


 戦闘を歩くベラが足を止め、身をかがめて小声でこちらに報告する。既に「ナイトカーテン」の発動準備を終えている辺り、流石の仕事ぶりという他ない。


「了解よ。各員戦闘配置。ソフィアが注意を引いて、ベラが『病毒蛇』二匹を不意打ち。他の皆はそれが確認できるまでは待機。その後、全員が揃ってからは作戦通りに。良いわね?」


 カペラの指揮に全員がコクリと頷く。五人パーティーになってからの初めての実戦であるためか、皆の表情には緊張の色が見て取れる。しかし、その顔の裏にある戦意は誰も隠しきれていない。つくづく頼もしい限りだ。全員が速やかに戦闘態勢をとる。

 準備が終わったところでソフィアが大きく息を吸い込む。そして──。


「こっちを向け!」


 挑発を込めた大声を、通路の先にいるモンスターに向けて放つ。近くにいた私の鼓膜がびりびりと震える。どんな肺活量をしているのやら。

 そんな事を考えていると、モンスター達が、鎌首をもたげてのそのそとこちらに寄ってくる。どうやら挑発に乗ってくれたようだ。ベラは既に「帳」を発動して姿を認識できなくなっている。今頃、モンスターの合間を縫って背後に回り込んでくれているのだろう。

 広い空間で戦闘するときはわざわざ注意をこちらに向けずとも背後をとれるのだが、今は私達がいるのは一本道。万が一ベラが隠密に失敗した場合、彼女を孤立させてしまうことになる。そんな愚を私達のリーダーが犯すはずがない。

 ソフィアが注意を引き付けてから数十秒後、死神蟷螂の間合いがこちらに届く前にその背後から、「トスッ」と軽い音が聞こえてくる。どうやら上手くいったようだ。

 そのままこちらに駆け寄ってくるベラと合流し、戦闘を始める。最前衛はソフィア、その後ろに私、中衛にベラ、そして後衛にカペラとシロナだ。私はソフィアに攻撃を受けてもらいながら彼女をカバーする役目だ。前衛が加入したことで、私も魔法をぶっ放せると思っていたのだが、前衛一人では長期のダンジョン探索での消耗が速いということになり、カペラの指揮の下、結局私もソフィアほどではないが注意を引き付けて戦うことになった。全く……。優秀すぎる上司を持つと大変なのはどの世界でも同じらしい。

 ──おっと。

 そんな事を考えている間に、さらっと一匹目を仕留め終える。

 前よりも手ごたえがない。新たなメンバーも加わりパーティーの力が底上げされたのも、私達の連携が初めてとは思えない程上手くいっているのも、確かな要因の一つだろうが、その最たる原因は私の手に握られていた。ソフィアが背中越しに話しかけてくる。


「とんでもない業物だな」

「……うん」


 それはもう、私の手には余るほどに。

 右手のレイピアをちらと見る。暗闇の中でも、ランタンのわずかな明かりを受けて異質な程に鈍く光る漆黒の刃。「灰織手」の素材の一部を金属と合成することで切れ味、硬度、耐久力の諸々が飛躍的にアップグレードされたのだが、如何せん私の技術がこの剣に見合っていない。

 父さんから受け取った時に試用したのだが、これが驚くほどに軽く、剣の腕前はまだまだ三流の私は終始武器に振り回されてばかりだった。これではだめだと思い、すぐに父さんに返そうとしたが、優しい笑顔で頑なに断られ、母さんには「あんななまくらじゃ、いつまで経っても見合う実力なんて手に入らないよ」と言われて、私の手の中にある。


「おしゃべりしてる余裕?次が来るわよ」


 回想も早々に、さっきまでカペラの「雷纏ヘイスト」を掛けられたベラのステップに翻弄されていた二匹目、三匹目がこちらに両の目を向けてくる。


「ソフィアが先に斬りこんで!クロエは奥の奴をベラと挟撃!」

「応っ!」


 カペラに檄を飛ばされたソフィアが大きく身をかがめる。次の瞬間、ばねの様に地面を蹴って目の前の一匹の元へと突撃する。相変わらずの馬鹿げた跳躍力だ。後ろに続く者の身にもなってほしい。脳内で愚痴をぼやきながら、遅れないように走り出す。

 凄まじい瞬発力だが、昆虫系のモンスターの、その複眼からなる動体視力を打ち破ることは出来ない。瞬時に捉えられ、右の前足を振り上げるのが見える。それでもソフィアは止まらない。いや、むしろ今まではほんの助走に過ぎないとばかりに、そのスピードは装備の重量の分加速していく。


「一気に行くぞ!」

「……うん!」


 ソフィアの力強い言葉にとっさに返事を返す。「行くぞ」と突然言われてもどうすれば良いのかなんてわからないというのが本音ではあるが、そんな無粋なことを言う度胸は私にはなかった。全てを彼女に任せ、動きを合わせることに集中する。

 やがて間合いに入った獲物を捕らえるように前足が落ちてくる。大人よりも大きい体躯から、音もなく振り下ろされた死神の鎌はしかし、ソフィアが下段から力一杯に振り上げた大剣に弾かれる。透明な体液が辺りに飛び散り、死神蟷螂がよろめく。

 その隙をついて、足元を縫うように駆け抜け、奥のもう一匹の方へ向かう。後方ではバチバチと放電するような音が鳴っていた。恐らくカペラがソフィアを援護しているのだろう。

 意識を目の前に戻すと、もう一匹は混乱した様子でキョロキョロと首を回していた。ベラの動きに翻弄されている今が好機と、その足元に入り込む。そして右手のレイピアを腹部へと思い切り突き刺した。外骨格を容易く突き破り、肉の感触が伝わってくる。


「ギュチチッ……!」


 苦しそうな音を漏らし、じたばたと前足を振り回す死神蟷螂。そのまま腹部を切り裂くと、割れ目からドロリと透明な血液が零れ落ちる。大きな質量を纏ってもがく巨躯は、それだけで脅威になる。

 安全な場所へと離れなければ。

 すでに致命傷の様に見えるが、それでもモンスターの生命力は侮れない。とどめを刺すのはモンスターとの戦闘において、逃走経路と並ぶ最重要事項だ。


「……お願い!」

「任せて」


 そう声が聞こえたと同時、「トトン」と軽やかな音が前方から聞こえる。そちらに目を遣ると、ベラが死神蟷螂の首の上まで飛び跳ねていた。さっきの音は死神蟷螂の中足を支えに跳躍した音だったのだろう。重力をそのままに、直剣を頭に突き刺す。着地と同時に私のいる場所へと退避するベラ。

 しばらく悶絶したように暴れまわっていた死神蟷螂だったが、やがてその動きは鈍くなっていき、ついにピクリとも動かなくなった。

 同タイミングでもう一匹の方も仕留められたようだ。死体の頭部に突き刺さった直剣を回収し、三人と合流する。


「皆さんお怪我はありませんか?」


 シロナの確認に近接組の三人は首を横に振る。ほっと息をつくシロナ。誰も怪我をしていないというのは、どんなモンスター相手でも安心するものだ。


「大きい個体だったけど、どうにかなるものね」


 確かに。今の死神蟷螂二匹は以前戦った奴らよりも大きかった。全長は目算で約五メートル、体高も二メートル程といったところだが、これは資料にあった中でも大きい方ではないだろうか。

 カペラの言葉に私達は安心と自信の入り混じった顔で頷きあう。──ただ一人を除いて


「そうだったか?特段違いは感じられなかったが……」


 ソフィアだけが困惑した表情で首をひねっていた。その様子に四人は何かを察した様子で黙り込む。


「皆、どうしたんだ?」


 心底不思議な様子で問いかけてくる彼女。カペラが代表して口を開く。


「アンタって……意外となのね」

「うん?脳筋とはどういう意味だ?」


 こちらでも俗っぽい言い回しらしく、脳筋の意味が分からないらしい。


「……ちゃんと鍛錬してるってこと」


 いたたまれない空気に、思わずフォローを入れてしまった。私のその言葉に「そうなのか?」とどこか引っかかった様子を見せるソフィアだったが、最終的には誉め言葉として受け取ってくれたようで、嬉しそうな様子を見せた。

 そのまま意気揚々と素材回収へと向かう彼女に皆でついていく。そんな中、カペラがこちらに近づいてきた。


「あんまり甘やかすと、後々面倒になるわよ」


 それだけ言ってモンスターの死骸の方へとすたすたと歩いていくカペラ。

 そんな犬や猫じゃあるまいし。第一何で私が……。

 そう思う反面、何故かなつかれているという自覚もあったため、言い返すことができなかった。


「はぁ……」


 ため息を一つ。

 取り敢えず、私が近くにいるときに脳筋の意味がばれないように立ち回ろう。

 そう考えて皆の後を追うのだった。

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