第32話 夕焼 其の二

「んで?話って何よ?」


 夕暮れ時、本日の授業を終えた私達は図書室に集まっていた。集合した理由は、次のダンジョン探索に向けて対策会議を行うためだ。子供の授業だからと言って、あの大穴が手を抜いてくれるわけではない。少し目をそらした瞬間に仲間の首と身体がサヨナラしている可能性だってある。

 そんなわけで目指すエリアの情報集めは何よりも重要なのだが、今日はここに、私達四人の他にもう一人いた。


「その……」


 件のもう一人、ソフィア・スカーレットは、彼女を見つめる四対の視線にもじもじしながら歯切れ悪くそう言った。頬を薄く染めた彼女は、続けて口を開く。


「私も……君達のパーティーに入れてもらえないだろうか?」

「──うぇっ!?」


 驚きすぎて変な声が出てしまった。今度は逆に私が見つめられてしまう。こほんと一つ咳払いすると、注目はソフィアへと戻っていった。


「アンタのパーティーメンバーは?仲直りしたんじゃなかったの?」

「関係は良好だったのだが……」

「試験の出来が良くなかったのですか?」

「いや、ダンジョン探索はもちろん、筆記の方も好成績だった」


 では何故?

 そう思った時、今度はベラが、いつにも増して静かな口調で言葉を発する。


「……辞めた?」


 前世での常識ならば、配慮に欠けた発言とも思えるが、いとも簡単に命を落としてしまう可能性があるここでは良くあることだと聞く。

 期末試験明けの私達に、図書室の係員さんが「よく帰ってきたね」と声をかけてきた後、その話をしてくれた。思えば彼女と最初に対面した時の、あの意味深な笑顔はそういうことだったのだろう。冒険者になるという夢をもってしまった所為で、早々に命を散らす子供達をその目で見てきたのだ。私だったら、そんな辛い仕事は続けられないと思う。

 そんなベラの問いかけに対しても、ソフィアは首を横に振る。


「じゃあどうしたのよ?」

「それが、自分達の実力では見合ってないと辞退したらしい。そんなことはないと思ったのだが、結局説得には失敗してしまった」


 話によると、ソフィアとパーティーを組むのは自分たちのためにならないと考えて、自分達だけで挑戦していきたいということらしい。まだ子供だというのに律儀なものだ。

 でも確かに、自分より圧倒的な実力をもった人と一緒だと、色々と思うところがあるのかもしれない。パーティーとして、お互いの背中を預けるためには信頼関係以外にも大事な要素はあるのだ。


「パーティーを組むからには、アタシの指揮に従ってもらうことになるけど?」

「無論、構わない」


 カペラの問いに、気持ちが良いほどの即答を見せるソフィア。

 カペラもカペラで、指示を飛ばす側としては無暗に人数を増やしたくないという考えがあっての問いだったのだろうが、こうも即答されては敵わないといった様子だ。それに断り切れない理由として、私達のパーティーには目下の懸案事項が一つだけあった。


「アンタ、確か前衛職だったわよね?」

「ああ。『重戦士』だ」


 そう、前衛が不足しているのだ。今までは私とベラが前衛の役割として敵の注意を引き付けていたのだが、私は「金剛化ヴァジュラ」を使って無理やり盾役をしているだけだし、魔法適性もある程度はあるため、本来なら中衛が適しているし、ベラも斥候としての役割が主で、戦闘ではヒットアンドアウェイで不意の一撃を狙うことも多いため、注意を引くには向いていない。ソフィアが加わってくれるというなら、是非もないといったところだ。

 全員の視線がカペラに集まる。こういう時はパーティーリーダーに丸投げ、もとい一任した方が、話がまとまりやすいのだ。


「んー……。よし!良いわ!特別にアンタも私の手下に加えてあげる!」

「て、手下?」

「大丈夫。お姉ちゃんが勝手に言ってるだけ」

「そ、そうか」

「ソフィア様、これからよろしくお願いします」

「ああ、よろしく頼む」


 カペラの言葉に一瞬困惑した彼女だったが、皆と握手を交わしていく。そして私の番になると、凛々しい笑みを見せて手を差し出してくる。


「君と一緒に戦うのが楽しみだ」

「アンタ、いつそんなに気に入られたのよ?」


 そんな事聞かないでくれ。私にだって皆目見当もつかないのだ。


「……よろしく」


 差し出された手を握る。ぎゅっと力を込められて少し痛い。


「じゃあ早速、次の探索に向けて作戦会議よ!」


 カペラの声に合わせて、皆で席に着く。こうしてソフィアのパーティー加入が決まった。


 ◇


「皆さん席に着きましたね。今日は発展魔法と応用魔法についてお話していきます」


 魔法学の授業では、前期に引き続きアメリアが教壇に立っている。ちょっと前までは、彼女の能面の裏にある嗜虐的な一面に恐れ慄いていたものだが、休み期間を挟んでリフレッシュしたおかげか、以前ほど怖くはなくなった。かといって苦手意識が消えたかと言ったらそうではないのだが……。


「まずは魔法の基本のおさらいから。私達が扱う魔法は、スキルという未だ謎多きものによって体系化されたものであり、私達の体内魔力や大気中に流れる魔力によって生み出される現象です。そして、それら魔力にはもともと属性というものは備わっておらず、魔力を操る側の適性によってその性質が変わります。このことから、魔力と肉体が密接な関係にあることが分かっています」


 すらすらと淀みなく授業を進めるアメリア。今回は習ったことのおさらいだから問題ないのだが、普段は新出の知識でもお構いなしに進めていくため、授業のノートが追い付かないこともままある。


「回復魔法が良い例ですね。回復魔法というのはその性質が付与されていない純粋な魔力を扱う魔法で、体内に流れる魔力の流れを操作して、体組織の回復力を高める技術です。これに関しては、生来の適性が全てです。修練によって身につけることも可能でしょうが、そのためにどれほどの犠牲が必要かなんてわかったものではありませんから」


 淡々とした口調のまま、口元をほんの少しだけ吊り上げるアメリア。

 ……前言撤回、やっぱりこの人は怖い。


「少し話がそれましたが、ここからが本題です。魔法というのは先ほども申し上げたようにスキルによって体系化されています。がしかし、スキルに設けられている枠組みというのは非常に大きなもので、魔法により発生する現象の規模は、魔力の出力や魔力操作の精度といった使用者の資質により左右されます。これを利用したのが発展魔法、応用魔法と呼ばれるものです」


 スキルの枠組みがとてつもなく大きいものだということは薄々感じていた。何せスキルのLV毎に一つずつしか魔法を習得できないのだ。十人十色という言葉の通り、人にはそれぞれの素質があるのだ。それは内包できる魔力量だったり、魔力操作の精度だったり、鍛錬である程度伸ばすことは可能だろうが、スタートラインが同じだとは限らない。

 簡単に言ってしまえば、同じ魔法を行使したとしても威力が違うのだ。同じ銃火器というくくりであっても、それがピストルかライフルかによって、弾速も射程も段違いだ。魔法にもそれと同じことが言えるのだが、果たしてそれが同一の魔法と言えるのだろうかという話だろう。


「一つ例をお見せしましょう」


 そう言って、徐に右手にこぶし大の炎を出すアメリア。しかし、その炎は私達が見馴れた赤い炎ではなく、蒼色の炎だった。


「魔力の出力を増やし、その魔力を一点に集中させることで、『火弾ファイアショット』でもこのように温度の高い炎を生み出すことができます。そして──」


 今度は左の指先から小さな「水弾アクアショット」を炎に向けて撃ち出す。すると、「水弾」はジュッと音を立てて蒸発する。


「このように、発動された魔法は既に現象としてあるため、対抗属性の魔力自体は打ち消されても自然現象と同じように作用します。温度の高い炎に対して、少量の水ではどうにもならないというのは、自然法則の点で見れば自明の理ではありますが、魔法学的観点から見ればパラドクスとなります。こういった、属性の相克を無視した規格外の魔法を発展魔法と呼称しています」


 そこまで言って、今度は放出する水の量を増やすアメリア。じゅうじゅうとまるで鉄板で料理しているかのような音が鳴り、もうもうと蒸気が立ち込めていく。


「続いて応用魔法の話に移ります。応用魔法は魔法に属性を付与することで、スキルによる魔法とは別の自然現象を操作する魔法です」


 そう言うと、蒸気を自分の頭の上に集めるアメリア。一点に集まった蒸気は霧のように漂っている。教室のどこかで「おお!」と驚く声が聞こえた。


「このように、魔法によって生み出された現象は、その残存魔力を操作することでスキルの魔法体系から外れた現象を生み出すことができます。今回の場合は、水魔法として放出された水が蒸発した水蒸気、これは大気中にあるものとは異なり、私が魔力に水属性の性質を付与して生み出した水が変化したものであるため、魔法として操ることが可能です。これには魔力量はさして必要ありませんが、卓越した魔力操作技能が必要となります。また、空気中の水蒸気に魔力を通して操ることは理論上では可能ですが、人間の目では水蒸気を直接認識することができないため、事実上不可能と言っても良いでしょう」


 そして、払いのけるように手を振ると、霧はパッと晴れていく。それもまた、彼女の魔力操作精度が並外れたものであることの証左だ。


「では、ここからはそれらの有用性について──」


 ◇


 発展魔法に応用魔法かー。何だか理科の勉強をしてるみたいだ。魔法と科学は真逆のように思えるけど、学問として見ると技術的なアプローチは似てるもんなんだな。


「ふぅー……」


 湯船の中、一日の疲れを息とともに吐き出す。身体は、いつも通り戦闘技能の授業の所為で疲れ切っていたが、脳にはまだ余力が残っていたのか、頭の中で今日の魔法学の授業内容が反芻されていた。

 授業では色々と実践面での有用性を習ったが、かなり限定的な気がしたので、今のところは何かに利用したいとかは考えていないのだが、どれだけの魔力操作精度を要するのかは興味があった。私の魔力操作はLV4とかなり頑張っている方だと思うのだが。

 ……よし、いっちょやってみっか!

 丁度お風呂に入っていたので、右手に炎を生み出してみる。


「……うーむ」


 どれだけ魔力を注いでみても、炎が少しずつ大きくなるだけで、温度は上がらない。諦めて炎を安定させることに集中する。上手く安定したところで、左手から水を放出する。

 ジュッ!

 炎が消え、ほんの少しの蒸気が生まれた。それを操作してみようと全神経を集中させる。

 …………。はぁー、だめだ。全く動かせる気配がない。

 どうやら少なくともLV5以上は必要なようだ。いや、アメリアが「卓越した」と言うくらいだから、もっと必要なのかもしれない。

 気が遠くなる話だが、急いで習得する必要性もない。自分の実力がまだまだだということを再認識して、その日を終えた。

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