第24話 炎天 其の二

「クロエさん。交代の時間です」

「ぅん……分かった」


 体を揺さぶられて起こされる。ごしごしと目をこするとランタンの明かりに照らされたシロナの顔が見えた。見張りを交代する時間だ。軽くストレッチをした後、緩めていた装備を整えシロナからランタンを受け取る。

 警戒心を高めていざ安全地帯の入口へ、と思ったが背後に足音一つ。足音の正体はシロナであると、振り返らずともわかるが何故ついてくるのかが分からない。てっきり出立するまで仮眠でも取るのかと思ったのだが。


「……あまり寝付けそうになくて。少しお話しませんか?」

「……いいよ」


 なるほどそういうことか。了承し、歩調を合わせて隣を歩く。

 確かに一度目が覚めた後、時間を空けてもう一度寝るというのは意外と難しい。こんな環境に置かれていればなおさらだ。緊張と警戒の中で休むというのはそれなりの技術を要するものだ。今生の両親のもとでみっちり鍛えられた私や、幼いころから自立していた姉妹はまだしも、シロナにそういう経験があるとは思えなかった。

 それに私だって、初めてのダンジョンでの初めてのパーティーの夜番だ。一人だと何かと心細い。

 全く、これまでは一人でいるのが当たり前だったのに、今では随分と贅沢になってしまったものだ。心の奥底から嬉しい悲鳴をあげる。

 程なくして入口へとたどり着く。手頃な岩に腰掛け、二人でランタンの中の小さく揺れる炎を見つめる。


「「……」」


 ……なんともおかしな話だ。眠れないから話をしようと提案され、それを快諾したというのに、そこにあるのは静寂ばかり。

 こういう時は私から話題を投下したほうがいいのか?しかし、これと言って思いつくものがない。

 せっかく一人ではないことを改めて実感できたというのに、これでは沈黙が二人分になっただけではないか!

 幾ら経っても天啓は降りてこない。信仰心の薄い国出身の私にだって談話のための話題の一つくらいくれたって罰は当たらないと思う。まあ、神様に天罰を与える存在がいるのかは知らないが……。


「……あの」


 そんなたわいもないことを一人で考えていると、シロナが口を開く。どうやらさっきまでの沈黙の間、私と同じく話すことを考えていたようだ。


「うん」

「私、話さなければいけないことがあって……」


 思いつめたような表情でそんなことを言うシロナ。何となくシリアスな雰囲気に場が包まれる。


「……なに?」


 どんな爆弾が投下されるのかとドキドキしながら話を促す。長い余白の後、大きく深呼吸して彼女はその唇を動かす。


「実は私──他人の心が読めるんです」

「──え?」


 今、なんて言った?心が、読める?

 全くの予想外な出来事に時が止まる。そんな硬直状態の私に、シロナは一枚の羊皮紙を差し出してきた。

 どことなく見覚えのあったそれは、やはり洗礼の時に使用した羊皮紙だ。


「今では多少成長して異なる箇所もありますが……スキル欄の一番下をご覧ください」


 その言葉に従い、羊皮紙に目を通す。


【シロナ・フォルモント 職業:「治癒士」

            称号:なし

            スキル:「回復魔法LV3」「光魔法LV2」「魔力操作LV1」──


 まず、シロナにファミリーネームがあることに驚く。他の国でどうかは知らないが、オラクル王国では基本的に貴族の血筋でもなければファミリーネームはもたないはずだが……。

 そこまで考えてスキル欄の最後に書かれた文字に目を移す。そこには……。


 ──「心眼LV10」】


「今まで未確認だったスキルなのだそうです。その効果は相手の意識を読み取ることができる、というもの」


 それで心が読める、か……。これはまた、とんでもない代物だ。今思えば、最初の模擬戦の時にシロナが一瞬ためらったのは、これが原因だったのだろう。


「まずはクロエさんの疑問に答えましょう。私の名前はシロナ・フォルモント。今はもう捨てた名ですが、下級貴族の長女として生まれました」

「……」


 さっき心の中で思った疑問に澱みなく答えるシロナ。どうやら心が読めるというのは誇張表現ではないらしい。別に疑ってはいたわけではないが、それでもこれは……やはり驚かずにはいられない。


「幼い時分は心が読めるという程ではありませんでした。物心がついた頃などは、生まれながらに血筋にない真っ白な髪を持っていた私のことを、両親が気味悪がっていたのを感じ取る程度でした」


 自らの生い立ちを静かに語るシロナ。相槌も打たずに聞き入る。


「程なくして私は教会に入信させられました。兄と弟がおりましたので後継は十分、ルアーノ教では白髪が神聖視されるのを良いことに、疎ましい私をさっさとどこかへやりたかったのでしょう。その頃には心の声がぼんやりと聞こえるようになっていました」


 また一つ深呼吸をする彼女。よく見るとその体は震えていた。


「環境が変わって、私に対する視線は一転しました。皆私の髪を見て、まるで妖精を見つめるかのようにうっとりとするのです。その視線に吐き気を覚えました。だっておかしいでしょう?実の親に、それが原因で捨てられたというのに」


 自虐的な笑みをこぼすシロナ。その表情から彼女の痛みがありありと伝わってくる。


「六歳を迎えた時、洗礼を受け『心眼』が発現しました。教会内で私を見る視線は、私にだけ聞こえる声はさらに悍ましいものとなりました。そしてある日、大司教様の部屋の前を通りかかった時、頭の中でこんな声が聞こえました」


『あの娘を聖女に担ぎ上げて勇者の下へと遣わせ、教会の権威を高めるのはどうだろうか』


「それを聞いた瞬間、私は逃げ出しました。教会には時折ギルド関係の人が出入りします。必死に頼み込んで、その伝手で私はここへ来たのです。そして──」


 一呼吸の後、顔を上げるシロナ。彼女の視線が真っ向からぶつかる。


「──あの夜、クロエさん……貴女に出会いました」


 彼女から目が離せない。そのまま話を続けるシロナ。


「貴女の心からは声が聞こえなかった。その代わり、景色が見えました」


 シロナが私の手を取る。


「どこまでも澄んでいて、どこまでも鋭く、そしてどこまでも美しい一閃。私まで憧れてしまう程の」


 少しずつ彼女の顔が近づいてくる。


「それから貴女の心に集中するようになりました。そうすれば他の声は聞こえなくなるから」


 瞬きができない。既に額がぶつかりそうなほどの距離に彼女はいる。


「その内に気づいたことがあるのです」


 ピタリと動きを止めてシロナが言い放つ。


「貴女は一体、何者なのですか?」


 びくりと身体が震えた。瞳孔が開くのを感じる。いつになく心臓が早鐘を打っている。


「貴女は度々、人生が二度目かのようなことを考えています。それが私には不思議でたまらないのです。私の身の上を明かしたのも、貴女から打ち明けてもらうためです。一方的に聞き出すのは不公平ですから」

「私、は……」


 考えがまとまらない。なんと答えればいいのだろうか?俗っぽく言ってしまえば異世界転生ということになるのだが、言って伝わるようなことでもない。そもそも私の考えていることが分かるというのなら、わざわざ口に出す必要もない気がするのだけど……。


「貴女の言葉で教えてください」

「……」


 先程とは打って変わって、小悪魔的な笑みを浮かべるシロナ。その表情は、ちょっと……ズルい。

 しかし、おかげで言葉がまとまってきた。ゆっくりと口を開き、声を紡いでゆく。


「……私は……前世の記憶をもって産まれた。だから、人生が二度目っていうのは……多分、そんなに間違ってないし……スキルが多いのもその所為……だと思う」


 私が全てを打ち明けると、彼女はいっそう綺麗に笑い、こう言った。

「これで私達、ちゃんと友達になれましたね」

「──!」


 額がぶつかる。彼女の体温に安らぎを感じた。

 しばらくして、どちらともなく離れていく。ランタンに照らされる彼女の顔は真っ赤に染まっていた。……私も多分、同じだ。


「そろそろ出発の時間です。二人を起こしに行きましょう!」


 初めて友達になった時と同じように、彼女は私の手を引く。


「……うん」


 その手を放さずに、二人のところへ歩いて行った。

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