第22話 一方その頃:今代の勇者
「おいおい、ミラさんよ。火力が足りてねえんじゃねーか?このままじゃボウズに追い越されちまうぜ?」
「うっさいわよ、この熱血バカ!空気の澱みのせいで火が使えないのよ!貴方こそさっきから雑魚を通してばっかじゃない。『王国の盾』の名が泣くわよ?」
「んだとぉ!?」
「何よ?」
「はあ……まーた始まったよ」
「皆さん、油断しないでください」
肉の腐った悪臭に満ちた洞窟の中、「
身の丈ほどもある大盾でもって死者の行く手を阻む壮年の戦士に、その男と言い争いながらも、スパスパと魔力を乗せた風で群れの数を減らしていく魔法使い、二人の口喧嘩に辟易した顔を浮かべながら取りこぼしの首を刈る斥候に、後方から皆を支援する僧侶。そして──。
「お待たせしました!撃ちます!」
「全員退避っ!」
盾役の男の号令とともに、四人の男女に守られていた一人の少年から、凄まじい魔力が溢れ出し、光の奔流が死者の群れを蹂躙した。夥しい量の腐肉が宙を舞い、腐臭に交じって微かなオゾン臭が辺りに漂う。
先程まで眼前を埋め尽くしていたモンスターの群れのど真ん中に大きな一本道が生まれ、その奥に彼らを従える上位のアンデッド、「
「突撃します!」
「あっ、オイ!ちょっと待て!」
わずかな余韻の後、男の制止の声も聞かずに、剣を片手に一本道を突貫していく少年。その勢いのままに「死霊王」に斬りかかる。
先程までの悍ましい光景とは裏腹に、あっさりとその刃は通り、「死霊王」は土へと還った。死者の群れもぽつぽつと気配が消えていき、やがて完全なる静寂が訪れる。
少年が息を吐き、剣を鞘へと納めると四人の足音が聞こえてくる。仲間が追いついたのだろう。
戦闘が終了したことを報告しようと振り返った少年の頭に二つの拳骨が振り下ろされた。
「っつ~~~!?」
「こんのバカちんが!独断専行はやめろって何度言えばわかるんだ!」
「そうよ!死んでからじゃ遅いんだから!」
自分のことを心配してくれる仲間の愛の重みに、涙ながらにうめき声をあげる少年。彼こそが妖精の祝福を受けし者、今代の勇者、ルークであった。
◇
「ったく、お前って奴はいつもいつも一人で突っ走りやがって」
「……ごめんなさい」
「勇者だからって無茶をする必要はないのよ?貴方はまだ若いんだから、そこのおじさんみたいに焦るもんじゃないわ」
「なにおう!?俺はまだまだバリバリ現役だ!」
「任務から帰るたびに、やれ腰がどうだの膝がどうだのとぐちぐち言ってるのはどこのどいつよ?」
「うぐぐ……」
お説教から一転、僕の目の前で口論を始める男女。
男性の方はウィル。冒険者上がりの騎士で、オラクル王国随一の堅牢さを誇る「
女性の方はミラ。若くして王国の筆頭魔術師の末席に加わった新進気鋭の魔法使いで、
「そこまでになさい。今は周りの警戒が先です」
「そうそう、夫婦喧嘩は『
「「だれが夫婦だ!」」
生真面目な顔で二人を諫める僧侶と、彼とは正反対に茶化す斥候。
僧侶の名はサイモン。ルアーノ教の若き聖職者で、パーティーの回復役とまとめ役を務める、厳格な「
二人の反応に目を細め、けらけらと笑う斥候の名はセルパン。時に王室お抱えの「
「賑やかなことで。それじゃあルーク君、僕達は僕達で向こうで食事にしよう」
「あっ、はい!」
「ちょっと!」
「まだ説教は終わってねーぞ!」
バラバラにも思えるが、戦闘時には熟達した技と経験から素晴らしい連携を発揮する、頼もしい人達だ。彼らと出会ったのは約半年前、僕が「洗礼」を受けた時まで遡る。
◇
「行ってくるよ、リュカ」
「いってらっしゃい、お兄ちゃん!」
僕はオラクル王国の貴族が領主を務める辺境の農村に生まれた。両親と僕と妹の四人家族。親の農作業を手伝ったり、畑を荒らす獣を狩って一年を過ごす。
その暮らしぶりはあまり良いものとは言えず、年貢に回す農作物を除けば月に一度、二食を食べられる日があるかという程の生活だった。それでも、穏やかで幸せな毎日だった。
その日は僕が六歳を迎えた日だったが、当然農作業のできない冬は稼ぎが厳しい。内職で食い扶持を繋ぐためにも、両親は僕の「洗礼」に同行することは出来なかった。
二人共前日に申し訳なさそうな顔で謝っていたが、僕と妹を育ててくれているだけで感謝してもしきれないくらいだ。到底父さん母さんを責めることなんて僕にはできない。
そんなわけで「洗礼」を受けるために近くの街へと一人で向かう。街に着くまでの道中では、僕はどんな職業になるのかとか、「商人」適性でもあれば家族のことを養ってあげられるかもなどと子供ながらに考えていた。
「こっ、この光は……!?」
ルークと拙い字で記入した一枚の羊皮紙がわずかな光を帯びる。最初はこういう物なのかと思っていたが、ギルドの職員の反応から察するにどうやら普通のことではなかったらしい。
光りが消えた後の羊皮紙を恐る恐る確認すると、そこには──。
【ルーク 職業:「戦士」
称号:「勇者」
スキル:「剣術LV2」「光魔法LV5」「剛力LV2」「強靭LV2」「敏捷LV1」「魔力自動回復LV5」「状態異常耐性LV3」「瘴気耐性LV5」「火事場の馬鹿力LV10」「妖精の加護」】
ズラリと並べ立てられた文字の羅列に頭がチンプンカンプンになる。どういうことなのかと職員の方を見ると、彼はひざまずきながら涙を流していた。
そこからは怒涛の展開だった。彼はすぐに別の職員を呼びに行くと言って部屋を飛び出し、ギルドの支部長を名乗る人が部屋に入ってきたかと思えば、その人も羊皮紙の一点を睨んだのち、一介の農民である僕にひれ伏した。
訳の分からない僕を一人置き去りにして事態はどんどんと進んでいき、次の日には王国から勅使が遣わされると言われ、憲兵をお供に家まで送りだされた。
家に帰ると、村の皆はポカンとした顔をして僕のことを眺めていた。それは家族も同じで、憲兵の人から事情を聴いても、右耳から左耳へと言葉が抜けていくのが見える様だった。
憲兵が村を出たころに、やっと僕が「勇者」になったことだけを理解した僕達は、その夜、村をあげてのお祝いやら王国の勅使を迎える準備やらで大騒ぎだったのを覚えている。
「父さん母さん、リュカもありがとう……。行ってきます!」
「行ってらっしゃい、お兄ちゃん!!」
次の朝、立派な装飾の馬車と目が眩むほどの輝きを放つ鎧を身に纏った騎士たちに迎えられ、家族と涙の別れの挨拶を交わし、家族を、妹を守るためにと僕は王都へ向かった。
国王への謁見は眩暈がするほど緊張した。教養のない僕には大半は何を仰ってるのかさっぱりだったが、それでも自分自身に与えられた責務については理解できた。
人類を魔族の手から守る、これが僕へ課せられた使命であると。その言葉の重みにふと恐怖がよぎる。絢爛豪華でだだっ広い部屋の中、一人で不安を抱えていると、ノックの音が聞こえた。
「はい?」
「邪魔するぜ、おっとどうした?そんな暗い顔して」
ガチャリと扉が開け放たれ、四人の大人と一人の女の子が部屋に入ってくる。それが彼らとの出会いだった。
ウィル、ミラ、サイモン、セルパン。そして最後尾、燃えるような、目を奪われるほど綺麗な深紅の髪を携えた──。
◇
「──おーい、ボウズ聞いてんのか?」
「ルーク?」
「……えっ?ごめんなさい、何ですか?」
五人で焚火を囲みながら食事中だったが、ぼーっとしていて話しかけられていることに気づかなかったようだ。四人の視線がこちらに集まっている。
「もう、しっかりしなさい。そんなんじゃ戦闘中にも油断することになるわよ?」
「うっ……ごめんなさい」
「まあ、そうカリカリすんなよ。んで、ボウズは何を考えてたんだ?」
「それは……」
皆と出会った時のことを思い出していた、と本人達に面と向かって話すのは少し恥ずかしく、ためらってしまう。
その沈黙の何を勘違いしたのか、ウィルはポンと手を打ってニヤニヤと笑いながらこちらにすり寄ってくる。
「ははーん。お前さては、スカーレット家の嬢ちゃんのことを考えてたな?」
「ぶふっ!?──けほっけほっ……!」
図星を指されて、口に含んだスープを吹き出してしまった。ソフィア・スカーレット、オラクル王国の有力貴族の息女にして、勇者の……僕の側近候補に選ばれたという少女。
「勇者業の合間に青春たぁ、ボウズも隅におけねえなぁ」
「そんなんじゃないです!!」
大声で否定の声をあげてしまう。別に彼女のことを好きだとかそんなんじゃない。ただの憧れだ。僕と同い年なのに、貴族の責務や他人からの評価のプレッシャーに耐えて己の研鑽を高める彼女への憧れ。好意だとかは、まだ僕には良く分からない。
ともかく、この話題をずらすために口を開く。
「ウィルさんに言われたことを思い出してたんですよ」
「俺が言ったこと?」
「はい。あの日、僕に言ってくれたじゃないですか。『人類のためなんかじゃなくて、お前の大事な妹を守るために勇者になれ』って」
「あー……そんな恥ずかしいこと言ったっけか?」
気恥ずかしそうに頬掻きながら目をそらすウィル。さっきの仕返しをするチャンスとばかりに畳みかける。
「他にも『守りたいと思う心がお前を強くする』とか、あとは──」
「ええい!うるせー!子供はもうおねんねする時間だ!」
そう言って僕の首根っこを掴んで寝かせるウィル。
「え、でも見張りは……」
「それは私達が交代でやるわ。子供は良く寝ないと身長が伸びないわよ」
「そうそう。それにでかい魔法使った反動でルーク君疲れてるでしょ?ゆっくり休まないと」
「おやすみなさい」
セルパンの言う通り、実は眠気が限界だったりする。ここはお言葉に甘えて寝ることにしよう。
「おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ。ボウズ」
ウィルのその言葉を最後に眠りについた。
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