第21話 五月雨 其の四
シロナと一緒に自室に戻ると、ベラとカペラがベッドに腰掛けながらボードゲームを遊んでいた。どうやら私達を待っていたらしい。
「どうしたのよ?そんな神妙な顔して」
「それが──」
きょとんとした顔で尋ねてくるカペラ。シロナが二人に先ほど起こったことの一部始終を説明する。
「ふーん、それで?唆したってやつはどうなったの?」
「アメリア先生に連行されていきました」
「じゃあ、一件落着じゃない。事あるごとに突っかかってくる面倒なのもいなくなったみたいだし、なんでそんな暗い顔してるのよ?」
「え?」
こちらには目もくれず、ボードゲームの盤面を見ながら平然とした顔でそんなことを言うカペラ。予想と反して乾いた返答に、シロナは絶句してしまっている。
「ど、どうしてそんな事を言うのですか……?」
「どうしてって、何が?」
「同じ生徒が行方不明になっているんですよ!?」
「だから、それがどうかしたの?別に友達だったわけじゃないし、アタシ達には関係ない話じゃない」
「関係ないって……」
何処までも薄いカペラの反応にシロナは困惑顔を浮かべる。少しの間、重い沈黙が部屋を支配する。やがて決着がついたのか、やっと盤面からシロナに顔を向けたカペラが疑問を投げかける。
「別にアタシ達が被害にあったわけじゃないでしょ?馬鹿な奴らが馬鹿なことをして、馬鹿な目に遭った、ただそれだけのことよ。なんでアタシ達が気に病む必要があるのよ?」
「でも……それではソフィア様は……」
「ソフィアって……あー、昨日の?百歩譲ってあの子に関係があったとして、あの子と友達だからってアンタが悲しむ理由もないでしょ。ただなるべくしてなったことなんだから」
「そんな言い方っ……!」
何処までも冷静な口調で、取り付く島もない正論を並び立てるカペラ。シロナは彼女自身の優しい気質の所為か、その正論をどうにも受け入れられないようだ。カペラにもその様子は伝わったようだったが、もう議論するつもりはないようで、パンパンと手を二つ叩く。
「とにかく、こんな辛気臭い話はやめて、次の小テストに向けて作戦を考えましょ」
「……分かりました」
未だに納得していない様子のシロナだったが、カペラに押し切られた形でこの話は終わった。私には事の成り行きをはらはらしながら見守ることしかできなかった。
◇
時刻は夕方。普段ならば最後の授業が終わって放課後になるくらいの時間だ。夕食の時間が丁度終わり、四人で寮に戻ろうとしていると、ふと運動場の方へと歩いていく人影を見つけた。
「あれってソフィアじゃない?」
カペラの言葉に頷く。どこかおぼつかない足取りの彼女。今朝のこともあり、やはり心配に思えてくる。それは隣にいるシロナも同じだったようで、彼女の手を見ると何かを堪えるかのようにぎゅっと固く握りこんでいた。彼女の視線は去っていく背中からカペラへと移る。
「はぁ……。分かったわよ。追いかけましょ」
シロナの縋るような視線に耐えかねたカペラが、お手上げといった様子で提案する。そのまま私達はソフィアを追いかけて運動場へと向かった。
運動場には一つの影しかなかった。その影はひたすらに剣を振っている。夕焼けにも負けないほど真っ赤に燃える深紅の髪を踊らせながら、幅広の両手剣をひたすらに振るっている。その剣舞は、かつて母さんが見せてくれた剣によく似ていた。そのあまりの美しさに目を奪われる。私以外の三人からも感嘆の声が上がるのが聞こえた。
しばらくそれを眺めていたが、カペラがはっと立ち直り、ソフィアに声をかける。
「ねえ、何してんのよ?」
剣を振る手が止まる。周囲に満ちていた、張り詰めたような空気が少し和らいだような気がした。
「……君達か。見ての通り素振りだが?」
「そうじゃなくて、すぐ寮に戻れって言われてるのに何で道草食ってんのって聞いてるのよ!」
質問の意図に気づきながらも白々しい答えを返すソフィアに、苛立ちを隠せないといったように問い詰めるカペラ。
「……君達には関係のないことだ」
「何よ、せっかくアタシ達が心配してあげてるっていうのに」
「そんなこと、頼んだ覚えはない」
尚も答えようとしないソフィアに、イライラを爆発させたカペラが食って掛かろうとする。
「アンタねぇ……!!」
「──ソフィア様」
そこにシロナが割り込んだ。ソフィアの方に近づくと、そこで初めて彼女は私達の方へ向き直った。
「何を、知らされたのですか?」
「……」
数瞬の沈黙の後、ソフィアは静かに口を開く。
「ダンジョンに向かった者達が、皆死んだと報告された……」
「──っ!」
「皆の痕跡が『キメラ』の生息域で消えたことが確認されたそうだ。彼らの遺品すら残っていない」
「……」
「私の責任だ。全ては彼らを御しきれなかった私の……」
懺悔するかのように目を伏せ、呟くソフィア。シロナもかける言葉が見つからないようで、彼女に寄り添うだけだった。
私は相も変わらず、眺めることしかできない。ベラも何も言わず行く末を見守る中、カペラが口火を切った。
「馬鹿じゃないの?アンタもシロナも。いちいち他人が死んだくらいで」
「……今、何と言った?」
「ダンジョンを舐めてかかったのはそいつらでしょ?それなのに自分の所為だ何だって、馬鹿らしいって言ってんのよ」
「貴様に何が分かるっ!私は勇者様の隣に立つために皆を守る責務があったのだ!それなのに!私の不用意な発言で彼らを死なせてしまったのだ!」
ソフィアから怒気が放たれる。思わず後ずさりしてしまいそうなほどのプレッシャーだが、それすら意に介さずにカペラは発言を続ける。
「何も分かんないわよ。アンタが勇者様の側近に選ばれたのも、アンタが何でそんなに勇者様とやらに惚れ込んでるのかも知らないし、どうでもいい。けどアンタがそのちゃちなプライドを守るために、自分の所為だって言い張るのが気に入らないの」
「もうやめてくださいっ!」
シロナが制止の声をあげるが、二人の睨みあう視線はぶつかったままだ。一触即発の空気が場に流れる。
「だいたいね、本当に守りたかったんなら今朝の時点で抜け出してでもダンジョンに向かえば良かったじゃない。それなりの実力もあるんでしょ?」
「──!」
「それなのに、何もしないで報告を待ってただけで、挙句の果てには自分の所為だの守ってやれなかっただのと喚き散らして、虫唾が走るわ」
「……私は……」
「今アンタが感じてるっていう責任は、ちっぽけな自尊心と醜い自己保身の裏返しでしかないのよ」
「……」
茫然とするソフィア。先程までの気迫がまるで嘘のように、彼女の佇む姿からは何も感じなかった。その姿を一瞥した彼女は、ため息を一つ吐く。
「シロナ、それとクロエも。しばらく一緒にいてあげなさい」
「はい」
「……うん」
「じゃあアタシ達は戻ってるわ」
そう言って踵を返す姉妹。私達は何も言わずに彼女の様子を傍で見守っていた。
◇
「手合わせを願いたいのだが」
すっかり日が落ちた頃、徐に顔を上げたソフィアにそう頼まれた。
「……私?」
「そうだ」
「……いいよ」
何故、今手合わせをするのかと疑問に思うところもあったが、彼女の真摯な視線を前にして断ることはどうにも出来なかった。心配そうな顔をするシロナを他所に、間合いを取って向かい合う。
互いの真剣を構える。相手を傷つけてしまう心配も傷つけられる心配もない。今までの訓練の日々で、寸止めの真剣での勝負は幾度となくやってきた。それとは別に緊張はしてしまうが、その感覚にも慣れたものだ。
「シロナ、宣言を」
「……分かりました」
仕方ないといった表情で了承するシロナ。頼まれただけとはいえ、なあなあな気持ちで負けたくはない。意識を研ぎ澄ましてその時を待つ。
「始め!」
シロナの宣言と同時に斬りこんでくるソフィア。上段から袈裟懸けに振り下ろされた大剣を全体重でもって迎え撃つ。
──速い!それになんつう重さ!
このままでは押し切られると思った私は、受ける角度を無理やりに変え、滑らせるようにして受け流した。そのまま反撃に出たがしかし、完全に体勢を立て直していたソフィアにいとも簡単にさばかれてしまう。
この間合いならば、大剣よりも取り回しがきくレイピアの方が有利のはずなのに、私の攻撃は届かない。距離を取り直そうとしても、逃がさないとばかりに詰め寄られ、その圧倒的な膂力から重い一撃を繰り出してくる。何とか受け流してはいるが、じわじわと体力と神経を削られていく。
互いの力量差は明らかではあったが、それでも決定打はうまれない。私の剣が上達しているのかと言えばそうではない。いや、鍛錬を怠ってなどはいないし、日々向上しているのは自覚しているのだが、この何とも言えない剣戟はそれによるものではない。
彼女の目を見つめる。その奥には何かを悩んでいるような色が見えた。この手合わせが始まったときから、その迷いは消えていない。夕暮れ時に見た彼女の剣とは程遠い、精彩を欠いた動きだ。
こんなのにやられてたまるか!
意地でも勝ってやるという思いでチャンスが訪れるのを待つ。
「はあっ!」
──来たっ!
中々決着がつかないことに業を煮やしたソフィアが、裂帛の気合とともに大きく踏み込んでくる。その初動に合わせて私も半歩踏み出し、質量に完全に勢いが乗る前に弾く。
「──っ!」
この戦いの中で初めて焦った顔を見せるソフィア。慌てて体勢を立て直そうとしたその時──。
「え?」
ソフィアがずるりと足を滑らせた。私はこの時を待っていた。連日続いた雨の影響で、運動場にはそこかしこにぬかるんでいる場所がある。普段の彼女ならば、きっとそんなへまはしないだろう。それは彼女の実力からも分かることだ。
間の抜けた声をあげる彼女の喉元にレイピアを突き付ける。
「クロエさんの勝利です」
シロナが静かに決着を告げる。その声を聴いた私は剣を鞘に収めた。ソフィアはしばらく呆然としていたが、決着の宣言を聞いてから悔しそうな表情を浮かべた。その目の端にはうっすらと涙が滲んでいる。
「……全部、彼女の言うとおりだった。私は口だけの小心者だった」
ぽつぽつと言葉を紡ぐソフィア。私達はそれを黙って聞いていた。
「他人に責め立てられるのが怖くて、くだらない自己保身のために自らを責めるふりをしていたのだ。剣の実力はあっても、結局心は弱かった。それを……思い知らされた」
そんな彼女の手を掴む。そしてぐいと引き上げて自らの足で立たせた。
「……」
彼女の目を見つめる。生憎と対人経験の浅い私は、慰める言葉は持ち合わせていない。立ち直るなら勝手に立ち直ってほしい。しかし、一つだけ言っておきたいことがあったので言うことにした。
「……リベンジ……待ってる」
ソフィアの顔が驚きの色で染まる。それだけ言ってシロナと一緒に寮に帰った。一度も振り返りはしなかったが、ソフィアから漏れる気迫だけは感じ取れた。いつのまにか雲はすっかり晴れ、空には星々が輝いていた。
因みに女子寮の監視についていたエリナさんからはたっぷりとお説教を頂いた。
◇
その晩、湯浴みを終えた私はベッドに横になる。仕切りの向こうでは、ベラが何か書き物をしているような音が聞こえた。
「……ねえ」
「何?」
仕切り越しに、ベラに今朝からずっと気になっていたことを尋ねる。
「カペラは何であんなに怒ってたの?」
「……」
そう、カペラはずっと怒っていたのだ。今朝にシロナと話している時も、夕方にソフィアと話している時も。口調こそ淡々としていて、ドライな感じを装っていたが、間違いなく彼女は怒っていた。しかし、その怒りは彼女達には向けられていなかった。
その理由が分からなかった。双子の妹なら何かわかるのではないかと思って聞いてみたのだが……。
「……私達の両親は冒険者、だった」
少しの間をおいてベラが話し始める。
「そして……ダンジョンで死んだの」
「──え?」
あまりにも衝撃的過ぎて一瞬理解が追い付かなった。ベラはそんな私の反応を気にせずに話を続ける。
「ここで、じゃないけど。ダンジョンは世界中で繋がっていて、入り口もいっぱいあるから。私達が生まれた町にも入り口があったの。そこで私達家族は暮らしてた。私達姉妹はダンジョンの話を両親とパーティーメンバーから聞いて、冒険者に憧れをもって育った」
姉妹の生い立ちを語るベラ。その目には微かに昔を懐かしむ様子が感じ取れた。
「四歳の時のある日、お姉ちゃんが『お母さんたちについていってカッコいい所をこっそり見よう』って提案したの。その提案に乗って私達はダンジョンの中に忍びこんだ。その中でモンスターに襲われたの。そのモンスター自体はそんなに強いわけじゃないけど、当時の私達には何もできなかった。ただ大声で助けを求めることしかできなかった。その声を聞きつけて両親のパーティーが助けに来てくれたの。でも、助けだけじゃなくて他のモンスターも声に反応して寄ってきたの。私達を守るためにって両親が殿を務めて突破することになった。私達は何とかダンジョンから抜け出せたけど、後ろにいたはずのお父さんとお母さんの姿はなかった。いつまでたっても二人は帰ってこなかった。私達は空っぽの棺桶を前にただ泣きじゃくることしかできなかった。孤児として冒険者ギルドに預けられたときに、私達はお互いを絶対に守り抜くって誓った。ダンジョンに復讐してやるとも。お姉ちゃんは私達の過ちが今回のと重なって自分に怒ってたんだと思う。馬鹿なことをした奴らが死んだのは自業自得だって。両親は私達の所為で死んだんだって怒ってたんだと思う。私も同じ気持ちだから」
そこで話は終わった。なんと声をかければいいのか分からなかった私は、ただ口を噤むことしかできなかった。
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