第20話 五月雨 其の三

 今日も今日とて朝から部屋で筋トレをしている。昨日と違うのはベラも一緒ということだろうか。いつもならまだすやすやと寝ている時間なのだが、何か嫌な雰囲気を感じて目を覚ましたらしい。まるで猫みたいな習性だが、彼女の予感は案外馬鹿にできない。

 以前も、放課後に「良いことがある気がする」とか言って食堂に一人で向かったと思ったら、私達が着く頃には山盛りの料理に囲まれていたのだ。なんでも、食堂のおばちゃんが新メニューの被検体を探していたらしいのだが、噂もなければ定期的にそんなイベントがあるわけでもないため、完全に彼女の勘による幸運だろう。

 そんなわけで、今回も何かあると考えているのだが──。


『一年生の皆さんは中庭に集合してください』


 突然アメリアの声が聞こえた。入学式の時のアナウンスと同じく魔力の乗った声だ。他の生徒にも届いたのだろう、廊下の方からガチャリと扉の開く音が聞こえ始める。

 私達も制服に着替えて廊下に出ると、偶然にもシロナがいて四人で中庭へと向かった。


「何があったのでしょうか?」

「さあ?少なくとも、良いことがあったって空気じゃないわね」


 不安そうに尋ねるシロナ。その質問に答えではないものの、確信をもって返すカペラ。その意見に私とベラも同意する。空はどんよりと曇っていた。


 ◇


 中庭に着くと、すでに多くの生徒がいた。早朝ということもあって、まだ寝ぼけ眼だったり寝癖が酷かったりしている生徒もいるが、その表情はどれも不安そうだ。

 ふと後ろの方を見ると、ソフィアが見えた。きょろきょろと忙しなく誰かを探している様子だ。いつものように取り巻きが周りにいるわけではなく、私のトラウマにもなっていたあの子──確かグレンと呼ばれていた──しかいない。

 それを見て、嫌な予感が強まった。


『皆さんに報告することがあります』


 一年生が集まった頃合いを見てアメリアが話し出す。


『昨夜、警備の目を盗んで八名の生徒がダンジョンに不法侵入しました』

「──!?」


 そこら中から息をのむ音が聞こえ、生徒の間でどよめきが上がる。


『皆さん静粛に。現在、教員と一部の上級生が捜索している状況です。加えて、こちらでもダンジョンに入った生徒に関する聴取を行いますので、本日の授業は休講となります』


 調査隊がすでに動いているという状況を聞いたことで、生徒の多くは安心したようでざわめきは小さくなる。


『今から不法侵入した生徒の名を読み上げます。ジョージ・フィンチ、──』


 淡々と名前を読み上げていくアメリア。読み上げられた名前にはどれもファミリーネームがあることから、貴族やそれに準ずる階級の子だということが分かる。そのまま七人目までの名前が読み上げられ、最後に──。


『──ヨハネス・フックス。以上の八名です』

「えっ……」


 最後の名前にシロナが反応する。私が目を向けると小声で「ハンス様の本名です」と説明してくれた。それに対して、同じクラスの子が侵入したという事実と、シロナが彼を愛称で呼んでいたことを知り、二重に驚く。

 何でシロナが貴族の子の愛称なんか知ってるんだ?そういえば、ソフィアと前から知り合いだったみたいだけど、その理由も知らないな……。


『心当たりのある生徒はこの場に残って、他の生徒は各々の部屋に戻ってください。尚、今日一日はそれぞれの寮に監視をつけますので、決められた食事の時間以外は寮から出ないように。連絡は終わりです』


 アメリアがそう言うと、生徒はみな散り散りに自室へと向かっていく。


「アタシ達も戻りましょ」


 カペラとベラはその流れに従って出口に向かうが、シロナだけはただ一点だけを見つめて、一歩も動こうとしない。


「……どうしたの?」

「いえ……その……」


 問いかけてもても、反応が悪い。どこを見ているのかと視線の先を探ってみると、その答えが分かった。


「アンタ達どうしたのよ?」

「先に戻ってて」


 二人にそう返すと、頭にクエスチョンマークを浮かべながら寮の方へと歩いて行った。二人を見送った後、シロナの手を引く。


「えっ?」

「行こ」


 人の流れに逆らいながら、目的の場所へと向かう。人の手を引くなんて私らしくはないが、シロナの顔を見たら、何故だかそうしないといけない気がしたのだ。

 程なくして目的の人物の場所にたどり着く。中庭には、もうほとんど誰もいない。どうやら心当たりのある人はこの子達だけのようだ。


「私の……所為なのか……?私が……」

「……ソフィア」

「ソフィア様……」


 そこには青い顔で何かをぶつぶつと呟くソフィアがいた。グレンは何やら焦った顔をしながら側に控えている。


「平民ごときが気安く話しかけるな!ソフィア様はお加減が優れないのだ!」


 ソフィアに声をかけた私達に怒鳴り声をあげるグレン。

 コイツ、口を開けばやれ平民だの貴族だのと、それしか言えないのか?だいたい、ずっとソフィアの近くにいたんだったら何かしてあげろよ。体調悪そうなのに近くでこんな大声上げやがって。


「……黙ってて」

「んな!?」


 イライラを隠さずにグレンを押しのけてソフィアの近くに寄る。顔を真っ赤にして何か言いたそうだったが、どうでもいいので無視した。


「……大丈夫?」

「お加減はいかがでしょうか?」

「──!?」


 ソフィアは私達が近づいてきたことにも気づいていなかったようだ。シロナが彼女の手を取った瞬間、びくりと肩を震わせた。彼女の眼はひどく怯えている。


「あぁ、君達か……」


 私達のことを確認して、少し落ち着いたようだ。


「どうされたのですか?」

「……」


 シロナが事情を聴こうとするも、俯くばかりで何も答えない。顔を上げても、口を開いては何かを言いかけて閉じるのを繰り返している。そんなに言い出しにくいことなのか、はたまた言葉を選んでいるだけなのか、どちらにせよソフィアがこんなことになるということは余程のことがあったのだろう。

 数十秒後、今度こそ私達の顔を見てゆっくりと言葉を紡ぐ。


「私の所為かもしれない……」

「え?」

「どういうことですか?」


 私とシロナは困惑する。一体何が彼女のせいなのだろうか?


「彼らがダンジョンに不法侵入したのは、私の所為かもしれない」

「「──っ!?」」


 初め、彼女が何と言ったのか理解ができなかった。色々と聞き出したいのに驚きのあまり二の句が継げない。

 どうして?ソフィアは一体何をしたんだ?「所為かも」というのは?


「どういう……ことですか?」


 シロナも同じだったのだろう。震える声でその言葉だけを絞り出した。


「昨日話したことを覚えているだろう?」


 二人で頷く。もちろん覚えている。四人で、ソフィアの模擬戦のパーティーメンバーとの関係改善について、ちょっとしたアドバイスをした。しかし、それが何に関係するのか分からない。


「あの後、自分でも考えて無事に仲間とは和解できたのだが……」


 それは知っている。昨日の昼休みに食堂前で一緒にいたのを見ていたのだから。


「その時に突っかかってきた者達がいたのだ。皆スカーレット家と関わりのある家の子だったのだが、そこで私もつい『口だけ達者な卿らより余程良い』と……」


 なるほど、それで「所為かも」なのか。

 しかし、と私は思う。果たしてそれだけの理由でダンジョンなんかに向かうだろうか?子供とはいえ、ダンジョンに潜っただけで何かの実績を得られるなんて短絡的な行動に出るとは思えない。


「考えすぎですよ」

「そ、そうですよ!ソフィア様の所為などではありません!ソフィア様に失望されたままではいられまいと奴らが勝手にしでかしただけのことです!」


 シロナの言葉に便乗して、早口で捲し立てるグレン。

 おかしい。コイツはさっきから何でこんなに焦っているんだ?最初はソフィアが体調を崩したからだと思ってたけど……。


「今の時点で何人集まろうと『キメラ』討伐などできぬというのに」


 この言葉で彼の違和感の正体に気づいた。


「……なんで」

「なに?」

「なんでダンジョンに潜った目的が分かるの?」


 そう、グレンだけがさっきから不法侵入した目的が分かっているかのように話しているのだ。

 まるで、ソフィアに見放されたくないからとダンジョンに向かったのを知っているかのような口ぶりだった。

 また、「キメラ」は比較的浅い階層に出没する、危険度の高いモンスターだが、授業で習った限りではその出現率は高くない。目的として推論するには挙げにくいモンスターのはずだが。

 私の指摘に「しまった!」という風に顔をゆがめるグレン。そこへ思わぬところから追い打ちが掛かる。


「私も気になりました。貴方にはお聞きすることが沢山ありそうです」

「──!」


 背後からアメリアが現れる。全く気配を感じなかったが、どうやら私達の会話をずっと聞いていたようだ。


「なぜ彼らの目的が『キメラ』討伐だと思ったのですか?」

「──くそっ!」


 詰め寄るアメリアに、グレンは腰に携えていた片手剣を抜き放った。しかし、その剣はアメリアに命中することはなく、空を切る。


「大人しくなさい」

「がっ!?」


 目にもとまらぬ速さで小さな稲妻が迸り、グレンを痺れさせた。高い魔力操作精度がないと不可能な芸当だ。分かってはいたことだが、この人もやはり私達では遠く及ばない実力をもっている。


「さて、何から聞きましょうか」


 いつも事務的な口調なのに対して、今はどこか楽しそうな様子だ。アメリアの纏う不気味なオーラに思わず身震いしてしまう。

 そこからの尋問は酷いものだった。アメリアが何かを質問し、それに答えないとグレンの身体に電流が走る。初めは抵抗していたが、最終的には全てを自白して、泣いて懇願するだけだった。

 結局、コイツが唆したらしい。このままではソフィアに見向きもされないどころか家名に傷がつく、「キメラ」を討伐すればソフィアも見直してくれる、八人がかりで挑めば余裕で倒せる、とか言って向かわせたとか。

 何故そんなことをしたのかとアメリアが聞くと、


「ソフィア様のような偉大なお方には、奴らや貴様らのような有象無象は似つかわしくないのだ!」


 だそうだ。たったそれだけの理由でこんなことが起こるなんて、一種の狂気を感じざるを得ない。


「では、私はこの者を連行するので貴女達は部屋に戻りなさい」


 そう言ってグレンを連れて去っていくアメリア。


「ソフィア様……」

「一人にしてくれ」


 そう言ってソフィアはふらふらと中庭を出ていった。私達はその背中を黙って見送ることしかできなかった。

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