第17話 五月雨 其の一

「今日こそやるわよ。戦闘態勢!」


 カペラの号令が運動場に響く。授業初日から二カ月が経過し、私達四人はまた教官二人と対峙していた。週の終わりに小テストとして模擬戦が組み込まれたのだが、まだ一本取ることができていない。


「ベラ!畳みかけて!クロエはベラのカバー!」

「任せて」

「分かった」


 ベラの連撃のタイミングに合わせて接近する。私のレイピアは完璧な角度で受けられたが、仕事は果たした。ベラがアレクサンダーの攻撃範囲から大きく飛び退って離脱する。私も二合三合と打ち合って後退する。


「シロナ!そろそろ来るわよ!」

「任せてください!」


 後衛陣二人を中心に、光属性の魔力がばらまかれる気配がした。「光魔法LV1『光弾フォトンショット』」を極小魔力で大量生産したものだ。当たっても大したダメージにはならないが、魔力が相殺されることによって視認できない敵を感知することができる。それも闇属性の魔力相手となると、その効果は顕著だ。


「……へー、よく考えたもんだね」


 シロナがびっしりとばらまいた「光弾」の範囲内に、ぽっかりと人型の空間が生まれ、気配が揺らいでジンが現れる。


「──シッ!」

「なるほどね。俺からやっつけようって魂胆か」


 前線にいたはずのベラがジンに肉薄する。これで一時的に三対一の構図となった。ここで一本取ってしまえば私達の勝ちとなるわけだが、現実はそう上手くいかない。


「とりあえず、邪魔だからふっとばしちゃおう」

「──!」


 危機感知が働いたのか、ベラは何かを感じ取ったようにジンへの追撃を止め、バックステップした。その瞬間、ジンの身体から魔力が膨れ上がり、凄まじい威力の風が巻き起こる。その風に、大量の「光弾」は吹き飛ばされて、魔力の残滓がキラキラと舞い落ちる。


「相変わらずバケモンね!」

「まさか。俺らなんてまだまだだよ」


 そんなやり取りが後方では行われていた。すると、アレクサンダーが瞬時に移動してくる。やはり、初動の動きは見えない。しかし、私だってそう何度もやられるわけにはいかない。意地でもって彼の剣を受け止める。


「──っ」

「ふむ、仲間の気配を探りながら目の前に集中するとは器用なことをする。それに──」


 重い一撃だったが、耐えられないことはない。少なくともこれまでのように、反撃の剣を受けただけで手が痺れるということはなかった。


「私の剣もジンの隠密の方法も、まだ種明かししてはいないというのに。誰かの入れ知恵かい?」

「……」


 ふるふると首を横に振る。この一カ月で私は剣に魔力を付与することに成功した。まだまだアレクサンダーのやっているレベルにはほど遠く、全ての魔力を伝えられずに余剰魔力の方が多いが、特訓の過程で「魔力操作LV3」にもなったし、私にとっては大きな成長だ。

 ジンの隠密もそうだ。「闇魔法LV2『ナイトカーテン』」を高度な魔力操作で操り、気配を完璧に消すことで成し得る技だと、つまりは何も特別なことはしていないということに姉妹が気付き、その対処法として生まれたのが先ほどの「光弾」ばらまき作戦──カペラが勝手に「ホーリー・マイン」と名付けたが、恥ずかしがったシロナに却下されていた──だ。

 その他にもカペラが「風魔法LV1」や「戦闘指揮LV1」を習得するなど、確実に全員が成長している。

 だがしかし、教官二人も私達の成長に合わせて色々な引出しを見せてくる。どれも初歩的な剣術や魔法なのだが、彼らの経験と熟達した技能から繰り出されるそれらは、フェイント一つとっても私達にとっては脅威でしかなかった。

 今回のジンの風魔法もそうだ。恐らく「風魔法LV2『旋風ワールウィンド』」なのだろうが、魔力の出力が圧倒的に違う。あれではたとえ対抗属性の魔法を放ったとしても火に油だろう。


「そうか。では、君たちの評価をまた一段上乗せしなければなるまい」


 その言葉と同時にアレクサンダーの威圧感が膨れ上がり、上段下段中段と多彩な連撃を浴びせてくる。それらを必死の思いで受けとめ、後退しながらぎりぎりでかわすが、連撃は止むどころか速度が増していく。

 反応が……追い付かないっ……!

 頬を斬られ、剣を弾かれ、全身を衝撃が襲う。剣を握る手にはもはや感覚がない。それでも手放すわけにはいかない。手放したら最後、血の海に沈む自分の姿が容易に想像できた。

 まだ、倒れるわけには……!

 嫌な想像を気合で吹き飛ばし、震える両手に無理やり力を込める。すると突然、凪いだように連撃が止まった。

 ……え?

 私の意識に一瞬の間隙がうまれ、瞬間──。

 ──ッドーン!

 目の前が爆ぜた。


「クロエさんっ!」


 シロナの声が遠くで聞こえたような気がした。


 ◇


 ……パチリ。ガバッ!


「うわっ!起きたんですね、クロエさん」

「……うん。ありがと」

「いえいえ、どこも痛んだりしていませんか?」

「大丈夫」


 そう言って辺りを見回す。運動場の中心では別のグループが模擬戦をしていた。どうやら私はまた気絶していたらしい。傷痕はないか自分の身体を確認しても何もない。シロナの回復魔法もまた上達しているようだ。


「あら、もう起きたの?アンタってホントにタフね」

「おはよう。元気?」


 少し離れたところで模擬戦を見ていた姉妹が声をかけてくる。「うん」とだけ答えると、そういえばと思い出し三人に尋ねた。


「……結果は?」


 その言葉を聞いたとき、三人は悩まし気な顔で見合わせた。私が気絶している内に、私達の模擬戦の結果がどうなったかを聞いてみたのだが、この様子だとまた負けてしまったのだろうか。


「それが……」

「一応一本は取れたのよね」

「……そう。──え?」

「だから、一本は取ったって」


 カペラの答えに動揺が隠せなかった。

 どういうこと?本当に一本取ったのならなんでこんな空気なのだろう?何か反則をしちゃったとか?でも、教官二人は何を使ってもいいって言っていたし……。

 理由が分からず思案していると、カペラが経緯を話してくれる。


「作戦通りアンタがアレクサンダー先生を引き留めている間に、アタシ達はジン先生と三対一で戦っていたのよ。それでも、やっぱり強くて手も足も出なくて吹っ飛ばされちゃったの。だけど──」


 だけど?


「──だけど、立ち上がって見てみたら、ジン先生はアンタの下敷きになって倒れてたのよ」


 ──は???

 聞き間違いだろうか。今、何と言ったんだ?


「だーかーらー、アタシ達も意味が分かんないのよ!気がついたらそんなことになってて、アレクサンダー先生も一本判定にしちゃうし……」


 そのまま、カペラに何があったかを詳しく尋ねる。

 彼女が言うには、アレクサンダーが剣戟の間に意表を突くために「火魔法LV3『爆裂球エクスプロージョン』」を放ち、それに吹っ飛ばされた私が後衛陣と相対していたジンの後頭部にごっつんこ。そして、あろうことかアレクサンダー自身が私達の勝利判定を下したというのだ。

 アレクサンダー曰く、


「この結果は、君達が自分たちの持てる全てを振り絞って私達に抗ったことで生まれたものであり、紛れもなく君たちの勝利だ」


 だそうだ。ちなみにその声は震えていたらしい。

 ──ふざけるなっ!

 私達がどれだけこの一本のために時間と努力を費やしてきたと思っているのだ!それなのにこんなことで!

 怒りやら情けなさやらがないまぜになって、感情がぐちゃぐちゃになる。今すぐにでも猛抗議しに行きたい。それでもって私達の勝利を撤回してほしい。


「やっぱりアンタもそう思うわよね!?」


 私の感情を読み取ったのか、カペラが同調する。私たち二人の気持ちが一致したのはきっとこれが初めてのことだろう。


「まあまあ。お二人の気持ちは分かりますが」

「落ち着いて」


 ここで二人から待ったがかかった。ベラとシロナも不満に思っていると考えていたが違ったのだろうか?


「何よ!アンタ達は悔しくないわけ!?」


 思わぬところで諫められたことに、カペラが食って掛かる。言葉にこそ出さないが私も同じ気持ちだ。


「確かに不本意な勝利ではありましたが、勝ちは勝ちです」

「言ってたことは正しい」

「だからって──」

「ですから!」


 反論しようとするカペラを食い気味で制して、そこで言葉を切るシロナ。次の瞬間ベラと一緒に悪い笑みを浮かべる。


「この勝利は受け取るだけ受け取って、最後の小テストまでに二人を圧倒する策を考えましょう!」

「絶対にぼこぼこにする」

「はい!それはもう完膚なきまでに!私達のことを甘く見たことを後悔させてあげましょう」

「舐めたことしてくれた報いを」


 ふふふと静かに笑いながら復讐の炎を瞳に宿した二人。やはり二人も悔しかったようだ。その威圧感に私は気圧される。横をちらと見ると、カペラも若干引いている。彼女も妹にこんな一面があったのを知らなかったようだ。そして二人で顔を見合わせて苦笑する。


「よし!じゃあ早速次の作戦を考えましょ!」


 いつも通りカペラの提案から作戦会議が始まる。新たな目標ができたことにより、議論はいつもより白熱したものとなった。尚、終始謎にテンションが高かったため、無茶苦茶で荒唐無稽な意見がほとんどで、その全てが没となった。どんな意見だったかは、私達の尊厳にかかわるため、秘奥とする。


 ◇


 時刻は夜。夕方から降り始めた雨が窓ガラスを打つ音が聞こえる。日本だとそろそろ梅雨の時期だろう。暦は違うが、四季もあるこの国でもこれから雨の日が続きそうだ。

 ベッドにもぐった私は、ステータス確認をする。すでに習慣となっているためわくわくする気持ちはあまりない。変化があっても、自分の成長を喜びはすれども驚きはしなくなったのだが、その日は違った。

 ──ドスン!


「大丈夫?」

「……うん」

「そう。おやすみ」


 物音を心配したベラに何でもないことを伝える。驚きのあまりベッドから落ちてしまった。無理もない。確認したステータスにこれまでとは違った変化があったのだから。

 意識を集中させて、もう一度ステータスのスキル欄を確認する。そこには──。


「強靭LV3」:LVが高いほど忍耐力補正値が高くなる。


「LV3」、一つ飛ばしだと!?

 そう、昨日まで「LV1」だった「強靭」が「LV2」を飛ばして「LV3」となっていたのだ。こんなことは今までに一度もなかった。思い当たる節はないかと考えてみると、一つあった。

 アレクサンダーの魔法だ。あれ程の芸当を成す人間の「LV3」の魔法を、しかも顔面で受け止めたというのだ。意識を失っていたため、被害を確認していなかったが、私と彼の実力差ならばきっと大怪我をしていたに違いない。私が飛び起きた時、シロナは疲れて居眠りをしていたようで驚いていたが、模擬戦の疲れではなく、回復魔法に多くの魔力を割いていたからかもしれない。

 もしや私、シロナがいなかったら死んでいたのでは……?

 ……やめよう。私は今生きているのだ。その幸せだけを噛みしめて寝ることにする。


「……おやすみ」


 ランタンの灯りを消す。雨音を子守歌にして、眠りに落ちた。

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