第15話 春陽 其の二

 教室に着くと、すでにそれなりの子供たちがいた。ざっと数えて四十人ほどだろうか。日本の学校の一クラスよりも少し多い。これでもまだ、生徒が集まりきっていないようで私たちの後ろからもちょろちょろと生徒が入ってくる。これが十クラスもあるのだから相当なマンモス校だと言えるだろう。まあ、ここ以外に冒険者学校が存在しないのだから当然と言えば当然なのだが。


「あそこに空いている席がありますよ」


 そう言って私の手を引くシロナ。ちなみに教室は、昔ながらの大学の講義室のように扇状で、後ろに行くにつれて段々と高くなっている。収容人数が多いからこの形になっているのだろう。一人だったらどの席に座ろうかと苦悩すること間違いなしだ。

 シロナが見つけた席は前過ぎず、後ろ過ぎず、壁際の丁度良い場所にあった。一組四席だが、まだ誰も座っていない。席には羊皮紙と羽ペンがそれぞれ一組ずつ置かれている。前後の席とは人一人通れそうなスペースがあけられていた。私が壁側の端の席に、その隣にシロナが座る。授業はまだ始まらないのだろうか、先生はどんな人だろうかとそわそわしていると、ぱたぱたと足音を立ててこちらに近づいてくる二人の人影が見えた。


「あら?シロナじゃない!同じクラスだったのね!」

「カペラさん!同じクラスだなんて嬉しいです!」


 知り合いだろうか、前にいた女の子は気安い感じでシロナに話しかける。ストレートの栗色の髪を腰の上近くまで伸ばした、小柄ではつらつとした子だ。ほぁー、やっぱりシロナは友達がいっぱいいるんだなぁ。そう思うと同時に、少しだけ胸の奥がきゅっと苦しくなる感じがした。二言三言、二人で会話した後、シロナは私に彼女を紹介してくれる。


「こちらは私と同部屋のカペラさんです。カペラさん、こちらは私のお友達のクロエさんです」


 同部屋になっただけでそんなに仲良さそうなの?!陽キャって怖い……。そんなことを思っていると、カペラはこちらに気づいたようで私に焦点を合わせながら自己紹介を始める。


「アタシはカペラ。将来偉大な魔法使いになるから、覚えておいて損はないわよ。よ、ろし……く……?」


 自信満々に自己紹介する彼女の視点は、私の顔を通り過ぎ、最終的に頭頂部にかちりと固定された。先ほどまで自信に満ちていた口角は、ひくひくと痙攣している。人の髪の毛を見てそんな宇宙人を目撃したみたいな反応をしないでほしい。

 気まずい時間が流れる中、硬直したカペラの向こうから、彼女と一緒にいた子がするりと身を乗り出してシロナの隣の席に座った。その姿を見て私は驚く。私と同部屋のあの子だった。同部屋が二組固まるなんて、偶然にも程があるというものだ。


「ベラ」


 この子はベラというらしい。目鼻立ちはカペラとそっくりだが、髪色が若干違う。身長もカペラよりも大きい。二卵性双生児というやつだろうか、性格の違う双子のような印象だ。カペラとは違って口数は少なめな子のようで、昨日あまり喋らなかったのは、少なくとも私が嫌われているからではないのが分かってほっとすると同時に少しの親近感を覚える。


「シロナです。よろしくお願いしますね、ベラさん」

「ク、クロエ……」

「うん、知ってる。よろしく」


 はて、知ってるとはどういうことだ?シロナのことはカペラから聞いたと考えて、私のことはどこで知ったのだろう?昨日の自己紹介は途中で終わってしまって名乗っていないのだが……。


「クロエ……。あぁっ!ベラと同部屋って書かれてた……。アンタがクロエだったの?!」


 書かれてた……?あっ、あれか!

 寮の部屋割りが掲示板に張り出されていたことを思い出す。私は緊張していて自分の部屋はどこだとしか考えていなかったが、今思えばあそこで同部屋の人の名前も確認できたはずだ。

 ……はぁ。そう言うところだぞ、私。

 内心で自分にあきれ返る。こんなだからいつまでたっても自分から友達をつくりに行くことができないのだ。早急にどうにかしなければいけないと反省する。

 一人落ち込んでいると、興奮した様子で近づいてきたカペラにぐいと胸倉を掴まれる。その力は意外に強い。


「アンタ、ベラに何か変なことしてないでしょうね?私のかわいい妹に手を出したら許さないんだからっ!」


 どうやら予想通り双子だったらしい。それにカペラは重度のシスコンのようだ。彼女の眼からはっきりと敵意を向けられる。

 何だよ手を出すって……。挨拶もうまくできない私に初対面の人を同行できるはずがないだろ。

 朝からトラブル続きなのと自分の情けなさも相まって、イライラがこみ上げてくる。カペラを睨むと正面から視線がぶつかった。


「お姉ちゃん」


 静かに座っていたベラがカペラに声をかける。こんな時でもマイペースなようで、姉が暴走しているというのに、声に焦った様子は一つもない。


「なあに?ベラ?」


 先ほどまでの敵意が嘘だったかのように柔和な笑みを浮かべてベラの方を振り返るカペラ。感情の起伏が恐ろしい。そんな姉に向かってベラは一言。


「うるさい」


 そう言い放った。ぴしりと音が鳴ったような気がした。カペラの表情が固まったのが後ろからでもわかる。どうやら愛する妹に突き放されてよほどショックだったようだ。そのまま彫像のように動かなくなってしまった。

 そんなやり取りをしていると、教壇の方に女性が立っているのが見えた。三十代くらいの賢そうな眼をした人だ。ゆったりとしたローブを身に着けている。


「授業を始めます。そこの貴女、席に着きなさい」


 事務的な声でカペラを注意する女性。恐らく式典で司会進行していた人だろう。カペラが恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら席に着くと授業が始まった。


 ◇


「このクラスの魔法学を担当する、アメリアです。今日は皆さんに魔法の基礎をお話していきます。メモ等は指示しませんので各々自分の判断で行動するように」


 淡々と授業の注意点を話すアメリア。冒険者学校では魔法学、戦闘技能、モンスター学、歴史学の四つの授業があり、一年生の下半期からはそれらの成績と個人の進路希望によってクラス分けがなされる。特に歴史学以外の三つは実習の内容のレベルが大きく変わると説明を受けた。私には、最強になりたいとかいう壮大な野望はないが、活躍してカッコいい冒険者になって友達を沢山つくるという小さな夢はある。だから勉強は頑張るつもりだ。


「魔法には火、水、雷、土、風、光、闇の基本七属性があります。それらの内、光と闇以外の五属性には相性とも呼べる関係があり、皆さんの魔法適性はそれらの属性との親和性で決まっています。相性の例を挙げるとすれば、火は風によって煽られ大きくなるが、水によって鎮火される、風は火を消すことはできないが、土を風化させるというように」


 そう言って、手のひらの上で火を灯したり消したりと実演して見せるアメリア。鮮やかすぎる魔力操作に、教室中から感嘆の声があがる。


「そして、それらは体内を流れる魔力にも当てはめることができ、火魔法がスキルとして発現した者は、体内で魔力の属性が干渉しあって風魔法を習得しにくい、といったことが明らかにされています」


 なるほど。つまり、私が最初から「土魔法LV2」を習得していて、いくら父さんの真似をしても雷魔法が使えないのは、私が土属性の適性持ちだということか。だとすると、闇雲に魔法を練習するのは効率が良くない。いずれ属性をコンプリートしたいと考えていたが、諦めて今ある魔法を伸ばしていく方がよさそうだ。

 私の考えを後押しするように説明を続けるアメリア。


「光と闇は特別な相関関係にあり、魔力が強い方が片方の属性を打ち消してしまいます。それが原因で、他の属性は相性があっても長い時間をかければ習得することは可能ですが、人間は光魔法と闇魔法のどちらかしか習得できません。また、回復魔法のように、基本属性のどれにも属さないものもあります。例えば──」


 この他に、魔力効率を高めるためのトレーニング法など、魔法と魔力の基礎的な座学が約一時間半続いた。


 ◇


「では、これで本日の授業を終わります。お疲れ様でした」


 授業が終わり、アメリアが教室を出ていく同時に漂っていた独特な緊張感が霧散し、あちらこちらで授業の内容や先生についての雑談が始まる。騒がしいのは私が座っている席も例外ではなく、授業が終わるや否や、カペラが泣きながらベラに抱き着いていた。


「ごめんよ、ベラ~!お願いだからお姉ちゃんを嫌いにならないで~~!」


 それを鬱陶しがることもなく背中で受け止めている彼女。羊皮紙を片付け終わると、姉を引きはがしてまっすぐに見つめる。


「謝って」

「え?だからごめんて……」

「違う、あっち」


 そう言って私の方を指さすベラ。妹の意図したことが分かったのか、カペラは露骨に嫌そうな顔をする。しばらくタジタジしていたが、ベラの意志が堅いことを悟ったのか、こちらにもじもじと寄ってくる。


「ご、ごめん……」


 顔を俯かせながら、注意しないと聞き取れないくらい小さな声で謝罪する。溢れんばかりの自信はどこへやら、すっかりしおらしくなってしまった。

 はぁ、とため息一つ。正直意味もなく詰められたことに納得はしていないが、ここで意地を張り合っていても仕方がない。何より、妹のことが心配でしょうがない辺り、別に悪い子ではないのだろう。それに、ここで突っぱねてしまったら、この子と同部屋のシロナも良い気はしないだろう。それくらいは対人経験の浅い私にも流石に分かる。


「……いいよ」


 そう言うと、カペラはぱぁっという効果音が聞こえそうなほどの笑顔を見せた。


「じゃ、じゃあ仲直りってことで良いわよね?良かった」


 そっと胸を撫で下ろす彼女。これで一件落着、仲良く次の授業に行こう!となるはずだったのだが……。


「それじゃあ、アタシがアンタの友達になってあげるわ!そんな様子じゃ友達全然いないんでしょ?ふふん!感謝しなさい!」


 かちん。


「いや」


 きっぱりと拒否して、右手で作った拳骨を目の前の生意気な小娘に振り下ろす。

 ごちんっ!


「いったぁ~い!なにすんのよアンタぁ!?」


 きーきーと抗議する声を無視して教室を後にする。慌てた様子でシロナがついてくる。「あのままで良いのですか?」と尋ねてくるが、ひらひらと手を振る。

 ふい~、気分爽快。丁度いい所に頭があってよかったー。多分この時の私は今までにないくらい清々しい笑顔をしていただろう。軽い足取りで戦闘技能の授業を受けに運動場へと向かった。


 ◇


「さっきはよくもやってくれたわね!謝っても許してあげないんだから!」


 運動場に到着するなり、追いついてきて抗議を再開するカペラ。許してもらうも何も、先に失礼なことを言ってきたのは向こうだ。私が謝らなければいけない道理はない。なので、無視を決め込む。我ながら子供っぽいとは思う。

 つんと顔を背ける私に、カペラはさらにむきになってヒートアップしていく。それを苦笑しながら宥めるシロナ。騒動を他人事のように眺めていたベラが静かに口を開く。


「……仲良し」


「「どこが!?」」


 私とカペラの声が被る。二人して顔を見合わせて、私はまた顔を背ける。シロナとベラがくすくすと笑っているのが聞こえた。


「元気なのは一向に構わんが、体力は残しておきなさい」

「うるさいな。さっきの奴らもだが、もう少し大人しくしてくれよ」


 運動場の倉庫の方から声が聞こえてきた。そちらを見ると、二人の男性がこちらに向かって歩いてくる。一人は背筋をまっすぐに伸ばしてきびきびと歩く、鈍く光る軽鎧を装備した男性、もう一人は猫背で気怠そうに歩く、フード付きの黒いコートにマスクをつけた男性だ。対照的な出で立ちの二人の男性の姿は、街中で見かけたら衛兵と泥棒のように見えただろう。どうやらこの人たちが戦闘技能の先生らしい。


「戦闘技能の指導官を担当するアレクサンダーだ。よろしく」

「ジン。以下同文」

「はぁ……。こいつはこういうやつだが、授業ではまじめに指導するから皆は心配しなくてもいい」


 額を押さえるアレクサンダーとは対照的にジンは両手でピースしている。この一幕から、アレクサンダーが常日頃から苦労しているのだろうことは十分に分かった。


「戦闘技能の授業は私とこいつの二人体制で、実践をメインに進めていく。何か質問がある者は遠慮せずに聞いてくれ。では、さっそく授業を始めるが、まずはデモンストレーションを行おう」


 アレクサンダーがそこまで言うと、二人は倉庫から持ってきていた木剣をそれぞれ持ち、顎に手をやって何やら思案する。


「うーむ……」


 そして生徒たちを物色するように見回す。彼の視線は、私と目が合ったところでピタリと止まった。どうやら獲物は私たちで決まりのようだ。


「よし!授業前に騒がしくしていたそこの四人、前に出なさい」


 ◇


「何でアンタなんかと組まなきゃいけないのよ」


 ぶつぶつと文句を言うカペラ。思わずこっちのセリフだと言い返しそうになるがぐっとこらえる。


「君たちは何を使ってもいい。魔法も真剣も暗器でも、文字通り何でもだ。私たち二人は五分が過ぎるまで攻撃は行わない。その間に一本取ったら君たちの勝利で戦闘終了だ。もちろん、私たちの反撃を受けてノックダウンしてもその時点で戦闘終了。次のグループに移る。何か質問は?」


 すっと隣から手が挙がる。シロナだ。


「戦闘開始前に相談してもよろしいでしょうか?」

「おっと。てっきり仲が良さそうだったから、手の内が分かる知り合い同士だと思っていたが、思い違いだったか。構わない、存分に準備してくれ」


 アレクサンダーが「仲が良さそう」と言ったタイミングでカペラの手がぴくっと動いたのが見えたが、いちいち触れているときりがないので、気にせずに作戦会議を始める。


「アタシは『魔導士』。スキルは『雷魔法LV3』『魔力自動回復LV1』『魔力操作LV2』があるわ」


 なんと、父さんの子供の頃と同じ「魔導士」スタートだったのか!なるほど、自己紹介の時にあんなに自信満々だった理由も頷ける。


「『斥候スカウト』。スキルは『闇魔法LV2』『剣術LV3』『体術LV2』『危機感知LV1』」

「私は『治癒士』です。スキルは……」

「……?シロナ?」


 言葉に詰まったシロナに声をかけるカペラ。シロナの表情は曇っている。戦闘は見るのも苦手だと言っていたし、緊張しているのかもしれない。


「な、何でもありません……。スキルは『回復魔法LV4』『光魔法LV2』『魔力操作LV1』を習得しています」

「『回復魔法LV4』なんてスゴイじゃない!」


 カペラが手放しで褒め、ベラと私もこくこくと頷く。褒められ慣れていないのか、恥ずかしかったようでシロナの顔がほんのりと赤くなる。


「で、アンタはどうなのよ?」


 私の番になり、カペラに促される。


「私は……『魔法剣士』。ス、スキルは──」


 スキルを開示していく。もちろん『孤独耐性LV10』以外のだ。あれは他人に開示したところでどうにもならない。ただ私が恥ずかしくなるだけだ。

 全部言い終えると、三人は唖然としていた。あのベラでさえも口を開けてポカンとしている。無理もない。誰も私が人生二周目というずるをしているなんてわかるはずがないのだから。


「アンタ、そのなりで実はおばさんなんて言わないわよね?」


 信じられないという声を出すカペラ。意外と間違っていない彼女の推論に内心で苦笑いする。


「……まあ良いわ。嘘をついているようにも見えないし。それじゃ作戦を立てましょう。まずアタシが──」


 そう言って私達を引っ張るカペラ。憎たらしい子だが、この肝の座りようには素直に感心する。彼女を中心に即席のプランを練っていく。何だか上手くいきそうな気がしてきた。これなら一本取ることができるかもしれない。


 ◇


 五分ほどで作戦会議を終えて、それぞれのフォーメーションにつく。私が前衛に、ベラが中衛に、シロナとカペラが後衛に。土魔法『金剛化ヴァジュラ』を使える私が盾となり,身のこなしが軽いベラがヒットアンドアウェイで撹乱し、サポーターのシロナを守りつつカペラが主砲をぶっ放すというバランスの良い陣形だ。


「準備はもういいのかい?」


 まるで休日に散歩をしているかのような、緊張のきの字もないリラックスした様子でアレクサンダーが問いかけてくる。ジンに至っては、ぼーっと突っ立っているだけで木剣を構えさえしていない。アレクサンダーの問いかけが耳に届いた瞬間、後方の三人の敵意が膨れ上がるような気配がした。よほど彼らのなめ腐った態度が気に入らなかったのだろうか?


「おや?……ふふっ。じゃあ、始めよう。かかってこい」

「「「「──!?」」」」


 戦闘開始の合図と同時に、ジンの姿が空気に溶けていくように消えた。信じられない光景に、全員が一瞬困惑する。


「──関係ないわ!作戦通りに行くわよ!」


 カペラの号令に従って、私達は一斉に駆け出した。走りながら自分に「金剛化」をかける。まだ反撃はされないから防御力は必要ないが、この魔法は魔力で体を覆うため、筋力を補助する副次効果もある。つまりかけ得ということだ。後方でもそれぞれ魔法が完成したのか発動する気配を感じる。一つ後ろのベラからチリッとスパークするような音が聞こえたと同時に彼女の気配が薄くなっていく。カペラの、「雷魔法LV2『雷纏ヘイスト』」とベラの「闇魔法LV2『ナイトカーテン』」の効果だろう。前者は術を掛けた相手の速度系身体能力を上昇させ、後者は術者光を遮断して術者自身の気配を薄くする魔法だ。本当なら私も速くなりたかったのだが、相性の問題上「雷纏」は私の「金剛化」の魔力に打ち消されてしまうため、あえなくベラだけにかけることになった。そうこうしている内に、私はアレクサンダーを攻撃範囲に捉え、速度によるエネルギーも乗せてレイピアを繰り出す。

 ──キィーーン!

 ──は?

 金属と金属がぶつかる甲高い音が運動場に響いた。同じ剣士と戦ったことのある剣士なら聞かないはずはない剣戟の音だ。私も母さんと手合わせくらいはしたことはあるし、なにも不思議なことはない、聞き覚えのある音だ。──相手の持つ武器が木剣であること以外は。


「不思議かい?」


 アレクサンダーの声にはっとし、距離をとる。初擊を与えたら距離をとる。ダメージを与えられなかったならなおさらだ。いくら相手が反撃してこないとはいえ戦闘中に集中を疎かにしていい理由はない。互いの間合いを測り、次の手を考える。


「別に教えてあげても構わないのだが、ただで教えても面白くない。君が私に一本与えることができたなら、種明かしをしてあげよう」


 そう言って微笑みかけてくるアレクサンダー。すると突然、彼の後方から人の影がぬっと出で来る。


「──っ!」

「せっかく気配は遮断できているのに敵意が駄々洩れなのはいただけないな。それでは私はおろか、ダンジョンの魔物を仕留めることもできないよ」


 ベラが不意打ちに放ったナイフの一閃も容易くかわされる。渾身の一撃を難なくかわされたベラは、私の後方にバックステップして、再度「帳」を発動する。潜伏中に魔力を練っていたのだろうか、器用なものだ。

 そして戦況は振出しに戻った。間合いを測り直し、レイピアを振るう、突く。受けられる。ベラが死角からナイフを繰り出す。かわされる。交互に、時にはパターンを変えて、時にはベラの攻撃に合わせて私も攻撃するが、そのことごとくを受けられ、かわされる。


「見事だね。まるで即席パーティーだとは思えない。素晴らしい連携だよ」


 そう思うなら素直に当たってくれませんかねぇっ?!

 体力を消耗し、じわじわと嬲り殺しにされているような感覚に、焦りとイライラが募る。


「そろそろ五分が経つが、大丈夫そうかい?」


 すでにベラにかかった「雷纏」も効果が切れ、ベラ自身も「帳」を更新せずに私の横でフェイントを交えながら戦っている。私も他属性の魔法を使っての攻撃を挟んでいるが、綺麗に相殺されたり散らされたりして何の効果も発揮しなかった。「水弾アクアショット」の軌道を木剣で逸らすなんていう曲芸を披露された時は、危うく戦意喪失しかけた。そして、一本を取ることができずにその時がやってくる。


「さて、タイムリミットまであと十秒だ。覚悟はできて──」

「今よっ!どきなさいっ!」


 はるか後方からカペラの号令が飛んでくる。待ってましたとばかりに、ベラと同時にアレクサンダーから距離をとる。


「アタシの渾身の魔法、喰らってみなさい!」


 直後、バリリッ!という凄まじい音とともに、後方からアレクサンダーめがけて稲妻が走っていく。着弾した瞬間、地を揺るがす轟音と失明しそうなほど鮮烈な光が発生した。

 数秒の後、音と光はおさまり、辺りにはオゾン臭が漂う。反撃の気配はない。

 ──作戦は成功したようだ。


 ◇


「──どうしても一本取れないようなら、アンタ達は時間稼ぎに徹しなさい。アタシの魔法で何が何でも一本もぎ取ってやるわ」


 作戦会議も終わりに近づいたころ、カペラが不敵な笑みを浮かべてそう言う。


「何か秘密の魔法でもあるのですか」

「ないわよ。そんなの」


 わくわくした様子で尋ねるシロナをバッサリと切り捨てる。あしらわれたシロナは、ほんの少し悲しそうな顔をした。


「でも、相手は人間よ。どれだけ鍛えていても身体能力には限界があるわ。それならかわせない一撃をお見舞いしてやればいいのよ」


 とっておきの最終手段というのはどうやら彼女の「雷魔法LV3『雷槍ライトニングスピア』」のようだ。確かに強力な魔法だが、しかし──。


「でも、気づかれたら意味ない」

「そうですよ!魔法の兆候を感じ取られたらあとはタイミングに備えるだけで避けられます。それに、今は反動に耐えられないって、先ほど言っていたじゃありませんか!」


 そう。どれだけ強い魔法だろうと当たらなければどうということはないのだ。おまけにリスクが付きまとうというのだからこの案を作戦に組み込むことは出来ない。


「大丈夫。そのためにコイツがいるんだから」


 そう言って私を指さすカペラ。みんなの視線が集まる。

 え、私?いったい何をさせる気だ?まさか羽交い絞めにして一緒に稲妻に貫かれろなんて言うつもりじゃ……?


「アンタはとにかくいろんな魔法をばらまきなさい。そうね……。水魔法が多めがいいわ。そうすれば、辺りの魔力がごちゃ混ぜになって、魔力もうまく感知できないだろうし「雷槍」も通りやすくなる。それと「白夜ホワイトアウト」──「光魔法LV2」で習得可能、広範囲の光を屈折させて認識を阻害する魔法、余談だが実際に存在するホワイトアウト現象とは関係がない──を合わせれば、私の魔力操作の練度でも隠蔽できる。あとは反動だけど……うん。一撃入れれば勝ちなんだし、シロナも近くにいるし大丈夫でしょ!」

「そんなぁ!?」


 ◇


 とまあ、なんともやぶれかぶれな作戦だったが、上手くいったようで良かった。ベラからもほっとしたような気配を感じられる。しかし、人間に稲妻をぶつけるなんて、今考えてもとんでもない作戦だ。まあ、何でも使って良いと提案してきたのは向こうだし、死んでいるなんてことはないだろう。大怪我はしているかもしれないが。そう思って、未だに土煙が舞っている「雷槍」の着弾地点を見る。


「──五分経過」

 ──ドサドサッ。


「──え?」


 後ろの方から何かが倒れる音が聞こえてきた。恐る恐る振り返るとそこには木刀を持って気怠そうに立つ人の姿がある。傍らにはシロナとカペラが倒れていた。


「治癒士はパーティーの生命線なんだから、最後まで守らないと。あの魔法は減点だね」


 どこまでも真剣さが感じられない声で評価を下すジン。


「ほらお前も。ぼーっとしてたらやられちゃうぞ?」


 ──ドサリ。今度は横、さっきまでベラがいた方から聞こえた。


「──!?」


 驚きを露に振り返ると、二人と同じように倒れているベラと、傷一つない軽鎧を纏ったアレクサンダーがいた。


「全く……。無茶にも程がある。他にも生徒がいるというのに」


 そう言って私の方に向き直るアレクサンダー。次の瞬間、視界いっぱいに彼の軽鎧が広がった。


「反省してなさい」


 その言葉を最後に私の意識は途絶えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る