第13話 朔日 其の三

 シロナと中庭に向かおうとしたが、見渡す限り同い年くらいの子供たちで道が塞がっていた。先ほどチラ見した感じでは、中庭はざっと見積もって大きめの体育館二つ分くらいの大きさがあったように見えたが、それでも収まりきらないというのは全くの予想外だった。そこら中からワイワイガヤガヤと話し声が聞こえてきて眩暈を感じる。

 こんなに冒険者志望の子がいるの!?これが毎年なら、相当数の戦力がありそうだけども。しかも、これに周辺諸国からの勢力も加わるとなると……。うっ、頭がくらくらしてきた。でも、父さんの話だとこれでも軍備が足りないって……。


「ここにいる子達全員が冒険者になるわけじゃありませんよ。国家所属の近衛兵や貴族お抱えの騎士、生まれた村や街の守人もりびとを目指す子もいれば、冒険者ギルドに就職するのが目的という子もいます」


 ひとり驚愕しているとシロナが私にだけ聞こえるくらいの声量で説明してくれる。

 ほえ~、そうなのか。てっきり冒険者学校には冒険者志望の子しかこないもんだと。そう言えばシロナも騎士志望かって聞いてきたもんな。それはそうと……。

 シロナの整った顔をじっと見つめる。さっきからやけに私の、口に出してない疑問に正確に答えてくれるが、何かトリックでもあるのか?

 しばらくじーっと見ていると、目を細め、口に手をやって小さな笑い声をあげるシロナ。


「ごめんなさい。クロエさんはお口は堅いのに、お顔がとてもお喋りなのが可笑しくて、つい」


 愉快そうな笑みを浮かべてそう言う彼女。人生初の友達の笑顔をもう少し見ていたかったが、恥ずかしくて顔を背けてしまった。耳元まで赤くなっているのを感じる。フードを被っていて心底良かったと思う。まるで甘酸っぱい青春の一ページのようだ。私にもこんな体験をする時がやってくるなんて……!

 そんなやり取りをしていると、突然大気を震わす怒号が中庭いっぱいに響き渡った。


「──うるせえぞガキどもおぉぉっっっ!!」


 うぁっ、耳が、しびれる……。空気がびりびりと振動する。まさに轟音だ。ちらほらと周りの子が耳を押さえたり、うずくまるのが横目で見えた。そうでなくとも、怯えたり、面食らってるのが大半だ。シロナのニコニコ顔もピシッと凍り付いている。さっきまでの姦しい騒音はどこへやら、しんと中庭全体が静まり返っていた。

 誰がこんな声を……。

 轟音の主を確かめようと見渡すと、中庭の向こう側、表彰台のようなところに男が一人立っているのが見える。使い古した防具にぼさぼさのオールバック。ひげこそたくわえてないが、いかにも歴戦の猛者といった風貌だ。

 静かになったのを確認してか幾らか落ち着いた、それでもたっぷり覇気のこもった声で挑発する。


「てめえら遊びに来てんならとっとと帰りやがれ、そんで母ちゃんの乳でも吸ってろ。ここは、てめえらみてえな甘ちゃん共の来る場所じゃねえ」


 そして、一拍おいて不気味なほど落ち着いた声で告げる。


「死ぬ覚悟のある奴だけ残れ」


 そう言って壇上から降りる男。

 ゴクリと誰かが息をのむ音が聞こえた。


『指導長官、ありがとうございました』


 打って変わって事務的な女性の声が中庭に響く。感覚を集中させると、音が魔力に乗っているのが分かる。風魔法の応用だろう。ご飯の時間に父さんが、私と母さんを家に呼び戻すときにやっていたのを思い出す。鍛錬の期間では結局習得できなかった技術だ。


『これから皆さんに校舎の設備や寮の案内をいたしますのでよく聞いてください』


 そう言って淡々と説明がなされる。約十分、その説明が終わるまでその場の誰も口を開くことはなかった。


『──ではこれで説明および、式を終わります。質問のある人は各自指導教官に尋ねてください。解散』


 そうして式典はあっさりと終った。周りの子は私のようにポカンとしているのが半分、怯えて震えているのが三割、指導長官の挑発に戦意を漲らせているのが二割といったところだろうか。覇気にあてられて気絶している子もいたが大丈夫なのだろうか。


「クロエさん、一緒に校舎を見て回りませんか?」


 シロナから魅力的な提案をもらったので二つ返事で頷く。発破をかけるという意図だったのだろうが、正直、指導長官のあのオーラを見た後に一人で校舎を見て回る勇気はない。


「では図書館から見て回りましょうか」


 そう言って歩き出す彼女にどこかぎこちない足取りでついていく。


 ◇


「うわぁ、とっても大きい図書館ですね!」


 シロナが感嘆の声をあげる。見渡す限り本、本、本。まさに本の海といった圧巻物の図書館だ。とても学校附属のものとは思えない。このどれもが歴史や魔法、モンスターの特性が書かれたものだというのだから驚きだ。


「図書館ではお静かに」

「あっ、ごめんなさい……」


 シロナの声が案外大きかったせいか、係員さんに注意を受ける。図書館でうるさくしちゃいけないのは異世界共通らしい。


「新入生ですか?」

「はい、そうです。あの、少しだけ魔法書を閲覧していってもよろしいでしょうか?」

「大丈夫ですよ。貸し出しはまだ許可されていませんが、次回いらっしゃった時には是非申請してください」

「ありがとうございます。クロエさん、時間を少々いただいても良いですか?」

 こくり。

「ありがとうございます」


 係員さんに案内されたエリアの本を手に取ってさっそく読み始めるシロナ。よっぽど魔法の向上心が高いのだろう。集中する彼女を横目に私も手頃な本をとる。タイトルは『魔力と精霊の関連性』。興味本位で手に取ったはいいものの、なんのこっちゃ分からない。諦めて本を棚に戻す。

 しかし、私達──というかシロナと会話していた時の係員さんの意味深な笑顔、あれはいったい何だったのか。妙に皮肉めいた笑顔だったような気がしたが、うーむ。


「ふぅ、あれ?クロエさんどうかなさったんですか?」


 考え事をしている内にシロナは満足したようだ。心なしか肌がつやつやしているようにも見える。

 ふるふると首を横に振り、何でもないと伝える。


「そうですか?それなら次は食堂に向かいましょうか」


 気づけば良い時間だったようだ。シロナのお腹からきゅるると慎ましい音が鳴る。どうやら腹の虫も飼い主に似るらしい。少し顔が赤くなっていて可愛い。


「ほ、ほら、行きましょう」


 照れて足早に歩きだす彼女に追従する。図書館を出るときに見た係員さんの顔からは、今度は何の感情も窺えなかった。きっとさっきのも何かの気のせいだったのだろう。


 ◇


 食堂には多くの生徒が集まっていた。中には式典の時に見かけた新入生もちらほら見える。

 高速道路のサービスエリアのフードコートのようになっていて品ぞろえも豊富だ。今世の実家で暮らしていた時には見たこともない料理が多くて少しわくわくする。中でもハンバーガーによく似た料理に目を惹かれた。しばらく見なかったジャンキーな見た目に心が躍る。


「クロエさんはあれにするんですか?」


 私の視線の先を察したのだろうか、シロナがハンバーガーもどきの店を指さし、尋ねてくる。こくりと肯定する。


「では私もそれにします」


 そう言って一緒に列に並ぶ。私たちの番がになって同じものを注文し、料理を受け取って空いている席に座る。

 いざ実食!と戦闘態勢に入っていると、シロナは何やら祈りをあげ始める。修道女だった習慣だろう。祈る彼女の姿は敬虔な信徒のそれを彷彿とさせる。そういえば、転生してから「いただきます」を言わなくなったな。父さんも母さんも言ったのを見たことがない。多分、前の世界より命が身近だからだろう。慣れとはすごいものだ。

 待ちきれなくなった私は大きな口を開けてかぶりつく。野菜のシャキシャキとした触感とジューシーなパティの旨みを名も知らないソースがまとめ上げ、口の中で絶妙なハーモニーを奏でる。やっぱこれだよ。手の凝った料理もいいけど、この雑に美味しいジャンキー感。某有名チェーン店の一般的なメニューより野菜も多くて栄養素もしっかり考えられてるはずなのに、何故かこみあげてくる罪悪感。それすらもバンズに挟んで飲みこむ背徳感。あぁ、ここにポテトとコーラさえあればあとはもう何もいらない……。

 感動のあまり脳内で私しか聞いていない食レポをしてしまった。対面のシロナの方を見ると、私の食事の様子を見ながらと涎を垂らしていた。

 私の視線に気づいたのか、はっとしたかと思うと恐る恐るハンバーガーもどきを両手でつかむ。この世界ではパンとかでも素手で食べないのだろうか?でもナイフとフォークがあったわけでもないし、これが普通の食べ方であってるだろう。

 そのままゆっくりと口まで運び、かぷっと一口。


「──!」


 かぷかぷ……。もぐもぐ……。──ゴクン。

 少しの間、咀嚼音と嚥下する音だけが私たちの間で響く。二人して黙々と食べ進め、私の方が先に食べ終わったのでシロナの食事を観察する。

 かぷかぷ……。もぐもぐ……。──ゴクン。

 最後の一口を食べ終えた彼女は、恍惚とした表情でぼんやりと両手の間の虚空を見つめている。すっかりハンバーガーの虜だ。

 口元にソースがついていたので、とんとんと自分の口を指さして教えてあげる。現実に戻った彼女は、頬を紅く染めてハンカチでそれをぬぐう。


「お食事しながらお話ししようと思ったのに、美味しすぎて食べ終えてしまいました……」


 大人びている彼女の歳相応な一面を見れて思わず笑顔がこみ上げる。

 小一時間程、他愛のない雑談をした後、また校内を見学する。今度は教室へと向かうようだ。式典での説明によると、午後から半期のクラス分けがされた張り紙が出されるらしい。半期が過ぎた後は、段階評価でクラスが分けられるようだ。その振り分けを見に行こうとのことだ。


 ◇


「良かったぁ……。クロエさんと同じクラスです」


 本当に良かった……。せっかくできた友達、それもたった一人の友達と離れて生活するのはあまりに心細い。式典前にもめたあの子達と一緒のクラスじゃないのも良かった。誰かと仲良くなるのも一苦労なのに、仲直りなんて偉業は私には不可能だ。

 一頻り幸運を噛みしめた後、教室からすぐのところにある運動場へと向かう。そこでは何やら人だかりができていた。どうやら、在学生たちが訓練している様子を見学しているようだ。興味を惹かれたので、二人で見学することにした。


「きゃっ!」


 シロナが小さな悲鳴をあげる。ギィーンと金属同士がぶつかる音が聞こえたと思うと、ッドーンと魔法同士が炸裂する轟音が響き渡る。剣術も魔法も、そのどれもが今の私では遠く及ばない技術で、凄いということは分かるが、何がどう凄いのか分からない。母さんの剣術や父さんの魔法を見た時と同じだ。

 いつか私もあれくらい……。

 そう思っていると、横目で疲れた顔をしているシロナが見えた。どうやら訓練とはいえ生々しい戦闘を見るのは苦手らしい。気疲れしているのが分かる。

 シロナの手を引いて運動場を後にする。


「ごめんなさい、まだああいうのには慣れてなくて……」


 気にする必要はないと首を横に振る。どうせこれからいやでも慣れていくだろう。逆にあの指導長官がいてそのままでいられるわけもない。


「ふぅ……。大分、落ち着きました」


 その言葉通り顔色は元に戻っていたが、どうも表情が暗いままだ。


「こんな様子で私はやっていけるのでしょうか。今から不安になってきました……」


 どうやら緊張感で悪い方へと向かっているようだ。気持ちを和らげてあげるために手を取る。彼女は不安と疑問が入り混じったような顔でこちらを見つめる。こういう時はなんて声を掛けたらいいのだろうか……。

 縛ら奇悩みに悩みぬいた結果、私の口から出た言葉は──。


「……がんばろ」


 なんだそれはっ!?もう少しまともな言葉はなかったのか!?そんなんだからコミュ障なんだお前は!

 あんなので気分を和らげられるはずがない。情けなくなって顔をそらす。


「……ふふ。あはははっ!」


 ふぇっ?

 笑い声につられて顔を上げると、シロナは可笑しくて仕方がないというように握ってる方とは反対の手でお腹を抱えて笑っている。

 ……どうやら不本意ながら目的は達成したみたいだ。

 彼女は一頻り笑った後、大きく深呼吸した。ぎゅっと、握った手に力がこめられる。


「一緒に頑張りましょう!」


 満面の笑みで言う彼女に強く頷き返す。やっぱり笑顔が一番綺麗だ。


 ◇


「さすがに寮までは同部屋とはいきませんね」

 こくり。


 あれからまた校舎を見て回って夕食を済ませた後、私たちは寮に来ていた。──ちなみにシロナはそこでもハンバーガーを食べていた。寮は二人部屋で、女子寮の前の看板には部屋割りが書かれた羊皮紙が張り出されていたのだが、私とシロナは別々の部屋だった。幸運の女神も、一日に二度は微笑んではくれない。


「ではまた明日、教室で会いましょうね」


 笑顔で今日のお別れをし、部屋へと向かう。


 一人で部屋に向かう間、私の心臓はドクンドクンと早鐘を打っていた。

 緊張する……。

 これから学校生活を、少なくとも一年は同じ部屋で過ごすことになる。それなら粗相はできない。挨拶は最初が肝心だ。

 頭の中で念仏のように会話のシミュレーションを唱え続ける。十ループ目を過ぎたあたりで部屋についてしまった。

 動悸は治まるばかりかどんどん激しくなっていく。このままじゃ埒が明かない。

 ええいままよ!

 コンコン。勢いとは裏腹に控え目なノックの音が廊下に響く。


「はーい!」


 奥からぱたぱたと足音が鳴り、こちらに近づいてくる。イマジナリー会話の台本は既に白紙になっている。

 ──ガチャリ。扉がゆっくりと開かれる。扉の先で待ち構えていたのは、明るい茶髪で、きりっとた顔立ちの気の強そうな子だ。


「アンタが同部屋の子ね。よろしく。アタシは……」


 そこまで言って彼女の顔がピシッと固まる。一体どうしたんだ?


「アンタ、その赤いコート……朝の、黒髪の……」


 あちゃぁ、目撃者の方でしたか。幸か不幸か、シミュレーションは必要なかったようだ。何も悪いことはしてないはずなのに何故だか申し訳なくなってくる。


「ハァ、しょうがないか……。ほら、入りなよ」


 そう言って奥へと歩いていく彼女。視線は厳しいものだったが、意外と親切にしてくれるらしい。自己紹介もしていないが取り敢えず部屋に入る。

 部屋は案外大きく、カーテンで仕切られている。部屋の片側は、服やら何やらが散乱していて、もう彼女のテリトリーになっているのを示している。


「アタシこっち側使うから、アンタはそっち使って」


 窓とベッドと机しかない空間に、ちょっとばかりの私物を置き、母さんから餞別にもらったレイピアを壁に掛ける。


「アタシ、先に湯浴みするから」


 それだけ言って、お風呂場に入る彼女。しばらくの間、一人だけの時間が流れる。


「ふんふん────」


 お風呂場から鼻歌が聞こえてくる。湯浴みが好きなのだろうか、意外とご機嫌な様子だ。この鼻歌は聞いたことがある。母さんが良く歌ってくれた童謡だ。内容は、とある国の王子様とその隣の国のお姫様が禁断の恋に落ちて駆け落ちするという、童謡にしては大人っぽいお話だ。しかもその後、王子様とお姫様は処刑されて、その二人の子供も独りぼっちという凄まじいバッドエンドだったりする。ますます教育に悪そうだと思うのだが……。


「いいお湯でした。入っていいよ」


 そんなことを考えているうちに彼女はあがっていたようだ。そそくさと着替えの準備をする。ふと視線を感じたからそっちをむくと彼女がじーっとこちらを見つめている。

 な、なんだ?何がそんなに気になるんだ?


「……何でもない。早く入りな、お湯冷めちゃうよ」


 気になることはあるが、取り敢えず進められた通りにする。湯浴み中にステータスを一応確認するが何も変化はない。のぼせない内にあがり、湯船の栓を抜いておく。王都は下水道設備は完備されてるようだ。

 寝巻に着替えて、部屋に戻る。彼女はベッドの上で本を読んでいた。邪魔にならないように移動して寝る支度をする。


「もう寝る?」


 カーテンの向こうから声が掛けられる。


「……うん」


 ぼそっと言うと、「そう」とだけ返ってきてランタンの明かりが消えた。ありがたいのだが、今までにないパターンで少し困惑する。でもまあ、悪い人じゃなさそうでよかった。下手をやらかさなければ、何とかうまくやっていけそうだ。

 ベッドに入ると一日の疲れがどっと押し寄せてくる。忘れていたが、昨日の夜は寝ていなかったんだ、無理もない。ぼーっと窓から雲のかかった空を見ている内に瞼が自然と落ちていき、そのまま眠りに落ちた。


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