第12話 朔日 其の二

 昨晩見た時とは装いが違い、修道服を身にまとっているが、それでも被り物の間からちらりと覗く白い髪と透き通るような声は、私に「彼女」だと気づかせるには十分だった。

 白髪の少女は、野次馬の輪も気にすることなくずんずんとこちらに突き進んでくる。

 その様子を見て、グレンが顔をわずかに顰めたのが横目に見えた。

 そして彼女は、私とソフィアの間に立ち、ソフィアに向かってその透き通った声で挑戦的に捲し立てる。


「お久しぶりですね、ソフィア様。ここ最近教会にお立ち寄りにならないので鍛錬に励んでおられたのかと思えば、習ったのは剣術ではなく恐喝の方法ですか?」

「……シロナ」

「取り巻きの方々の手綱も握れないようでしたら、とうてい勇者様の隣を歩くなどできないでしょうに」

「貴様!一修道女に過ぎぬ分際でそのような物言い、許されることでは──」

「黙れ」


 今にも剣の柄に手をかける勢いで迫ったグレンを、ソフィアが静かな、しかし覇気のある声で一喝した。グレンは一瞬面食らったような顔をして、そのまま渋面を作る。

 不承不承という態度を隠さずに、取り巻きの一団に戻るグレンに一つため息を吐いたソフィアは、未だ軽いパニック状態にある私に向き直る。

 びくりと肩を震わせる私に、彼女は頭を下げた。


「すまなかった」


 そして私の反応も待たずに、取り巻きを引き連れて校舎へと歩いていく。完全に状況に置いてけぼりにされた私には、ポカンとあほ面を浮かべることしかできなかった。

 騒動が落ち着いたのを感じたのか、野次馬連中も散り散りになっていく。一部の子達はまだ私達を気にしていたようだったが、幸いにも自らトラブルに巻きまれたいという傍迷惑なヤツはいなかったようで、ちらちらと視線をとばすだけで流れに呑まれていった。


「すぅー、はぁー……」

「大丈夫ですか?」

「あ……ありがとう……ございます」


 ようやく嵐が過ぎ去ったと落ち着いて深呼吸していたのも束の間、昨日の子に声を掛けられる。ぎこちなかったが、お礼を言えたのは私にしては上出来だろう。

 確かシロナって呼ばれていたっけ。綺麗な白髪に合った良い名前だ。名前も知らない上に黒髪の私を助けてくれるなんて、この子は天使か何かか!いや、何なら女神様かも。きっとそうに違いない。よし、この子のことはシロナ様と呼ぶことにしよう。


「シロナで結構です。それと言葉遣いも難しくする必要はありませんので」

「──!」


 考えてることが見透かされたようでドキッとする。弾かれたように顔を上げると、彼女は私のリアクションがおもしろかったのか、くすくすと笑う。その笑顔が私には眩しすぎて、また顔を背けてしまった。

 しかし、言葉遣いを考えなくて済むのはありがたいことこの上ない。自慢ではないが、この私にそんなことを考える余裕があるほどのコミュニケーション能力はない!


「コホン!とりあえず校舎に入りましょうか。自己紹介はそれからでも良いでしょう」


 こくりと頷いた私の手を引くように先を歩く彼女。フードを被り直してその背中を追いかける。足取りは不思議と軽かった。

 校舎の中はとても広く、元の世界で有名だった魔法学校にどことなく似ていた。

 彼女は勝手知ったる風でずんずんと大きな中庭を横切り、人気の少ない廊下まで歩くと、ピタリと足を止めてこちらを振り向く。


「あら、隠してしまったんですか?素敵でしたのに」


 開口一番にそう言う彼女。何のことかと考えを巡らせるが、てんで思いつかない。隠したものなんて髪以外にないのだが、この髪を褒めてくれるのは両親くらいなもので、それ以外の人は漏れなく顔を顰めるか驚きを見せる。故ににわかには信じられないが、かといってそれ以外に思いつかない。

 首をかしげてうんうんとうなっていると、それを見た彼女はまたくすくすと笑いだす。


「ごめんなさい。貴女の仕草がおもしろいので、つい」


 そんなに面白かったのかと少し疑問に思うが、悪い気はしない。

 ふぅと一息つくと彼女はまた話し始める。


「私はシロナと申します。教会に属す修道女でしたが、魔法の適性を認められて今は冒険者を目指しています。よろしくお願いいたします」

「私は……クロエ。よ、よろしく……」


 尻すぼみの自己紹介を返す。すらすらと自己紹介する彼女に比べて自分が情けなく感じなくもないが、できないものはしょうがない。

 自己紹介の続きを待っているのか、じーっとこちらを見つめる彼女。その視線に耐えきれずにまたまた顔を背けてしまう。気まずい時間がしばし流れる。


「おしゃべりはお嫌いですか?」


 不安そうな声音で尋ねる彼女。慌てて首を横に振る。コミュ障ではあるが、嫌いではない。むしろ得意になりたいほど焦がれているといっても良いだろう。そうでなければ一生あの家を出ずに暮らしていたはずだ。


「では、会話が苦手だったり?」


 今度は首を縦に振る。


「そうでしたか」


 彼女は気を悪くした様子もなく、話を続ける。


「昨晩お会いしたのは覚えてらっしゃいますか?」

 こくり。

「クロエさんは王国騎士を志願してここに?」

 ふるふる。

「では、冒険者志望ですか。嬉しいです!一緒に頑張りましょうね!」

 こくり。


 会話と言って良いかわからない他愛もない問答がしばらく続く。同年代の子とまともなコミュニケーションをとるのは正真正銘初めての経験で、我にもなく笑顔がこぼれる。

 そんな幸せなひと時を過ごしていると、不意に質問が止んだ。どうしたのかと彼女の方を向くと、彼女は緊張した様子で顔をずいと寄せてくる。

 ち、近い……。


「クロエさん、もし……もし、よろしければ私とお友達になってくれませんか」

「──!?」


 い、今彼女は何と!?と、とと、友達!?友達ってあの友達!?それってフレンズの意味だよね?私の知らない単語で「tomo─dachi」があるなんてオチじゃないよね?てゆうか友達って実在するんだ。おとぎ話の中の存在じゃないんだ。

 何も実を成さない思考を続ける脳とは裏腹に私の身体はぶんぶんと首を縦に振っていた。


「よかったぁ……」


 そんな私の様子を見てほっと一息つく彼女。

 嗚呼、父さん母さん……。私に初めての友達ができました。何とも言えない充足感と幸福に身を包まれる。

 そんな幸せな時間も永遠には続かない。


「入学生は中庭に集合しなさい!」


 先ほど横切った中庭から大きな声で呼びかけられる。そろそろ式が始まるのだろう。


「私たちも行きましょうか」


 そう言う彼女と一緒に中庭へと向かう。心なしかいつもよりも風景が明るいように感じた。

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