第9話 鍛錬 其の三
「クロエ、首を狙いな!」
母さんのアドバイスに従って狙いを絞ってレイピアの切っ先を向ける。
鍛錬を始めた日から二ヶ月の月日が流れ、すっかり雪が解けて緑が芽生えつつある森の中、私は赤い毛皮を纏う熊型のモンスターと対峙している。なんでも、春が近づいて近くの森に迷い込んでしまったらしく、ギルドから母さん達に討伐の依頼が出されたのだそうだ。
その依頼を聞いた母さんは意気揚々と「クロエの訓練の仕上げにちょうどいいじゃないか!」と言い放ち、拒否する間もなく森に連れ去られて今に至る。
視線を交わす相手、「
母さんと一緒に猪や鹿を狩りに行くことはこれまでもよくあったが、本物のモンスターと対面するのは初めてだ。できるだけ心を落ち着けようとするが上手くいかない。
取り敢えず身を守るために土魔法「
「金剛化」は魔力を体の表面に纏わせて硬質化させる魔法だ。「LV2」から使える魔法だけあって扱いが難しく、練習を始めた頃は纏った魔力の所為でがちがちに固まって身動きが取れなくなったり、纏う魔力量を調節できずに体積が大きくなりすぎて家の扉をくぐれなくなったりといったトラブルが起きたが、今ではそんなへまをすることもない。
魔力に体を包まれる感覚に少しの安心感を覚え、思考もまとまってくる。
さて、母さんは首を狙えって言ってたけどどうやって近づくのか。体長は三メートルくらいだろうか。私の魔力を感知したのか「赤毛熊」も臨戦態勢に入っている。隙らしい隙は見えない。
そんな風に攻めあぐねていると、突然大きな咆哮をあげて突進してくる。
やばっ!
思考を止めて間一髪でかわす。もしかしたら「金剛化」で大したダメージを受けないのかもしれないが、そんな危険な橋は渡りたくない。油断すれば私の実力なら一撃死もあり得るのだ。石橋を連打するくらいが丁度良い。
そんなことを考えている間にも次の突進がやってくる。今度は余裕をもって回避できた。まずはこの突進をどうにかしないことには接近できない。
少し考える時間が欲しい。とりあえず時間稼ぎも兼ねて牽制してみよう。
魔力を操作し、火魔法「
ボっと「赤毛熊」の顔面で火の玉が炸裂する。しかし、鬱陶しそうに前足で舞い散る火の粉を振り払っただけで大きなダメージを与えた気配はない。
マジか!牽制とはいえ火傷を負わせるくらいは期待していたのに。
予想外の結果に焦っていると後方から母さんの暢気な声が飛んでくる。
「そいつの毛皮は火耐性が高いからあんまり効かないぞー!」
そういうことはもっと早く言ってよ!
三度目の突進をかわしながら脳内で悪態をつく。こうなってくるともう私の手に負えない。おとなしく母さんに助けを求めるかせめて助言をもらうかしないと。
そう思ってさっきの母さんの言葉を思い返すと何かが引っ掛かった。
火は効かないのに何で鬱陶しそうにしたんだろう。
そう思ってさっきの状況を思い返してみる。
たしか、私の「火弾」を顔面にくらって、舞い散る火の粉を鬱陶しそうに……。
そこまで考えてはっとする。私が妙案を思いついたと同時に「赤毛熊」も次の突進をしてくる。
大型の質量が眼前に迫ってくる恐怖映像に身がすくむ。しかし、ぎりぎりまでかわさない。体勢を低くして拳を握りこむ。
まだだ。絶対に成功させるためにはこれでもまだ遠い。
冷汗が頬を伝う感触に気持ちが逸る。それでも堪える。
そして絶好のタイミングが訪れる。
今っ!
突進をかわすと同時に、握りこんだ砂を「赤毛熊」の顔面にぶちまける。
目をつぶされた「赤毛熊」は悶絶し、突進を中断してその場にうずくまるように怯んでいる。
このチャンスを逃したら次はない。すかさず真横に回り込み、緊張で震える手を制して首筋に狙いを定め、勢いのままにレイピアを突き刺す。ずぶっと肉の感触が伝わってくる。
やったか!?
頭の中で歓喜の声を上げる。「赤毛熊」の首からはどくどくとおびただしい量の血が流れ、最終的にはピクリともしなくなった。
どうやら死亡フラグも実際に声に出さなければ機能しないらしい。
狩りの決着からくる安堵のままにその場にへたり込む。もうレイピアを抜く気力も起きない。
「クロエ―!おめでと~~!」
母さんが「赤毛熊」の突進もかくやという勢いでこちらに向かってくる。
そして勢いのまま抱き着いたと思ったらとんでもないことを言い放つ。
「ほんっとにすごいよクロエ!せいぜい追い払うくらいだと思ってたのに倒しちまうなんて!」
は?
「いやー、傷を負わせられりゃ合格くらいのつもりで見てたのに、とどめまでさしちまうなんて!最後には手助けしようと思ってたのに、アタシの出る幕がなくなって困ったもんだよほんとに!」
なおも興奮しながら話し続ける母さんに向かって一言、
「……今度から早く言ってください」
そう言って疲れから意識を手放した。
◇
「ご飯ができたよー!」
夕飯前の日課になった瞑想をしていると、家の中から母さんの声が聞こえてきた。
食卓につくと、大きな鍋が運ばれてくる。
「今日はクロエが狩った『赤毛熊』の熊鍋だ!」
ドーンという効果音がしそうなほどの豪快な見た目と強烈な香りに否が応でもお腹が鳴る。
父さんが作る繊細な味付けの料理も好きだが、母さんのつくる大雑把な料理の方がやはり訓練の後の身体にしみる。
その日の夕食は熊鍋や「赤毛熊」の毛皮をどうしようかということで話が盛り上がり、和気あいあいとしていた。
──尚、いつものように母さんが私のことを褒め倒していたが、照れくさいので割愛する。
夕飯も食べ、汗を流し、布団に潜り込んで日課となったステータス鑑賞会へと移る。
二ヶ月の訓練を通しても「魔力操作LV2」になったくらいで大きな変化はなかったが、今回の実戦で何かスキルが増えたんじゃないかと期待して、スキル欄を眺め見る。
すると、一番下に「恐怖耐性LV1」が増えていた。
さっそく効果を確認してみる。
「恐怖耐性LV1」:恐怖や威圧によるバッドステータスにかかりにくくなる。LVの上昇によって効果が上がる。
ふむふむ、要はビビったりパニックになることに耐性がつくってことかな。これはいいものを手に入れた。今後バカみたいに強いモンスターと戦うようなときに、怖くて何も考えられなくなるってことがなくなるってことだ。
冒険者を目指すにあたって生命線になる可能性もある。
既存のスキルが更新されるんじゃなく新しいスキルが身に着くってことはやっぱり実戦による経験値はスゴイのだろうか。
だとしたら実戦を生き残ってもっと強くなるためにも訓練は毎日頑張らねば。
そして日々の訓練のためにも休息は欠かしてはいけない。その日もそのまま泥のように眠った。
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