第6話 うねり

「おかえり、二人共。夕飯は用意できてるよ」


「洗礼」を終えて家に帰った私と母さんを待ち受けていたのは、いつもより豪華な食事といつも通り優しく微笑む父さんだった。


「おぉ~!七面鳥の丸焼きにシチューにデザートまで!アンタを夫にもって良かったよリアム~」

「はいはい、分かってるから冷める前に手を洗ってきなさい」


 くねくねと蠢きながら抱き着いて絡もうとする母さんを、するりと右から左へ受け流す父さん。流れるような所作でそのままこちらへとやってきてくる。

 おいしそうな香りに呆けていた私は、ポンポンと頭に叩く軽い感触に顔を上げた。 


「お帰り、クロエ」


 父さんはそれだけ言うと、私にも手を洗うように促す。「お帰り」と言った時の目から安心する気持ちが滲み出ていたのが私にも分かった。どうやら私が家族以外の人と出会うのが心配だったのは私だけではなかったようだ。

 小さく「ただいま」と返して二、三歩進んだところでふと家を出るときのことを思い出して振り返る。


「……髪留め、ありがとう。大事にする」


 少し照れ臭かったが、それでもしっかりとお礼は言えた。やっぱりこういうところはちゃんとしていかないとね。


「クロエ~?リアムも~、早くしないとアタシが全部食っちゃうよ!」

「まってよ母さん!?」

「……ああ、今行く」


 これ以上母さんを待たせると本当に全部食べられかねない。急がねばと振り返り、今度こそ手を洗いに行く。

 振り返った時に視界の隅で父さんが目頭を押さえるのが見えたが、いつもの親ばかだろうと反応しないでおいた。

 その判断のおかげか、料理が母さんの胃袋に吸い込まれる前になんとか食卓に着くことができた。


「ねえねえ聞いてよ!クロエったらねぇ、もうスゴイのなんのって──」


 食事中は母さんがひっきりなしに今日の出来事を父さんに自慢していた。父さんも父さんで「ほう!」とか「僕も見たかったな」などと母さんを調子づかせる相槌ばかり。

 この場には家族しかいないとはいえ、やはり褒められると恥ずかしい。母さんの口を何とかして塞いでしまおうと、あれやこれやと料理を詰め込むが、器用なものでまるで口が二つあるかのように食事とお喋りを両立させている。

 その内自分が食べる分までなくなりそうだと気づき、諦めた私は羞恥心に耐えながら黙々と食事することに決めた。

 そんなこんなで夕食を食べ終えた時にはもう夜も更け、星々が空を席巻する時間となった。父さんも母さんも会話に夢中だったため、疲れていた私は先に湯浴みをする。


「ふう」


 湯をかけ流し、緩いため息を漏らす。

 今日はたくさんのことがあった。正直、黒髪を見た人たちの反応は心にくるものがあった。それでも、変わろうと決意できたことは大きな一歩だ。前世の私にはついぞできなかったことなのだから、これだけは自分を褒めてもいいだろう。

 しかし、前世とはまた違った理由で遠巻きにされるとは。神様に恨み言の一つや二つ、上奏しても罰は当たらないように思える。そういえば、魔法なんかも存在するファンタジー世界だが、神様なんかも実在するんだろうか。

 そんなことを考えながら、「スキル」を確認していなかったことを思い出す。

「ステータス」は自分でも確認できるようになったらしいが、どうやればいいんだろう。

 やっぱりフルダイブゲームものみたいに「ステータスオープン」とか唱えたりするんだろうか。それだったら人前では恥ずかしくてできないな。

 とりあえず「ステータス」を確認したいと念じてみる。


【クロエ 職業:「魔法剣士」

     称号:なし

     スキル:「剣術LV2」「火魔法LV1」「水魔法LV1」「風魔法LV1」「土魔法LV2」「強靭LV1」「魔力自動回復LV1」「魔力譲渡LV5」「状態異常耐性LV2」「孤独耐性LV10」】


 すると、脳内にいかにもゲームのUIですと言わんばかりに「ステータス」が表示される。

 慣れないせいか何だか気持ちが悪い。確認する度この感覚を味わうのは嫌なので後で訓練しておこう。

 とりあえず、当初の目的であった「スキル」を確認する。スキル欄の一つ、「剣術LV2」に集中してみると強調表示されて発動効果が見れる。


「剣術LV2」:剣の扱いに補正が掛かり、剣技を習得しやすくなる。

       LVが高いほど補正値が高くなる。


 おお!これは便利だな。

 そんな感じで他の「スキル」も確認していく。


「火魔法LV1」:「火弾ファイアショット」を使用可能。LVの上昇によって上位の魔法を習得可能。

「水魔法LV1」:「水弾アクアショット」を使用可能。LVの上昇によって上位の魔法を習得可能。

「風魔法LV1」:「風弾エアロショット」を使用可能。LVの上昇によって上位の魔法を習得可能。

「土魔法LV2」:「礫弾ストーンショット」「金剛化ヴァジュラ」を使用可能。LVの上昇によって上位の魔法を習得可能。

「強靭LV1」:LVが高いほど忍耐力補正値が高くなる。

「魔力自動回復LV1」:時間経過によって魔力が自動回復。LVの上昇によって回復量が増加、回復速度が上昇。

「魔力譲渡LV5」:身体的接触によって対象に魔力を譲渡できる。LVの上昇によって効率増加。

「状態異常耐性LV2」:「即死」以外の状態異常への耐性。LVが高いほど状態異常にかかりにくくなる。


 げっ!「即死」なんてのもあるのか。怖いなぁ。

 ──だけど、それよりも気になるのが最後の「スキル」である「孤独耐性LV10」だ。いったいこれはどういう効果なんだ。そもそもこんな悲しい「スキル」がどうして存在するんだ!

 恐怖半分怒り半分で効果を確認する。


「孤独耐性LV10」:LV MAX。パーティーメンバーが自分のみの時、基本ステータス50%上昇。


 おぉっとこいつはスゴイ!この「スキル」があればずっと独りでも大丈夫だね!

 ……ってなるかぁボケが!こちとら友達ほしくて冒険者目指してんだ!こんな「スキル」一生使えないように友達百人つくってやるわ!

 こうして決意がより強固なものとなったのであった。


 湯浴みを終えて欠伸交じりに居間に戻ると、二人はまだ話し込んでいた。母さんの晩酌に付き合っているのか、珍しく父さんもお酒を飲んでいる。

 二人とも私に気づいたようで、椅子に座るよう促してくる。

 まだ私の自慢話を聞かされなければならないのかと辟易していると、それを察したようで「まじめな話だよ」と父さんが言う。

 ホッと胸を撫で下ろし、椅子に座る。


「晴れて春から冒険者学校に通うわけだが、それまである程度の訓練をしておく必要があるんだ。そこまではいいかい?」


 少しだけ驚いたが、私は頷いた。

 そう、「洗礼」を受けた後、冒険者を目指す子供は冒険者として独り立ちできる九歳になるまでの間、同じく冒険者を目指す子供たちと一緒に冒険者学校に通う必要がある。

 この話は、実は「洗礼」の時にエリナさんから説明されたのだが、そのあとの出来事によるショックが大きすぎてすっかり忘れてしまっていた。


「そこで訓練の内容だけれど、午前中はセシルと体術や剣術を、午後からは僕と魔法やこの世界のことについて勉強するというようにしたいんだが大丈夫かい?」


 こくこくと頷くと父さんが頭をなでてくれる。

 少しくすぐったいが、さっきまで「スキル」に対して怒り心頭だったのもあって気分が落ち着いた。


「もー、アタシはクロエと一日中一緒にいたいのにー」

「仕方ないだろう?クロエは魔法適性もあるし、世界について知っておかなければならないこともある」

「でもー」

「それに僕だってクロエと一緒にいたいんだ。これ以上は譲らん」

「ぶー」


 頬をぷっくりとふくらませて抗議する母さんだったが、父さんは徹底抗戦の様相でにべもなくあしらわれる。

 攻防はしばらく続いたが、アルコールの回った母さんのしつこさには今回の父さんでも敵わなかったようで譲歩を見せる。


「わかったわかった!週に一度は休息を入れて君との時間を優先してもらう!それでいいね!?」

「わあーい、クロエといっしょだあー!」

「全く、どっちが子供だかわかりゃしない」


 にへらぁと母さんが笑みを浮かべる。

 ていうか元の予定だと休日はなかったのか!

 父さんの意外なスパルタ具合に一人戦慄していると、母さんに手を掴まれずるずると寝室へと連れていかれる。


「こら、寝る前に体をきれいにしてきなさい」

「はあーい」


 脳天にチョップをくらった母さんは痛かったのか涙目になりながらだらりと方向を変える。私を引きずったままで。


「クロエはおいていきなさい」

「……はあーい」


 こうして騒がしい一日が幕を閉じた。



                   ◇



 その頃、ニックは自室にて五枚の書類とにらみ合っていた。

 それらは今日の「洗礼」が終わった時、王都にあるギルド本部から速報として通達された文書だった。

 書類の内、四枚は「スキル」が多数、もしくは未確認の「スキル」が発現した子供たちについて。ウチの支部に訪れたクロエという黒髪の女の子、彼女と同じような才覚を持つ子供が複数確認されたという内容だった。

 これだけでも驚くべき内容だが、その驚嘆すらも霞んでしまうような事実が記述された書類が一枚。

 それには「勇者の誕生について」という見出し文がでかでかと掲載されていた。


「……世界はどうなって行くのやら」


 未だかつてない事件の連続に言い知れぬ不安を感じた彼はそう独りごちるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る