第4話 「洗礼」 其の二
街に入ると今までの冬景色とは一転、華やかな光景が目に入る。
通りは呉服やアクセサリーなどの様々な露店が立ち並び、店員の客寄せの声や多くの人々でにぎわっている様子だ。
食べ物は肉や魚ばかりで店の数も少ないが、恐らく今が冬だからだろう。
などと考えながら出店の数々を眺めていると、ちらほらと私の頭に注目が飛んでくる。
通り過ぎるだけとはいえ、不快感がないとは言い難い。
「そういえば……」
「ん?どうしたんだい?」
気を紛らわす意味も兼ねて、街に着くまでの間にずっと気になっていたことを母さんに尋ねる。
「母さんたちが『洗礼』を受けたときはどうだったの?」
「あー、まだそこまで話してなかったっけか?アタシも最初はただの『戦士』だったさ。『スキル』も『剣術LV1』に『強靭LV1』の二つだけ。そりゃあがっかりしたさ」
へー、今の母さんからは想像もつかないな。ドラゴンにも(この世界に存在するかは知らないけど)突貫していきそうな雰囲気を感じるのに。
「なんか失礼なことを考えてないかい?」
「な、何でもないよっ!ただ母さんの昔のことを知れて嬉しいなーって思っただけだから、ウン」
恐るべし母の勘。私は鉄拳制裁から逃れるべく、話題を父さんの「洗礼」に切り替える。
「リアムかー。アイツは同期組の中では神童なんて呼ばれてたね。『
父さんの方は、最初からすごい才能を持ってたみたいだ。母さんは当時のことを思い出してるのか、表情にも少しばかり不機嫌の色がとって見える。
「でもひょんなことからパーティーを組み始めて、色んな冒険を一緒にして、一緒に『上級職』になったり『スキル』を獲得して強くなっていく内に」
お、なんだ?珍しい母さんの惚気話でも聞けるのかな。
「──今の私みたいな完璧な女戦士が生まれたってわけさっ!」
体が前につんのめりそうになるのをすんでのところで堪える。やはり母さんは色気より食い気なのだろう。
だが、だからこそあの父さんとうまくやっていけたに違いない。
自分の頭で、あえなくすっ飛ばされてしまった両親の出会いからこれまでの話を想像で補完し、そう結論付ける。
「おっと、もう着いちまったか。もっと私の武勇伝を聞かせてやりたかったのに」
どうやら目的のギルドに到着したようだ。入口からは一様に大人と私と同じくらいの子供たちがペアになって行列になっている。
この子たちも私のように六歳を迎えたばかりで、親の同伴で「洗礼」を受けに来ているのだろう。
私たちもその列に並ぶと、やはり周囲からあまり気持ちの良くない視線が飛び交ってくる。
子供たちからは不思議そうな、あるいは好奇の色が伴った。それだけならまだいいのだが、親御さんたちのいかにも気味が悪いというような不快さを隠そうともしない視線が肌、いや、頭にささる。
しかし、こんなところで逃げ帰っていたら私の野望は叶わない。自分の決意を思い出し、臆病になりそうなのをグッと堪え、不敵な笑みを浮か──べることができればよかったが、そこまでの胆力はないので泰然とするに留める。
その内に私への興味は薄くなったようでそれぞれの家族での会話に戻っていく。
ふう、これでようやく一歩踏み出すことができた。自分でも変われば変わるもんなんだな感心感心。
などと、心の中で自分を褒め称えていると、頭にポンポンと軽い感触が伝わってくる。
見上げると、母さんが慈愛のこもった瞳でこちらを見つめている。私は少し気恥ずかしくなって目をそらした。
そのまま無言で前の列が消化されていくのをジーっと待っていた。
◇
「次の方、どうぞー」
やがて私の番がやってくる。
ギルド職員のお姉さんのところに行くと、お姉さんは一瞬だけ私の髪を見て動きを止めたが、すぐに個室に案内してくれて、きびきびと書類やいかにもといった水晶を準備する。
流石プロ、そこら辺の人たちとは面構えが違うね。
母さんや職員のお姉さんの助けを借りながら数枚の書類を片付けていると、初めて自分の携帯電話を買った時のことを思い出した。
あの時もこんな感じでよく分からないまま手続きを終わらせたっけ、と懐かしい気分に浸っていると一枚の羊皮紙を手渡される。
「では最後に、ここに名前の記入をお願いします」
羊皮紙のお姉さんに示された記入欄に「クロエ」と記入する。
余談だがこの世界での言語は元の世界とあまり変わらない。父さんの教育のおかげもあって、すぐに習得できた。
コミュニケーション能力もそれぐらい簡単に身についてほしいものだとしみじみ思っていると、横に置かれた水晶がぼんやりと光り始めた。
何事かとお姉さんの方を見やると、丁寧に教えてくれる。
「この羊皮紙に自分の名前を記入することでこの水晶がその人の『ステータス』を鑑定してくれて、詳細が羊皮紙に書き出されるんです。もちろん自筆でしか、水晶は反応しないので個人情報が漏洩する心配もありません。あと、一度『洗礼』を受ければ、自分自身で『ステータス』は確認できるようになります」
ほえー、進んでるねえ異世界。
などと思っていると、さらさらとさっきの羊皮紙に文字が浮かび上がってくる。
【クロエ 職業:「魔法剣士」
称号:なし
スキル:「剣術LV2」「火魔法LV1」「水魔法LV1」「風魔法LV1」「土魔法LV2」「強靭LV1」「魔力自動回復LV1」「魔力譲渡LV5」「状態異常耐性LV2」「孤独耐性LV10」】
うん?なんだこの文字の羅列は?
いや、これが「ステータス」だというのはもちろん理解しているが、それにしてもこの「スキル」の数はなんだ?確か「スキル」三つ持っていた父さんが神童と呼ばれていたはずだが、私は十!?全くもって意味が分からない。
それに最後の「孤独耐性LV10」ってなんだ!?私はぼっちでも生きていけますってか!?余計なおせわじゃい!
心の中で阿鼻叫喚していると、ふと周りの静けさが気になった。職員のお姉さんはともかく、母さんはこういう時私よりも大はしゃぎするだろうに。
顔をあげると、お姉さんはあんぐりと口を開けて呆けている。今にも白目をむいて倒れそうな様子だ。
母さんの方はというと、顔を伏せてなにやらプルプルと小刻みにふるえている。
「アンタって子は……なんて……」
「へっ?」
「なんてスゴイ子なんだい!?さっすがアタシ達の子だよっ!」
ガバッという擬音語とともに私を抱え上げ、くるくると踊るように回りだす母さん。どうやらいつも以上に感極まっていただけらしい。さすがに恥ずかしいからほどほどにして離してほしいものだ。
というか痛い。骨のきしむ音が聞こえ始めている。
「~~~~~~~~っ!」
「何があったんですかっ!?──は?」
いくら個室とはいえ防音機能が備わっているわけでもなければ、母さんの大声を遮ることはできなかったらしい。ほかの職員さんが部屋に駆け付けてきたかと思えば、室内の惨状を目の当たりにして間の抜けた声を発する。
駆け付けた職員さんと目のあった私は、母さんの腕の中で声にならない悲鳴を上げることしかできなかった。
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