第2話 熾火は燃える
「クロエー、夕飯の時間だよー!」
「はーい!母さん、今日のご飯は?」
「今日は大きい猪が狩れたから豪華に鍋にしたぞー!」
「やったー!お肉だー!」
すっかり白くなってしまった吐息と共に歓喜の声をあげながら、愛しの我が家へと駆け入る。
クロエこと私、黒田由紀恵は、現代のオタク達が聞けば羨望と憧憬の混ざった眼差しでガン見されるであろう異世界転生を果たした。自分の意思とは関係なしに偉業を成し遂げてしまった私は、二度目の人生の始まりを、雪の積もった誰もいない林道というなんともロマンチック(笑)な場所で迎えることとなった。
そんな悲しいスタートダッシュをキメることになった原因はどうやら私の髪色にあるらしい。私の髪色は、偶然か転生前と同じ黒髪であるのだが、なんとこちらの世界では黒い髪は何年かに一度、世界のどこかで生まれるという希少なものであり、おまけに不吉の象徴だと言う。そのため貧しい辺境の場所では、黒髪をもって産まれた子供は口減らしのために捨てられることも少なくはないのだそうだ。
そんな訳で、雪が降り頻る中捨てられ、忌み子として第二の人生を早くも終えようとした私を助けてくれたのが、セシル母さんとリアム父さんだった。
この二人も、拾った初めこそ少しの逡巡を見せたが、すぐに私を受け入れて我が子のように可愛がってくれた。
曰く──
「たかが黒髪がなんだい、こんなにも可愛い子を捨てるなんて!」
「あゝ、全くもって馬鹿馬鹿しい、産まれた子に罪などないというのに」
「なぁリアム、アタシ達でこの子を目一杯可愛がってやろう」
「もちろん、そのつもりだとも。まずは名前を決めないとな」
「そうだねぇ……。『クロエ』なんてどうだい?」
「良い名じゃないか、君に名付けのセンスがあったとは」
「バカにしてんのかぁッ!?」
だそうだ。全く、今思い返しても感動で涙が溢れそうになるね。冗談ではなく、再度捨てられる可能性があったことを考えると身震いする。
そんなこんなで二人の寵愛を一身に受けたおかげで、私は今世を儚むこともなく、穏やかで暖かい日々を送ることができている。感謝なんて言葉じゃまったくもって足りないくらいだ。
「──クロエ、聞いてるのかい?」
「んぇ?」
母さんが食後のブランデーを嗜みながらこちらを半眼で睨んでいる。どうやら、物思いに耽るあまり母さんの言葉を聞き過ごしていたらしい。思わず口から間抜けな声が漏れ出てしまった。
「アンタってば、また考え事でもしてたのかい?そんなに、ボケーっとしてると折角の可愛い顔が台無しだよ」
「あぅ……。ごめんなさい」
「良いじゃないか、考え事をしている顔も十分可愛いだろう?」
「まーたこの色ボケは、愛する嫁にはなんにも言わんくせに」
「君も素敵な女性だよ、セシル。ただほんの少し思慮に欠けるところがあるだけで」
「なんだとぉう!この頭でっかちめ!」
食卓に二人の笑い声と一人の怒声が広がる。
「それでクロエ、明日の準備は大丈夫かい?」
一頻り母さんを揶揄い終えた後、父さんは私に向き直り尋ねてくる。明日は母さんと早朝から近くの街に行くことなっているからそのことについてだろう。
何故街へ向かうのか、それは私に「洗礼」を受けさせるためだ。「洗礼」といっても元の世界にあった宗教の有名な通過儀礼のように、頭から水を被ったりするわけではない。
この世界では、子供が六歳の年を迎えるとそれぞれに「
そこで、世界各地にある「ギルド」で「洗礼」を受けることで初めて、それらは「ステータス」として自らに恩恵をもたらすのだそうだ。
因みに母さんの「
であるのだが、
「……うん、大丈夫だよ父さん。オヤツもちゃんと鞄に入れてるし、傘も準備したし、それに──」
「クロエ……準備が必要なのは物だけじゃない。分かっているだろう?」
父さんには全部お見通しのようだ。
私は明日、初めて街を訪れる。そう、今世で初めて、母さんと父さん以外の人と会うことになるのだ。
いくら二人と幸せな生活を送っていても、ゆめゆめ忘れることはない。私はこの世界では忌避される黒髪の持ち主なのだ。皆が皆二人のように受け入れてくれる訳ではないはずだ。まして私はそれが原因で一度捨てられた身。更に言えば、父さんと母さんは知る由もないが、私は前世の「コミュ力無し子さん」のまま転生してしまっているのだ。
父さんへの返答が鈍るのも頷けるというものだ。転生しようが怖いものは怖いのだから。
だがしかし、私にだって絶対に前に進まなければいけない時もある。真の意味で生まれ変わってワクワクドキドキ異世界ファンタジーライフを堪能するという輝かしい希望のためならば、このくらいの困難、何するものぞ。
それに、怖がっていたってやらなきゃいけないものからは逃げようがない。すでに二十年生きて一度お亡くなりになっているのだ。諦めて長いものに巻かれるのは得意だ。まあ、世間の目を気にしすぎた結果独りぼっちだったのだが……。
「大丈夫だよ父さん!か、母さんも一緒なら、なんて事ないよ!」
ネガティブな思考を打ち払って自分を鼓舞するためにほんの、ほんの少しだけ声を張り上げてみると、父さんは少しだけ驚いた顔をした。
そして一拍の後、微笑みを浮かべながら、
「クロエ、君は僕たちの自慢の子──」
「クロエェェェ〜〜〜ッ!」
瞬間、先程までテーブルの向こうにいた筈の母さんに、ムンギュッと凄まじい勢いで抱き抱えられる。
「うわっぷ!母さん!いきなり何するのっ……て、ええぇ〜……」
がっしという擬音語が聞こえるほどに強い抱擁からどうにか顔だけは拘束から逃れることに成功した。何故このような暴挙に出たのかと母さんの顔を見ると、目から滝のように涙を流しているではないか。
「クロエェ〜!アンタはっ!アンタって子は〜!」
どうやら酔っ払って感情が爆発してしまったらしい。愛のこもったハグは嬉しいけれども、そろそろ息が続かない。
文字通り必死で母さんの肩をタップしながら、父さんに視線で、今世最大のSOSを発信する。
「折角助けた愛する我が子を窒息死させてどうする」
トンッと軽い音が母さんの首元から聞こえたと思ったら、母さんの体が膝から頽れた。
恐ろしく速い手刀、私でなきゃ見逃しちゃうね。ずるずると寝室へと引きずられていく母さんと私。気絶させられても私を放してくれない母さんの執念には脱帽せざるを得ない。そのままキングサイズのベッドに川の字になるように寝かされる。私は真ん中だ。父さんは母さんとは逆側に寝転ぶ。そのまま優しく毛布を掛けられ、「おやすみ」という声とともに額に軽い感触が伝わってくる。
「チュ」という小気味良い音を最後に、私は目を閉じ、そのまま眠りについた。
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