転生先でもぼっちは嫌なので冒険に出ることにしました。

宮本たいしょー

Hello,world!

第1話 独りでニューゲーム

「……今日も寒いなぁ」


 厚手のコートを羽織りながら玄関の扉を開け、私はそう独りごちた。昨日から例年よりも強烈な寒波が猛威を振るい、しんしんと降る雪が月光を反射して、夜空に煌めく星々に負けじと輝いている。

 こんなロマンチックな夜は暖房の効いた部屋で布団を被りながらぬくぬくとインターネットの海を漂流するに限る。

 ──限るのだが如何せん食料がないのだ。 

 もし私が熊か何かなら、お腹が空いてても冬の脅威を凌ぐ事ができたのかもしれないが、そこは所詮文明に頼り切ってしまった現代人。空っぽの状態で次の朝日を待つ事をすら腹の虫は許してはくれなかった。

 そういう訳で、このごうつくばりな害虫を駆逐するため、立ち上がった私の名は黒田由紀恵、二十一歳無職、紛う事なきニートである。

 私がニートになってしまった原因を語るにはこれまでの人生を振り返らなければならない。


 ◇


 一般的な家庭よりかは少しばかり裕福な家に生まれた私は、幼い頃から成績優秀、眉目秀麗、文武両道と、完璧という言葉を体現したような人間だった。

 幼稚園、小学校ではクラスの皆から深窓の令嬢として扱われ、中学でも高校でも高嶺の花として全生徒に一目置かれる存在。ひとたび街に繰り出せば、すれ違う人々は皆振り返り黄色い声をあげる。※当社比

 もちろん大学受験でも失敗する事はなく、有名私立に現役合格。周囲の目には、さぞや順風満帆な人生を謳歌しているように見えたに違いない。あくまで周囲の目には、だが。

 しかし、こんなパーフェクトヒューマンに見える私にも一つの欠点があるのだ。それも、これまでの圧倒的なまでのプラス評価をもってしても、人生の及第点は疎か、落第者と自己評価してしまう程の欠点が。

 その欠点とは──


 極度のコミュ力不足である!


 幼少期はピアノに書道にそろばんと多くの習い事に加えて、良い学校へと進学してほしいという親の要望に応えるために塾へと通いつめた結果、友達と遊ぶという経験は無く、家族とさえもほとんどコミュニケーションをとることができなかった。

 中高生になってもそのような状況は変わる事はなく、更に悲しい事に意味もなく容姿端麗であったせいで、思春期を迎えた周囲の男女からは遠巻きに、あるいは疎ましく見られ、高嶺の花(笑)として奉りあげられた。

 青春の大半を、自分の意思には反して一匹狼で消費した私はその後、地元の人間の目から逃れるように地方の有名私立の大学を受けて合格。これまでの寂しい人生とはおさらば、入学後は新しい自分に生まれ変わろうと大学デビューを決意し、サークルに加入するも、それまでの対人経験が限りなく無に等しかったためあえなく玉砕。

 しかも、そのサークルがいわゆる陽キャの集まりで、学部やクラスを跨いで私の失敗──語るも悍ましい──が広まり、あまりの恥辱に居たたまれなくなって、これまた逃げるように大学を中退し、する事も無くなって、これまで触れてこなかったゲームの類にどハマりしてしまい、現在の優雅で惨めなニート生活に至る。


 ◇


 すっかり夜の帳が下りきった夜中の零時、成人済みだというのに情けなくも親のお給金で買ったスニーカーを引きずるようにして近所のコンビニへと向かう。

 人生ってなんてクソゲーなんだ。どれだけステータスが高かろうとひとりぼっちじゃ何もできない。どれだけ勉強してもその知識が勝手に役立つなんてことはないし、ただ生きていくならその知識の大半も必要ない。どうせなら勉強して魔法が使えるようになるファンタジー世界にでも生まれたかった。


「人生、ままならないなぁ」


 肺から冷たい空気を吐き出しながら、ネオンに惹かれる羽虫のように、「24h」と主張する看板を目指して横断歩道を渡る。

 全く、年中無休だ何だと。年中惰眠とタダ飯をむさぼるだけの私に対する皮肉かね?

 一人で勝手にいじけながら、小石を蹴飛ばす。

 ──ツルンッドテッ


「うっ!」


 背中と後頭部に鈍い衝撃が走り、目の前に満天の星空が広がる。どうやら私のようなヒキニートは道端の小石にも敵わないようだ。路面は凍っていて蹴った勢いでそのまま滑って転んでしまった。


「……このまま消えてしまいたい」


 星空が滲む。転んだ衝撃の痛みと情けなさで立てずにいると、視界の隅から月明りとは別の光がやってくる。

 光の方向に顔を向けると、トラックが走ってきていた。未だに道路に寝そべっている私に気づいた様子もなく、光は近づいてくる。

 歩行者信号はとうの昔に赤に切り替わっていた。さっさと立ち上がって避けなければいけないのだが、転倒して頭を打ったせいか冬の寒さのせいか、はたまたその両方か、体が思うように動いてくれない。

 運転手はフロントライトに照らされた私に気づいたようで、キーーっと急ブレーキを踏んだ。しかし、凍結した路面はトラックに今更慣性を緩める事を許さない。

 眼前にまで迫った巨大な質量を前に、私は一言、これまでの人生でかつてないほどの大音声をあげる。


「ここからでも入れる保険があるんですかっ!?」


 私の戯言はクラクションに飲み込まれ、眩い星達の光も消え失せ、私の視界は静寂と一寸先も見えない闇に覆い尽くされた。


 ◇


「───!─アムッ!」


 ……なんだか騒々しい。それに寒い。体の芯まで凍えるようだ。死後の世界とは、もう少し穏やかなところだ思っていたがどうやら実際は違ったようだ。

 先ほどから、少し低いが透き通った、焦ったような女性の声が耳にうるさい。


「リアムッ!」

「一体どうしたセシル?そんなに慌てて」


 女性の必死な呼びかけに応えたのは優しげな男性の声だった。どうやらリアムというのは彼の名前らしい。

 という事は先程から声をかけて荒げている女性がセシルなのだろうか?

 寒さと叫び声に気をとられて気づかなかったが、どうやら私は誰かに抱えられているようだ。

 声の距離からするに、女性の方だろう。


「──セシル!その赤子は!?」

「事情は後!今すぐ湯を張って!」


 ドタドタと慌ただしい足音が響く。

 それにしても赤子とは私のことか?確かに体躯は小さい方だが、だからといって赤ん坊と間違えるなんて失礼な!


「大丈夫!絶対助けるから……!」


 わたしを抱きしめる力が少し強まり、そのおかげで少し熱が戻ってきたようで、突き刺すような寒気がいくらか和らいだ。

 寒さでぼーっとしていた頭が徐々にまともな思考を取り戻す。どうやら死んだと思ったら奇跡的に助かったらしい。声が出るようになったらこの人達にお礼を言わないと。

 ──それと私を赤ん坊扱いした事についての謝罪請求も。

 しかし、体温が少し戻った程度では手足や首でさえも動かせない。


「張ったぞ!はやくその子を!」

「わかってる!」


 凍って体に張り付いたタオルごとお湯の中に入れられる。ジワジワと身体の奥の熱が上がっていくのを感じる。

 ふう、やっぱり凍えた身体にはお風呂が一番だよねー。

 ここでようやく目が開くようになった。やっと恩人達の顔を拝むことがかなうようだ。


「目を開けたよっ!」

「──あぁ、良かった」

「ほーら、どうだい、アタシの顔が見えるかい?」

「黒髪か……セシル、説明してくれ。この子は?」

「あぁ、村の様子を見に行ってる道中に──」


 はて?黒髪に何か因縁があるのだろうか。キョロキョロと目を動かすと、二人の男女がこちらを覗き込んでいる。

 燃えるような綺麗な赤毛に力強い眼差しを備えた女性とアッシュブロンドに優しい目をした男性、恐らくセシルさんとリアムさんだろう。どちらも端正な顔立ちをしている。

 早くお礼を言わないと!でも日本語で伝わるかなぁ?あれ、そういえば二人とも日本語で喋ってるなぁ。ハーフなのかな。

 などともじもじしていると、ふとお湯に浮かぶ自分の顔が見えた。


 ──は?


 そこには写真でしか見たことがない赤ん坊時代の自分の顔が映っていた。

 これは、一体……?

 咄嗟のことに理解が追いつかない。

 映っている子は私なの?手足が動かなかったのは寒さのせいじゃなくて、赤ちゃんだったから?てかなんで赤ちゃんになってるの私?まさか頭打った衝撃でおかしくなっちゃった?

 意味不明な状況に頭が真っ白になっていると、セシルさんの口から更なる衝撃の事実が飛びだした。


「──雪の中に……捨てられてたのよ……」


 ──私、またしてもぼっちスタートのようです。

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