スプラッシュ

Tempp @ぷかぷか

第1話

「助けて……下さい……」

 休憩時間にトイレに駆け込むと、か細い声がした。慌てて見回す。誰もいるはずがない。なぜならここは個室だ。誰かいるなら幽霊か盗撮しかない。

 幽霊の場合、変態だ。幽霊になってもトイレを覗く。

 盗撮の場合、変態だ。異論は認めない。

「へっ変態! 110番!」

「ち、違います! 違うんです! やめて! 通報しないで! 嫌!」

 その悲鳴で声が子供のものと気づく。

「変態の子ども⁉︎」

「変態から離れてください! 詰まってるんです!」

 トイレに? 詰まる? 何で?

 ともあれまだ何も致していなくてよかった。もし何か致していたら通報されたら言い逃れができない。いや、子どもと個室で2人など既に案件。通報しなくてよかった。ホッ。

「……何で詰まってるんだ?」

「その、私はトイレの花子です」

「花子さん? 学校の怪談の? ここ大学なんだけど」

「私、道に迷いやすくて」

 道?

 確かに上下水道も『道』とはついている。ということはこの排水溝からこちらに出ようとしている、のか?

 突然トイレのドアが激しく叩かれた。

「誰か入ってる?」

「すぐ出ます!」

 まずい、まずいぞ!

 他の人間が来た。このトイレは研究室備え付けで一機しかない。他の個室なんてないんだ。だから諦めないだろう。トイレの個室に水浸しの幼女が出てくるなぞ事件性は極めて高い。御免被る。溢れる脂汗。

「詰まりが直ればいいんだな!」

「ええ! お願いします!」

 勢いよく水栓レバーを引くとゴォと水が流れるとともに小さくあぁれぇという声が遠ざかっていった。今の内だ!

「まだか!」

 その声も切羽詰まっている。

「出ます!」

「って顔色悪いぞ? 大丈夫か?」

「ええ、ごゆっくり」

 それより早くここを離れなければ。

「何をするんですかぁ」

 あの子どもの声が再び排水管の奥から聞こえたからだ。

 花子さんはトイレに現れるものだ。だからその存在の性質として、現れなければ意味がない。とすればきっと、また来る。

 その証拠に、慌てて飛び出た個室から、わぁという叫び声が聞こえた。


Fin

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