味のしない飴を舐める

豆炭

バツ


父と母、弟といっしょに椅子に座る。

配分の違う同じ料理をおなじだけ、お腹いっぱいになるまで食べる。

私たちはそろって手を合わせて

おなじ言葉を口に出す。



いただきます

ごちそうさまでした



気づくのはひどく遅かった。

症状の進行は緩慢で 同じ味の料理は日を開けることが多いから


「このおすし、なんだか味が薄いような」


しょう油でまっ黒になった寿司を食べることが多くなった。

パンに塗るジャムがカップの半分を超えるようになった。

アイスクリームの舌に残る味が、甘味よりもコクやのど越しばかりになっていった。

弟と一緒に食べるおやつの味

数個で満足する弟に反し、まったく物足りないと思うのが

おかしいと気づかされる。

私の舌は異常になってしまっていたんだ。


私の味覚がおかしくなったのと同じような時期だった。

母の様相がおかしくなっていった。

元々神経質な気性があったので、話すこともできそうにない時は

弟が飽きないように外に連れ出したりもしていた。

母は兄のほうに期待しているような顔をよくしていた。

誰の子どもかだけで差別するような人ではなかった。

そのはずだった。


ヒステリーというのは人を一層に変えてしまう

癇癪が収まるまでの夜更けまで、弟と一緒に公園で遊んで家へと戻った。

不気味な

どこも点いていない電飾

部屋の暗さが間取りの仕切りを曖昧にしているような気がした。

弟が私を見ていた。縋ってくるのが分かる。

そっと手を繋いでリビングに向かった。


父と母が机で向かいあって立っている

色も情も映えの無い景色

冷え切った二人の様子に震えた。

母の目が私をみて、弟と繋いだ手を足で断ち切った。

弟が私を見ていた。縋る涙が移った

両親はそのあとに離婚した。



母の視線は監視の合図

急な生活の変化は想像以上に過酷だったのかもしれない。

再婚を考えているらしい男と同居し始めた。

母の癇癪に付き合うしかなくなったので

満足するまで重圧のお仕着せをひたすらさせられた。


違和感は少し前からあった。

舌から拾う味はもうなにも感じなくなっていた。

母の前で上手く咀嚼するフリをして

やり過ごすのは限界だった。


味覚と併せて嗅覚もないと分かって

母に伝えた日は最悪だった。

時期が悪すぎた。

ヒステリックな状態の母は

ご飯を作るのも嫌そうで、息子の障害を知って狂ってしまった。

奇しくも荒んだ情緒に追い打ちをしてしまった。

聞いたことのない叫声をあげて

顔とお腹が腫れ上がるぐらいの殴打を受けた後に

皿に盛った砂山を御膳に出された。



食べろ

味がしないのだろう?


ホラ

「早く食べろ」


砂利の混じった灰色の砂を

あんなに必死に食べたのは初めてだった。

もう思い出したくもない。

歯が痛みで震えた。

味がしない所為で

口の異物を嫌に感じるしかなかった。

食べてはいけない食感がした。

舌が必死に吐き出そうと押し戻そうとする嗚咽の涙がする。

鼻が痛くてツーンとした。


全部ぐちゃぐたになりながら

傷ついて得たのは

母の失望とそれでも母が手放せない

期待への執着だった。


病院で後から全部吐き出した

それ含めて最悪だった。

口にモノを入れるのも拒絶した程

全て嫌になってしまった。

母は神経症の所為でうまく断罪がされないのが腹立たしかった。

追加検査の結果

深刻な色盲になったとわかった。

医者に懇願して、宣告するのだけはやめてほしいとお願いした。

何度も懇願した。



発覚した後で

指で×を書いていった

味覚

嗅覚

色覚

全部駄目になった

バツを書いた。



食事がこの世で一番嫌いだ。

俺の生活で最も煩わしい。

料理なんて作る気も起きないし

味も分かりようがなくて程度も測れない。

自分の経緯を不幸とは思わない。


ただ不味かっただけだった。

毒の芽にうっかり長く触れてしまった所為だ。

そう思わないとやっていけない

失ったと悲観過ぎて感じるなんて。


弟が同じ学校に来るまで

お節介な奴が飯を作りに来るまで

全部いいと思っていた人生は少しだけマシになったと思う。

思うだけだ、詳しく聞かないでくれ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

味のしない飴を舐める 豆炭 @yurikamomem

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る