第11話 事務所が荒れている原因⑦
朱義襲撃事件のことを思い出した士郎は神風に質問を投げかけた。
「それで、神風さんはいつ頃朱義に騙させたんですか?」
士郎はそれとなく、当たり障りのないような会話の中で普通に出てくる質問をした。
だが、士郎はただ疑問に思って質問したわけでなく、この質問をしたのには意図があった。
それは、士郎が朱義襲撃事件の犯人は神風ではないかと疑っていたためだ。
この質問で神風の騙された時期が朱義襲撃事件の前であれば、朱義襲撃事件を起こしたのは神風である可能性が高まる。
何故なら、朱義に嵌められて、このように五体満足で帰ってきた者は今までに一度も存在していないからだ。
これは長年あいぎり地区で情報屋として活動していた先輩の知り合いから聞き得た情報であり、この情報は正確であると士郎は思っている。
そして、先輩たちの情報から朱義に与した者たちは幹部から末端構成員まで抜かりなく殺されている点から、神風が騙されたのは朱義襲撃事件の前であることは明白であった。
だが、あくまでも士郎の予想であり、憶測の範疇から出てはおらず、少しずつ士郎は神風から情報を引き出していき、重要な情報を引き出すという作戦を取っていた。
そうして、士郎はそれとなく、神風に質問を投げかけたのだが、次の瞬間、神風探偵事務所の中が形容し難い何とも言えない空気へと変貌を遂げた。
いきなり事務所の中の空気が変わったことに驚きを隠せない士郎は視線を泳がせた後、自分の前に座る神風へ視線を向けた。
士郎の視界の先には先ほどと変わらない笑みを浮かべている神風が座っていたのだが、彼が纏う空気がこの事務所に漂う何ともいえない空気と同じであった。
その空気は殺気とは違うが、それと似たようなものであり、士郎は神風に圧力をかけられているような感覚に陥り、体の震えが止まらなかった。
それと同時に、士郎は神風の並々ならぬ強者のオーラを感じ取っており、彼はこの空気に当てられるだけで、朱義襲撃事件の犯人は彼であると確信した。
だが、神風から圧力をかけられた士郎は彼からの圧力があまりにも強かったため、震えるだけで言葉が出なかった。
そうして、士郎が神風の圧力に震えていると、
「士郎くんは......朱義がどうなったか知りたい?」
神風がいつもの人の良さそうな笑みを浮かべながら士郎に質問した。
だが、その笑みはいつもの人の良さそうな笑みなのに、どこか不気味であり、神風が何を考えているのか全く分からなかった。
士郎は神風の不気味さに恐怖で体が震えており、言葉が上手く紡ぐことが出来なかったため、首を勢い良く横に振ったのだった。
そうすると、先ほどまで事務所の中に満たされていた形容し難い空気が一気に晴れた。
士郎は先ほどまで満たされていた空気が晴れたことで神風からの圧力がなくなり、安堵のため息をついたのだった。
安堵のため息をついた士郎は神風に入れてもらった緑茶をゆっくりと啜り、再び大きなため息をついた。
そうして、心を落ち着かせた士郎は再び神風の方へ視線を向けると、先ほどと同じ笑みを浮かべていたが、先ほど感じた違和感や不気味さは感じられず、士郎は神風のあの笑みは一体何なんだったのかと首を傾げた。
首を傾げていた士郎であったが、これ以上余計なことを考えて神風に圧力をかけられるのは絶対に避けるべきだと判断し、詮索を入れることはやめた。
士郎が自分への詮索をやめたことで神風は、
「士郎くんは探偵の素質が十分あるみたいだね。面接を受けるに値する人材がきて私も嬉しいよ。まあ、君以外にうちの事務所に面接に来るような者はいないから何ともいえないんだけどね」
士郎がこれから上司になる可能性のある相手でも疑いの目を向け、情報を抜き出そうとする姿を見た神風は、士郎には探偵になる素質があると嬉しそうに褒めた。
そして、神風は士郎にそれだけの素質があるのならば、自分の探偵事務所の面接を受ける資格はあると続けるように言った。
士郎は神風から探偵の素質があると褒められたことが嬉しかったのか、少し恥ずかしそうに頭を掻いて照れていた。
少し照れている士郎に神風は自分の事務所の面接を受けに来るような者は士郎以外にいないので、彼に本当に探偵としての素質があるかはよく分からないと付け加えた。
神風の蛇足により、先ほどまで褒められて嬉しかった士郎の表情は一瞬で真顔へと変わり、先ほどまで褒められたことに喜んでいた自分が少し恥ずかしくなった。
そんなやり取りをした後、神風は改まって士郎に話しかけた。
「それじゃあ、雑談はここまでにして、今から士郎くんの面接を始めようか」
そうして、神風は士郎の面接を始めたのだった。
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