第8話 事務所が荒れている原因④

 士郎は神風が残虐非道で有名な半グレグループ朱義に嵌められたと言うのに、何事もなかったように自分の話をしていることに違和感を感じていた。


 そうして、士郎は神風が朱義から無事に帰ってきていることに不思議に思っていると、ふと少し前に色々とあいぎり地区について教えて貰った先輩と会ったことを思い出した。


 ここ神風探偵事務所に来る数日前、士郎は就職していた会社が倒産してしまい、借りていたアパートの家賃が払えなくなって、住んでいたアパートから追い出されてしまった。


 アパートから追い出されてしまった士郎はどこかの安宿に泊まれるような資金など持ってはおらず、野宿するのに良い場所はないかとあいぎり地区の中を彷徨っていた。


 士郎は行く当てが見つからず、あいぎり地区の中を彷徨っていると、後方から自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。


 士郎は何かの聞き間違いかと最初は無視していたのだが、二回自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきたため、その声は自分の錯覚ではなく、誰かが本当に自分の名前を読んでいることに気づいた。


 誰かが自分のことを呼んでいることに気づいた士郎はその声の方へ振り返ってみると、そこには白髪が混じった茶髪をしているいかにも浮浪者感が漂う中年の男性が立っていた。


 その中年の男性に士郎は見覚えがあった。


 その男性は、


「おおっ!!先輩じゃないですか!!めちゃくちゃ久しぶりっすね!!」


 士郎があいぎり地区で初めて就職した際にこの街について色々と教えてくれた先輩であった。


 士郎が先輩との久しぶりの再会に喜びを感じながら話しかけると、先輩も士郎との再会が嬉しいのか、笑みを浮かべている。


「久しぶりだね!士郎くん!!君も元気にしているようで良かったよ!!」


 先輩は士郎から挨拶をされたので、返事を返したのだが、彼も久しぶりの再会に喜びの感情が溢れ出し、少し声が上ずっていた。


 そうして、二人はこの危険すぎる土地あいぎり地区で再会できたことに喜んでいると、


「それで、どうしたんだい?浮かない顔でフラフラしてきたみたいだけど」


 先輩が少し心配そうな表情を浮かべ、士郎に何があったのか質問した。


 心配そうな表情を浮かべる先輩に士郎は最初、現在の状況を話すのは余計に心配をかけてしまうため、上手いことはぐらかそうかと考えた。


 しかし、士郎を見る先輩は心の底から彼のことを心配しており、それは我が子を心配する親のようなものであった。


 感情を読み取ることに長けている士郎は先輩が自分のことを心の底から心配してくれていることはすぐに分かった。


 そして、先輩が士郎のことを子供のように思ってくれているように、士郎もこの先輩のことを第二の親や歳の離れた兄のように思っているため、ここは彼に少し甘えて本当のことを話そうと決意した。


「実は最近働いていた会社が倒産してしまって......借りていたアパートの家賃も払えなくなって追い出されてしまったんです......それで、持ち合わせのお金も少ししかなくて途方に暮れていたんです......」


 士郎は最初、自分が置かれている状況を平常心のまま説明しようとしたのだが、いざ、現在置かれている状況を振り返ってみると、あまりにも自分が惨めに思えてしまい、悲しそうな表情を浮かべながらトボトボと先輩に伝えた。


 士郎から一連の流れを聞いた先輩は彼のことを励ますように肩を優しくポンポンと叩いた。


 先輩から励ますように肩を優しく叩かれた士郎は彼からの温かい気持ちが伝わってきて、曇っていた心が少しずつ晴れやかになっていくのを感じた。


 先輩に事情を説明し、励まされた士郎は落ち着きを見せると、先輩は士郎に続けてこう言った。


「私の格好を見てもらったら分かると思うが、私も今は浮浪者なんだ。それで、士郎くんに提案なんだが、私が今住んでいるところに来るかい?あそこは私以外にもたくさんの浮浪者たちが集まっていてね、皆で支え合って生きているところなんだ。士郎くんも次の就職先が見つかるまでの間、一緒にそこで暮らさないかい?」


 先輩は士郎が素直に現在の状況を打ち明けてくれたことへのお返しとして、自分は現在、浮浪者であることを打ち明けた。


 先輩の身だしなみから、彼が浮浪者であることを何となく察していた士郎であったが、彼が自分に現在の状況をカミングアウトしてくれたことはとても嬉しかった。


 そして、先輩は現在、浮浪者たちが多く集まる土地に住んでいるらしく、そこでは彼と同じ浮浪者たちが互いに助け合い、とても良い場所のようであった。


 先輩は言葉を続けるように、士郎にそこに新しい就職先が見つかるまでの間、その浮浪者たちが集まる土地に一緒に住まないかと提案した。


 先輩から提案された士郎は、


「はいっ!!新しい就職先が見つかるまでの間、よろしくお願いします!!」


 行く当てもなかったので、彼からの提案をすぐに受け入れ、浮浪者たちが多く集まる土地、あいぎり西公園周辺に先輩に連れられ、彼やそこに住む多くの浮浪者との共同生活が始まった。


 


 

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