第7話 事務所が荒れている原因③

「それで、後々分かったことなんだが、私が飲んだカシスオレンジはどうやら度数が凄く高くなっているのに加え、睡眠薬を混ぜられていたようだ。睡眠薬だけなら大丈夫だったが、いかんせん酒に対してだけは耐性がないのでね。見事に引っかかってしまったよ」


 神風は浮気の原因の一連の流れを士郎に話した後、見事に相手の策略にハマってしまったと自嘲したのだった。


 神風から浮気の真相を聞いた士郎は何とも言えない感情に襲われた。


 確かに神風は浮気をしたのだが、それはあくまでも相手に嵌められたせいであり、彼自身に悪意などは全くない。


 どちらかと言うと、神風は被害者である。


 しかし、彼の妻からしてみれば、相手に嵌められたとはいえ、それは神風の不注意のせいでもあるため、彼にも非があり、彼を責める理由も分かる。


 士郎はどちらの気持ちも分かるため、彼の心境は複雑であった。


 そうして、士郎は複雑な気持ちになったのだが、ふと彼からの話を思い返してみると、彼がバーで嵌められた経緯は話していたが、彼がどのような理由で嵌められたかは聞いていない。


 そのため、士郎は神風が嵌められた理由が気になり、質問することにした。


「それで、神風さんは何で嵌められたんですか?神風さんが生きてるってことは別に命を狙われたわけではないですし、こうやって戻ってきていると言うことは身代金絡みの事件ではなさそうですし......」


 士郎は神風にバーで嵌められてホテルに行った後、何事もなかったように戻ってきている時点で命を狙われていたわけでもないのに加え、身代金関係での事件でもなそうだったので、何の事件に巻き込まれたのか質問した。


 士郎から、どんな詐欺にあったのか質問された神風は真顔からいつもの優しい笑みへと変わり、


「あれだよ、よくある無理矢理襲われたとか嘘を吐いて金をむしり取ろうとするハニートラップだったね。それでーーー」


 自分はいわゆるハニートラップに引っかかったと士郎からの質問に答えた後、詳しい状況説明を行い出した。


 その説明を要約すると、彼が状況が分からずに混乱していると、ホテルの扉が開き、いかにも反社会的組織の人間らしき男たちが部屋の中に入ってきたようだ。


 そして、その反社の男たちは状況理解ができておらず、混乱している神風に自分たちのキャストに無理矢理手を出すのはどうだのハニートラップで良くあるセリフを吐いたらしい。


 そのセリフを聞いた神風は初めて自分がハニートラップに引っかかったと理解したとのことである。


 現在の状況に神風の理解が追いつくと同時に、その男たちは神風に慰謝料だの謝礼だの言って多額の金を要求してきたようだ。


「私にハニートラップを仕掛けてきた彼らはどうやら最近名を上げ始めていた半グレグループの『朱義あかぎ』と言う連中だったようだ。私はハニートラップを仕掛けられる前までは知らなかった組織だったが、中々に小賢しい手口を使う奴らだったよ」


 神風は付け加えるように、自分のことをハニートラップで嵌めてきた者たちはこのあいぎり地区で最近名を上げ始めていた半グレグループの朱義であると士郎に伝えた。


「えっ!?神風さんのことを嵌めた連中って、朱義だったんですか!?」


 神風から自分のことを嵌めた連中は半グレグループの朱義と聞いた士郎は驚きのあまり大きな声で復唱してしまった。


 士郎が驚くのも無理もない。


 神風は自分が嵌められるまでは知らなかったと言っているが、この半グレグループの朱義はあいぎり地区の中でも有名な半グレグループであり、この地に住んでいる者は絶対に知っておくべき者たちである。


 神風は最近名を上げてきた半グレグループと言っていたがそれは間違いであり、彼らは遥か昔からこのあいぎり地区を拠点とする大きな半グレグループで、そのずる賢い手口で罪なき人々から金を巻き上げ、構成員の数と強力な武闘派の主戦力でこの激戦区のあいぎり地区に根を張り続けていた。


 彼ら朱義は危険ドラッグの販売や製造、今回の神風のような詐欺はもちろん、暗殺や死体処理など、その仕事の幅は多岐にわたる。


 朱義はドラックの販売や詐欺など、基本的に手が掛からない仕事は下っ端構成員たちにやらせているのだが、彼らには他の半グレ組織やマフィアとの抗争のために武闘派の構成員たちも存在する。


 その構成員たちの多くが殺しのプロであり、朱義の種戦略と言っても過言ではない。


 士郎もこのあいぎり地区で初めての仕事に就いた時、その会社の先輩から様々な危険な組織を教えられたが、その中にこの朱義と言う半グレグループの名もあった。


 その先輩の話によると、朱義に嵌められた者たちで彼らに反抗しなかった者たちは彼らが運営する組織の労働力として、死ぬまでこき使われるそうだ。


 そして、その先輩は長い間あいぎり地区で生活してきたが、朱義に嵌められた者たちの中で反抗した者たちの話は聞いたことがないらしく、その話から彼らに反抗した者たちは命を落としていると言うことは容易に想像つく。


 そんな危険な半グレグループに嵌められたと言う神風は本当に不憫であるなと士郎は心の底から思った。


 そうして、士郎が朱義に嵌められてしまった神風のことを不憫に思って眺めていると、心の中で何かが引っ掛かったらしく、士郎は強烈な違和感に襲われた。


 その違和感が何なのか確かめるべく、士郎は一連のやり取りを思い出してみると、その違和感の正体に気がついた。


 その違和感の正体とは、


(なんで、神風さんは朱義に嵌められたのに、普通に帰って来れているんだ?)


 悪名高き朱義に嵌められてしまったと言うのに、普通にこうして、自分の目の前で平然としていることであった。


 


 


 


 

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