第3話 士郎、危険な事務所に強制入室させられる

 神風から自分の血で真っ赤に染め上げた白いシャツを着たまま何事もなかったような笑顔で自己紹介をされた士郎は引き攣った笑顔を浮かべたまま神風に自己紹介を始めた。


「初めまして、僕は荒鉄 士郎です。今日はよろしくお願いします」


 士郎が神風に当たり障りのない自己紹介をすると、彼は笑顔を浮かべたまま士郎の方へ手を伸ばしたのだった。


 士郎は最初、神風が伸ばした手の意味が分からずに頭を傾げていたが、直ぐに彼が自分と握手するために手を出したのだと気づき、士郎は神風の手を握った。


 そうして、二人は握手をすると、士郎は気になっていたことを神風に質問した。


「あの......平然としてますけど、怪我の方は大丈夫なんですか?明らかに、出血多量で死にそうな量の血が流れていたような気がするんですけど......それに、傷の方もひどいようでしたし......」


 士郎は先ほどから気になっていた神風が明らかに致死量の血を流しているのに加え、上半身にガラス片が大量に刺さるという大怪我を負っているのに、平然とした態度をとっているが、本当に問題ないのかと質問した。


 士郎から怪我の心配をされた神風は少し驚きの表情を浮かべていたのだが、直ぐに先ほどまでの笑顔を浮かべた。


 士郎は別におかしな行動をしていないのに、神風が一瞬、驚いたような表情を浮かべたことを不思議に思い、何か自分は知らないうちにおかしな行動でもとってしまったのではないかと自分の行動を振り返り始めた。


 そんな士郎を見た神風は、


「いやいや、士郎くんは別におかしな行動をしていないから気にしないでくれ。ふふっ、確かに普通の人からしたら、こんな大怪我してたら心配するのは当たり前か。私はこう見えても体はだいぶ頑丈な方でね。この程度の傷で死ぬことはないから安心してくれ」


 士郎は別におかしな行動をとったわけではないので、気にする必要はないと答えた。


 そして、神風は微笑んだ後、普通ならば、こんな大怪我をしている人を見たら心配するのが当たり前であることを思い出すかのように呟き、士郎に自分の体は頑丈な方なので、この程度の怪我で死なないから安心してくれと続けて言ったのだった。


 神風からこの程度の怪我では死なないから安心してくれと伝えられた士郎は明らかに普通の人であれば、死ぬような大怪我でもこの程度で済ませられる神風はどれだけ体が頑丈なんだと思ったが、彼が大丈夫と言っているので、士郎はこれ以上ツッコミを入れることをやめた。


 神風にツッコミを入れるのをやめた士郎はよくよく過去を振り返ってみると、


(よくよく考えてみれば、あいぎり地区に住んでる人はこれくらいの怪我で死なない人が大多数だったな......金属バットで本気で何度も殴られたのに生きてることなんてザラだし、銃弾を十数発喰らっても生きてる奴もいるし。相変わらず、この地区に住んでいる人たちは人間離れしてる奴らばっかりだな)


 あいぎり地区に住んでいる人で金属バットで何度も頭を殴られ、頭が割れてしまったのに命が助かることなんてザラにあることを思い出した。


 更に、士郎は過去にマフィアと大型半グレグループの抗争に巻き込まれたことを思い出し、その時に、マフィアのマシンガンによって蜂の巣にされてしまった半グレの一人が別の日に平気な顔をして、その辺を歩いていたところを見かけたことも思い出した。


 そんなイカれた耐久力を持つ人たちをたくさん見てきた士郎は確かに、このあいぎり地区に住んでいる人ならば、致死量の血を流したところで死なないのは当たり前な気がしてきた。


 士郎が過去の出来事から致死量の血を流したところで人が死ぬことはないとあいぎり地区での常識を思い出したところで、


「まあ、外で話すのは何だし、事務所の中へ行こうか。事務所の中にはブチギレてる人がいると思うけど、多分大丈夫なはずだが......」


 神風がせっかく事務所が目の前にあるので、これから先のことは外で話すのではなく、事務所の中で話そうかと士郎に提案し、少し不穏なことを呟いた次の瞬間、


『ガシャャァァアアアンンンン!!!!!バキバキバキバキ!!!!!パリィィィイイイインンンン!!!!!』


 神風探偵事務所の中からものが倒れて壊れるような音や何かにヒビが入るような音、ガラスのようなものが割れるような音が外へ漏れ出てきた。


 その音を聞いた士郎は再び顔を引き攣らせた。


 士郎の隣で歩いていた神風も中から聞こえてきた騒音に一瞬、顔を引き攣らせたのだが、直ぐに笑顔を作り直し、士郎の方へ視線を向けながら話を続けた。


「まあ、少し騒がしい気がするけど、大丈夫だろう。うん、きっと大丈夫なはず......と言うわけで、事務所の中へ行こうか、士郎くん?」


「いやいや、明らかに今、事務所の中に入るのはまずいでしょ!?中から凄い音が聞こえてきましたよ!?」


 神風が何事もなかったかのように士郎のことを事務所の中へ案内しようとしたのだが、命の危機を感じた士郎は事務所の中へ入ることを拒否した。


「いやいや、そんなに警戒しなくても私の事務所はとても安全だから大丈夫だよ!!少々ドアガラスが割れてしまっているだけで、何の変哲もないどこにでもある事務所だからさ!!」


「いやいやいや!!さっき事務所の中から物が壊されるような音が聞こえてきたじゃないですか!!確かに、見た目は普通の事務所ですけど、それでもあんな音聞いたら中になんか入りたくないですよ!!」


「いやいやいやいや!!士郎くんもよく思い出したまえ!!ここは世界一危険なスラム街あいぎり地区だぞ!?物が壊れるような音が聞こえてくるなんて日常茶飯事ではないか!!」


「確かに......ここに3年住んでますけど、物が壊れるような音が聞こえてくるのは日常茶飯事ですね......って!!そんな言い訳聞かされても嫌なものは嫌っすよ!!わざわざ危ない場所と分かっていながら行くなんてことはあいぎり地区では御法度ですよ!!」


 そんな風に神風と士郎は言い争いをしていたのだが、最終的に士郎は無理矢理手を引っ張られてしまい、神風探偵事務所の中へ連れ込まれてしまったのだった。


 

 

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