第4話 かくしごと


「いいか?汎用魔法ってのは誰でも使える魔法、固有魔法はその人しか使えない魔法ってことだ。まぁ例外もあるらしいが」

「ほえ~」

あの乱闘騒ぎの後で、僕はスケルトンことテーバさんに一晩泊めてもらうことになった。何でも『成り行き』だそうだ。そして一晩を同じ部屋で過ごしたことにより、僕のテーバさんに対する恐怖心はもうすっかりと薄れて、朝になったら素直にこの世界について色々と聞くことができた。

「この世界には『獣』とかいうヤベェ奴らがウヨウヨいる」「それを倒して金稼ぎしてんのがギルド」「今じゃギルドは領主なんかとほぼ同じ権力を持っている、てか癒着?」

後半はほとんど今の政治体制への文句だったので聞き流したのだが、やはり僕として一番気になったのは、最初に話していた『魔法』の所だ。

「いいか、とにかく今の国王はゴミだ。アイツは俺達デミヒューマンのことを何にも」

「あ、あの。ちょっとスイマセン」

白熱するテーバさんの話を切って、間に質問を挟む。

「そのっ、汎用魔法って僕にも使えるんですか?」

「おぉよ、そりゃ使えるぜ。てか言葉さえ話せれば5歳児だって使えらぁ」

「ほ、ホントですか!」

ギルドや魔法、そして目の前のテーバさんを見て、僕はすっかりここが異世界だと確信していた。もうこうなればヤケだ。いっそこの世界に順応して自由に生きてやる。そのためにはここじゃ常識らしい『魔法』を使えるようにならなきゃ。

「お、お願いします。ぜひ僕に魔法を教えてください」

「なにー?別にいいけどよ。普通汎用魔法なんて子供の時から習っ」

ここまで言った時にテーバさんの顎が止まった。そして

「教団か?」

「え」

「あっ、あぁいや。違うならいい」

テーバさんは一瞬ピリ付いた空気を仕切り直すよう、ゴホンとわざとらしい咳をして立ち上がり

「よっしゃ、じゃあ練習しやすい近くの湖にレッツゴー!」

と高めのテンションで騒いだ。


歩いて15分くらいの所、町のはずれにその湖はあった。花畑ってほどでもないがほとりにはチラチラと可愛らしい花が咲いている。

「おーし、じゃあまずは基本の炎魔法『フレア』からだ」

「は、はい!」

魔法が基本のこの世界では初心者三大魔法というのがあって、それが使えないと仕事にもつけないらしい。今日はそのうち一つの『フレア』を学ぶことになった。

『今は泊ってていいけどよ。いつかはお前も自分で稼がなきゃなんねぇ』

というわけで上手くいけば人生初の魔法発動になるのだが

「いいか?とにかく心で叫ぶんだ『フレアッ!フレアッ!』って感じで」

「はいっ!ふ、フレアッ!」

何も起こらない。

「もっと燃え盛る炎をイメージして!」

「はいっ!ふ、フレアッッ!!」

何も起こらない。

「もっと熱い気持ちを体全体で表現して!」

「はいっ!ふっ、フレアッッッ!!!」


叫び疲れた僕は地面に突っ伏してゼェゼェと息を切らしていた。

「うーん、火花さえ出ないとは」

テーバさんが湖で顔を洗いながら言う。

「ボウズ、残念だがお前に魔法の才能は無いらしい」

真っすぐに放たれた言葉が心に刺さる。確かに自分も手から火が出るなんて思ってなかったが『もしかしたらこの世界なら出せるのでは!?』と期待していた分、がっくりと肩を落とす。

「まぁしょげんなって、俺だってそんなにだぜ」

そう言うと彼は立ち上がって空に向けて「フレア!」と叫んだ。すると

『ポンッ!』と一瞬だけ親指くらいの炎が出た後、すぐに線香花火のように力なく地面に落下していった。

「な?魔法ってのは才能、ひいては魔力量が全てなんだよ」

「魔力量?」

「魔法の才能そのものみてぇなモンさ。噂じゃ帝都の魔法使いは同じ魔法でも規模が10倍ちげぇんだと」

「10倍!?す、すごい」

「あ~、俺にもそんだけ力があったらなぁ」

タオルで顔をグシグシしながら「はぁ~」とため息をつくテーバさん。しかし突然立ち上がると威勢よく、僕に向かってビシィと指をさした。

「だが!そんな帝都の魔法使いでも使えない魔法がある!」

「え、そんなものが」

テーバさんはふふんと鼻を鳴らしそして

「おう!行くぜぇ、これが必殺の『ボーンマジック』」

そう叫ぶと腕を思い切り前に突き出してくねくねとさせた。黙ってよーく見ていると何やら最初に比べて違和感が

「あっ!」

「ははっどうだ。関節が増えているだろう」

彼の二の腕にはさっきまで無かったはずの関節が1つだけ増えていた。テーバさんはそこを曲げて背中に手を伸ばすと「このように痒い所に手が届く」と言ってぽりぽりと背骨を掻いて見せた。

僕は「お~」とパチパチ拍手する。

「これが俺の固有魔法だ。俺にしか使えない、最高にゴミみてぇな魔法さ」

「い、いやそんなこと」

「はぁ」とため息をついて彼は首を振った。

「お世辞はいい。昨日の金髪男、覚えてるか?」

「あ、はい」

「アイツはカナンってんだが。奴は『危機察知』の魔法を使える」

「『危機察知』?危険が分かるってことですか?」

「あぁ、何でも攻撃が来る方向からオーラを感じるんだと」

テーバさんは何気なく拾った石で水切りをしながら言う。

「昨日俺の『オーラルビーム』を軽々避けたのも、この魔法の効果だぜ。固有魔法ってのは魔力量以上にどうしようもねぇシロモンなのさ。持って生まれちまうと、もう変えらんねぇ」

「な、なるほど」

「だーが、ある意味では平等だ。固有魔法ってのはどの人間にもある、つまり」

ポシャン!と石が水面をはねて沈む。

「お前にもあるってことだ。何か心当たりとかねぇか?」

「心当たり?」

僕は今までの自分の人生を振り返る。幼稚園、小学校、中学校、心当たりなんてない。だが最近、それこそ昨日に思い当たる節があった。

「あ」


『拍手すると星が爆発する能力』

文面通りならこんな魔法が汎用であるはずがない。つまりこれこそがこの世界の規則に当てはめられて得た僕の固有魔法ってことか!

「何だ、やっぱりあるのか?」

「え、いや。ははは、すいません無いです」

僕はとっさに嘘をついた。こんな危険な世界を滅ぼしかねない能力なんて他の人達にとっては害そのものだ。ここで正直に言うくらいなら黙っておいたほうが良いと思った。というか絶対知られてはならない、頑張って隠さなきゃ。

「そうかぁ、じゃあ鑑定士のとこ行かなきゃなぁ」

「鑑定士?」

「固有能力を判別するアイテムがあってな。それを使える人達さ」

「え」

「診てもらうのはタダだから、行きゃあスグに分かるぜ」

「まっ」

『マズイ!!』

固有能力を判別なんてされたら一発でバレる。こんな危ないのバレたらその場で、最悪殺されるかもしれない。でも『鑑定士?はは、行きませんよ』なんて『え、何で?』ってなるだろうし、上手いこと誤魔化して何とか行かなくていいような。

「ん、どしたボウズ?」

「ま、ま、待ってください。あのデスネ」

僕があたふた言い訳をしようと手をシュバババっとしていたその時


「あ、いたいた~」

小道の奥から和やかな女性の声が聞こえた。

「おぉ、サキ」

テーバさんは女性に手を振ると小走りで駆け寄って行った。どうやら面識があるらしい。僕も挨拶をとテーバさんの後を付いていく。が、近づくにつれて段々と。最初は白いワンピースでも来ているのかと思ったのだが

「紹介するぜ、コイツは俺の彼女でな。同じくスケルトンのサキってんだ」

「あっ、そっ、よろっ。っス」

「はい。よろしくね~」

骨が増えた。だが一応骨格の違いでキチンと女性である。

「この子が例の?」

「おう、まだ分かんねぇけど」

サキさんはテーバさんにごにょごにょと話しかけている。それがひと段落着いたのか改めて僕に「よろしくね~」と言って微笑んだ。

「そういえば魔法の練習してたんでしょう?どうだったの」

「おぉ、それがよ。コイツ魔法の才能が全然無ぇみてぇでな。ついでだからサキ、コイツ見てやってくんねぇか?」

「え、『見る』?」

「サキはよ、魔法相談師でな。さっき話した鑑定士に似てはいるんだが、まぁこっちは汎用魔法専門の医者みてぇなもんだ」

「へぇ凄い」とよくも分からず感心していると、サキさんはそっと僕の手を取った。もちろんこれにより僕の背骨が縮み上がったのは言うまでもない。


「それじゃ『サーチ』するわね」

彼女はそう言うと頭を少し下げて集中し、手の甲をもう片方の手で優しく撫で始めた。すると

「!」

撫でられた部分からゆっくりと、光る刺青のような、メロンの皮模様のような網目がジュクジュクと広がって挙句それが肩にまで昇り始めた。

「うわっ!」

「大丈夫だボウズ。楽にしてろ」

テーバさんにそうは言われたもののやはり何だかぞわぞわする。僕は強く目を瞑って『何事もありませんように』と祈り、ことが終わるのを待った。

そして数分後

「終わったわ」

そっと目を開けると先ほどまでの網目は消えて、すっかり元の肌に戻っていた。一応さすってみたりしたが感触にも違和感ナシ、良かった。

僕はお礼をしようとサキさんに「あっ」と声を掛けた。しかし彼女はどうやらさっきまでの和やかさとは一変して真剣な面持ちで考え事をしているらしく、腕組みをして首を少し傾けている。

「おいサキ、どうだったんだよ」

そんな彼女をテーバさんはガサツにゆっさゆっさと揺らした。

「いや、ごめん。なんて言えばいいのかな」

彼女は腕組みをしたまま僕の目を眼球のハマってないない眼窩で真っ直ぐ見つめた。

「正直、魔力量だけなら帝都の魔法使いの比じゃないわ」

「は!?」

テーバさんは大声を上げて驚く。呼応するように湖から鳥が数羽飛び立っていった。

そのまま声量を落とさずにテーバさんは続ける。

「じゃあ何で初級魔法のフレアさえ使えねぇんだよ」

「それは簡単よ。この子、体に魔法を使うためのシステムが無い」

「あん?どういうことだ」

「そう、例えるならインクは大量にあるのに肝心のペンが無い。みたいな?」

そう言われてもピンとこない、そんな思いからかテーバさんは「う~ん?」と唸った。合わせるようにしてサキさんも「う~ん?」と唸る。

「でもなーんか。変なのがあるのよねぇ」

「へ、変なの?」

「そう、まるで後から無理やりつけられたみたいな。後天性の何か」

彼女は自身の考えを整理するためにも話しながら考えている。そのためか時々自分の言葉に対して「いや」や「けど」などがこぼれてくる。

「魔法のシステムが無い、あるいは無くなる病気は確かにあるわ。けどその場合は不要になった魔力も一緒に捨てられて魔力量はゼロになるはず、ペンが壊れたのにインクだけ持ってても意味ないからね。だけど君は、いや、そもそもその魔力量もおかしい。魔力量は基本的には遺伝、つまり親の能力が大きく影響してくるわ。けどこんな魔力量、例え今の高位の魔法使い2人がくっついたとしてもこんな量にはならない」

「でも」「もし」「これなら」「つまり」


「あー自分の世界に入っちまったな」

テーバさんがサキさんの頬をつつきながら「ふぅ」と肩をすくめる。

「悪ぃなボウズ。こうなったらサキはもう戻ってこねぇぜ」

「あっ、いえいえ」

「タチの悪い魔法オタクだぜ」

彼はそう言いながら湖のほとりに置いてきたタオルを取りに行った。

『そう、まるで後から無理やりつけられたみたいな。後天性の何か』

さっきの話、僕だけがその真実に気付いている。多分後で授かった能力だからそんな風になったんだろう。それに魔法のシステムが無いのだって、元々魔法が無い世界の住人だったんだから当然と言えば当然。だけど

「大量の魔力量?」

オマケでつけてくれたのかな。でもそれなら魔法のシステムもセットにするはず。

「まぁ、きっとうっかりしてたんだな」

僕は取り合えずそういうことにして湖の水面を眺めた。

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