第3話 よろしくおねがいします


「う、うぅーん」

まず目が覚めると真っ白な天井が見えた。次にぶら下がった電球、そしてその電球をミラーボールとして小さな羽虫達が小粋なダンスを踊っていた。

『ここは?』

上体だけをゆっくり起こすと、下はソファーで体には薄いランケットが掛けられていた。誰かが気絶した僕を看病してくれていたのかな?でもなぜ気絶してしまったのか肝心なところが思い出せない。

「う~ん、一体何があったんだ?」

「『一体何があったんだ?』じゃねぇよ!」


いきなりの大声が耳元で炸裂し、驚いてソファーから転げ落ちる。急いで目をやるとソコにいたのは

「うぎゃ!!ほっ、骨ぇ。ホネ」

ソファーの横には、かつて通っていた小学校において不気味すぎるあまり子供が泣き出し、結果として理科準備室に押し込まれた珍品。要するに人骨標本が目玉も入ってない空っぽの眼窩で僕を見下ろしていた。

「おい!失礼だろうが恩人にむかってよぉ!!」

人骨はソファーのブランケットを丸めると僕の顔にぶん投げる。ボスッ!とした毛布の感触が結果として再び旅立ちかけた僕の脳を現実に引き戻した。


「ったく、スケルトンったってそんな珍しいもんでもねぇだろうが」

人骨は腕組みをしてハァと息を漏らすと、ぶっきらぼうに

「まぁいいや。払うもん払ってとっとと出てけ」と言った。

「は、はらうもん?」

「そうだな、3000ステラでいいぜ」

組んでいた腕を片方だけ解いて「ん」と喉だけ鳴らし、手のひらをパーっと広げる。

「ひぇあ、あふぇ。あう」

その滑らかな動きは目の前の人骨がタコ糸や磁石なんかじゃないことを示していた。結果として脳は状況の理解を拒み、その代償が体を駆け巡って震える。


「おいおい、腰抜かしてやんの」

人骨はソファーを周って、ゆっくりとこちらに近づいてきた。僕は投げられたブランケットを強く掴みプルプルと体を震わせる。

「心配すんなって、何もしねぇよ」

そう言うと膝を曲げて腰を落とし、再び「ん」と手のひらを広げた。

「3000ステラな」

「す、すすすてら?」

「金だよ、かーねー」

「か、かねっ?」

今にもビビってる体の振動でカクテルになりそうだったが、ファンタジー存在の口から現実的な単語が出てきて何故か少し我に返る。

「おうとも、まさかタダで俺に看病させるワケじゃねぇよな?」

「え、えぇ。でも僕」

唾を飲み込んでボソッと呟く。

「お金持って無いです」

「あぁ!!?」

「ひっ」

人骨はその白い手で僕の体をバシバシまさぐると

「はぁ~~~」とさっきとは比にならないくらい大きなため息をついた。


「マジ無一文かよ!?」

「マジ無一文です!!」

キッ!と人骨に睨まれたような気がしてブランケットを頭からかぶる、そしてその間に人骨は頭を抱えて呟いた。

「おいおいおい、マジかよ。これじゃ借金どうすんだマジで」

「しゃっきん?」


チリチリーン 盛り上がる部屋を静めるようにドアの外からベルの音が聞こえる。

「げっ」人骨は明らかに嫌そうな声を出して顔をそっちに向けた。

「な、なに?」

「いいかボウズ。そのままブランケット被って部屋の隅でジッとしてろ」

吐き捨てるように言い残して人骨はドアの方へと歩いて行き、外へ出る。

僕は逃げることも考えたが腰が引けて立てなかったため、仕方なくブランケットにくるまって転がりながら言われた通りに部屋の隅に移動して息を殺した。

するとしばらくしてから3人の男が部屋に上がり込んでくる。


「おーおー、シケた家だなぁ」

金髪のガラの悪そうな男が部屋をじろじろと見渡して言う。

「へへっ、すいません。もてなしとか出来なくて」

その男に対して人骨は頭をヘコヘコさせていて、何だか恐れているようだった。

「お前をダシにしてスープくらいは作れんじゃねぇのかぁ?」

「ははは」残りの取り巻きっぽい男2人が笑う。

それを見て人骨も「は、はは」と笑った瞬間、ドンッ!!と机を叩く音が部屋に轟いた。

「ヘラヘラしてんじゃねぇよ、あぁ?金も返せねぇ肉無し脳無しロクデナシ野郎が」

取り巻き2人が人骨の腕を片方ずつ掴んで押さえつける。

「うがッ!」

「まずアバラからな」

「ま、待って」

「何だ?借金のヘンサイ待たしてる分際で、骨折るのも待って欲しいですってか?」

「ぐッ、うぅ」

男は腕をグルグル回す。

「じゃ、いっきまーす」

「ちょ、ちょちょちょ」

「あ?」


ブランケットを脱ぎ捨て、生まれたての小鹿のようにプルプルと立ち上がる。

「いけません、暴力はいけません」

「ボウズ!?」

「何だテメェはよ?」

「あ、いやあの」

男は眉間にシワを寄せながらズシズシと近づいて来て、僕のお腹を一発殴った。

「うごッ!」

「分かってねぇから教えてやるよクソガキ、いいか?悪ィのは借金してるコイツの方で俺たちは正しい側なの。それなのに急に出てきて『暴力はいけません』とかホザいてんじゃねぇぞ」

「う、げほっ」

「なっ、何が正しい側だ」

後ろで押さえられていた人骨が震えながら叫んだ。

「墓を人質に莫大な利息取りやがって、おかげでスケルトンは」

「スケルトンは、何?」

男は振り返って人骨を見下ろす。

「確かにお前らスケルトンは自分の墓を壊されたら存在が消滅する、でもそれが?借金返したくねぇなら消滅すればいいじゃん」

「な、死ねってのか!?」

「おぉ、そうよ」

「このクズが!!」


人骨は怒りに満ちた声を吐きながら口を大きく開けて叫んだ!

『オーラルビーム!!』

その瞬間、頭蓋骨の周りを小さな光子が漂い始め、やがてそれが口内に収束する。

「兄貴!」取り巻きが叫んだ。しかし

「へへ、上等じゃねぇの」

金髪の男は余裕そうに笑って、人骨に話しかける。

「おいテーバ。それ撃ったらお前、分かってんだろうな?」

「おう、分かった上でやってんだよ!」

光子は集まり、段々と大きくなって光の玉を形成する。そして『発射!』の掛け声とともにその球は高速で男めがけて飛び出した。だが

「はん、馬鹿が」

男はヒョイと体を回転させて避ける。その結果

「うごっ」

光の玉は僕に当たって、その後小さな花火みたいにはじけ飛んだ。

「ボウズ!?」

「あひゃひゃ!眼球がねぇと狙いも定まらねぇか?」

「あっはっは!!」「ダッセーなぁ」

「いいかぁ、よく聞けよ。ホネホネ野郎」

男は人骨の頭を思い切り踏みつけて睨む。

「今のはあのガキを狙ったってことで許してやる。だがな次はねぇぞ?」

頭蓋骨に「ぷッ!」唾を吐きかけると「おい、行くぞ」と言って男達は立ち去って行った。


「チクショウが!!」

人骨は拳を床に叩きつけた後で深呼吸をすると、僕の元に寄って来る。

「おいボウズ、大丈夫か?」

「は、はい。全然」

「悪いな、勝手に看病して怖い目合わせちまってよ」

人骨は側に座り込んで頭を下げた。

「どうしても金が必要だったんだ」

「そ、そんな、いいですよ。墓?が人質に取られてるんでしょ?」

「あぁ、そうだ」

疲れ果てた声で消える様に呟き、窓の外を眺める。

「スケルトンは自分の墓を壊されたら存在消滅するのさ。ゴミみてぇな種族だよホント」

「いっ、いやいやいや。そそそんなことないです」

僕は起き上がって首をブンブンと振る。

「さ、さっきの光の球?とかメチャ凄かったですよ!」

「あぁ、アレか」

窓の外を眺めたまま、人骨はため息をつく。

「あんなのただの汎用魔法さ。誰でも使える」

「え?ハンヨウマホウ?」

「俺もあの金髪みてぇな固有魔法があったらな」

「え?コユウマホウ?」

人骨は顔をこっちに戻すと

「お前、マジで何も知らねぇんだな」とあきれた様子で言った。

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