呪いの剣よ、いざ抜かん Ⅰ
壮観だ。
小走りに道を進みながら、俺は思った。
前方、見上げた先にあるのは、世にも不思議な超巨大な樹木。トンネルを抜け、はじめてこの妖精の里へ足を踏み入れた時も、まったくおなじ感想を口にした。
詩人がこの地を訪れたのなら、もっとうるわしい言葉でこの幻想的な風景を飾ってくれただろうに。自分のつたない表現に、ちょっとばかし歯がゆさを覚えた。
里の中心にそびえ立つ大樹の元へ、俺は急ぎ足で向かっている最中であった。
先導するのは、妖精カール。その後ろを妖精ウェンディが羽を動かして続き、一番最後に人間の俺が地道に徒歩で追いかけているといった次第だ。
「ハァハァ……」
少し息が苦しくなってきた。そこそこいい時間走り続けているのだが、まだ妖精たちの向かう目的地には着かないらしい。
大樹の根元は、地形がこんもりと丘のように盛り上がっている。まだ昼間の疲労が抜けきってないせいもあり、急な
(おまけに、歩きにくいし……)
地面からむき出しになった根っこに、幾度と足先が取られそうになったか。大樹へ近づくにつれ、足下は根に埋め尽くされてボコボコしていた。
つまづかないように気を配る。ちょこちょこ避けながら進む分、どうしても足取りは遅くなっていった。
けれど、下方へ傾く体力とは裏腹に、俺の心はしゃんと高ぶっている。いまはまだ夜更けだが、眠気などなかった。
当然だ。だって妖精の里という、いまだかつてない未知の領域に、俺は足を踏み入れているのだから。
冒険者としての好奇心が、足を前へ前へと突き動かす。
(外の世界に出なきゃ……こんな景色、見れなかったしな)
すでに前方の視界は、巨大な幹で埋まっている。
うねる根は、ついに俺の肩の高さまでせり上がっていた。夢じゃない。手近な根をぽんぽん叩いて、俺は口元をゆるませる。
本を読むだけでは得られない体験を、いまこの身を持って体感しているのだ。荒い呼吸も、ドクドク動く心臓の音も――ああ、なにもかも本物であるという実感が、この上なくいとしく思えた。
「あらら、もう息切れなの?」
なっさけなーい。
と、人を小馬鹿にする声が近くから聞こえてきた。
俺がキョロキョロと辺りを見まわすと、すぐ脇を妖精ウェンディが併走するように飛んでいた。
「あれ? おまえ、さっきまで前を飛んでいたのに」
「…………」
どうやら、妖精はわざと飛ぶ速度を落として、こちらの様子をうかがいにきたようだ。
気づかいか、それとも単にあおりにきただけなのか。まぁ後者が妥当だろうな、とうっすら思った俺は短い息を吐いた。
「はぁ、おまえたちは楽でいいよな。空を自由に飛べるから、きつい坂でも悪路でも関係ないし」
「失礼ね。そう楽じゃないのよ、飛ぶってのも」
俺の皮肉に、いやに澄ました口ぶりでウェンディが返した。
それから、彼女は俺の肩にぐっと接近する。
「羽を動かすのも体力がいるの。それに吹いてくる風の加減次第じゃ、飛ばされちゃうこともあるしね。
と、いうわけで、アタシもう疲れちゃったから――」
「うん?」
ふいに羽の動きをゆるめたウェンディは、そのまま俺の肩に止まった。「おあとは、よろしく」と肩の上にちょこんと座って、ひらひら手を振ってくる。
「こら、ちゃんと自分の羽で飛べって」
俺は運び屋じゃないんだぞ。
と、妖精の図々しさに苦言を漏らした。妖精の体は軽いため体力の負担にはならないとは思うが、俺は前を飛ぶもう一人の妖精を指さして言う。
「おまえの仲間は、ちゃんと自力で飛んでいるぞ。……ああ、ほら見ろ。もう、あんな先へ進んでいる」
「ふーん……」
ウェンディは半目で、前を飛ぶカールの後ろ姿を見つめている。小さい体で一心不乱に羽をはためかせる仲間の姿を見て、彼女はなにを思ったのだろうか。
俺がしかめ面をしていると、やがてウェンディは呆れたようなため息を吐いた。そして、肩をすくめる。
「もういいわ。カールの好きにさせてみる」
「?」
なんのこっちゃ、と俺は首を傾げる。
一方で妖精の深緑色の瞳には、なにやら強く決意をしたような熱が宿っていた。
「子分が自ら考えて動いたんだもの。ここは黙って見守ってあげるのが、上に立つ者の器よ。
……ま、あんたを使ってまでしてうまく事が運ぶだなんて、アタシはこれっぽっちも期待してないけれど」
事情はよくわからないが、ウェンディはすっきりした表情を見せている。反対に俺は疑問だらけで、眉間のシワを深めるばかりだ。
そこで俺は改めてこの妖精の里について、いくつか彼女にたずねることにした。とりわけ、目の前にそびえるあの大樹のことは深く知りたい。
「
ウェンディは、大樹の名を口にした。
そこからつらつらと、彼女は大樹にまつわる伝承や、妖精族との関係を話してくれた。これまた驚くほど素直にしゃべってくれたので、俺はひっそり目を大きく開いていたが。
千年樹は、かなり古い時代からこの地に生えている樹木らしい。長いこと人目に見つからなかったのは、大樹を中心とした里のまわりに特別な結界を張っているためである。
「なるほど。だから茂みの外からは、ふつうに森の風景が続いているように見えたのか」
ほかにも妖精族の生活や、彼らを指導する長である女王の存在、里内のざっくりとした地形について教えてもらった。
「それで、あのカールって妖精はさ」
ひと通り情報を整理できた俺は、話の締めに目の前を飛ぶ妖精カールのことについてたずねた。
「俺たちをどこにつれていこうとしているんだ? なにかあるのか、あの千年樹とかいう樹の近くには」
「……行けばわかるわ。あと、もうちょっとだもの」
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