呪いの剣よ、いざ抜かん Ⅱ
ウェンディの言うとおり、大樹の幹は目前まで迫っている。
もはや壮観だ、なんてのんきな台詞は口にできない。まるで怪物だ。
規格外の迫力を前に、先程までの感動は得体の知れない恐怖へと変わってしまう。自然と、俺の表情がこわばった。
「こっち、こっちだよ!」
カールの声だ。
見れば、彼は俺たち二人に向かって、大きく手を振って声を張り上げている。
「そんなに大きな声出さなくったって、ちゃんとわかるわよ!」
ウェンディも声を上げて返事をした。
それから、彼女はようやく俺の肩から飛び立つ。「ごくろうさま」とだけ言い、スイーッと俺を残して先へ行ってしまった。
二人の妖精が待つ、大樹の根元までたどり着いたころには、すっかりばててしまっていた。
ぜぇはぁ、と前のめりに体を傾けて肩を上下に動かす。足元を見れば、ここにも根の地面に青灰色の葉っぱがたくさん散乱していた。
「この樹も弱っているんだな」
俺は大樹を見上げた。空から降ってくる青灰色の葉に、俺はまたしても木こりの老人の所で見た芯の変色した木を思い出す。
しかし、どうにもこの大樹とではスケールが大きすぎて、枯れる姿が想像できなかった。地形を変えるほどの根といい、空をすべて覆い尽くす枝葉といい……まだ半分以上、生命力に満ちあふれているようなが気する。
「ちょっと、なにぼやっとしているの」
見上げた顔の上から、ウェンディが覆いかぶさって視界をさえぎった。彼女は向こうを指さして「早く、こっちに来なさいっての」とせかしてくる。
「あーもう、わかったよ」
俺は渋々姿勢を戻して、妖精のあとについていった。
「……あんたにはやってもらいたいことがあるの」
「やってもらいたいこと?」
前を行くウェンディが、ひらりと横へ
「…………」
「…………」
二人の妖精が、黙ってこちらを見ている。
その妖精たちに間にはさまれて、一本のうねる大樹の根が半弧を描いていた。そして、その弧のてっぺんに、なにか突き刺さっている。
「……剣か?」
それは一本の剣であった。
ぐっさりと大樹の根に突き刺さっているため、剣先までの正確な長さはわからない。しかし、柄の大きさや刀身の幅から見るに、おそらくは大きめのロングソードの
剣は柄から刀身まで、びっちりと赤錆に浸食されている。とてもじゃないが、もう使い物にならないだろう。
(十年、いやもっとそれ以上か……)
とてつもない長い年月の間、この場所でほったらかしにされていたようだ。それだけは一目でわかる。
「なんで……人間の剣が、こんな場所に刺さっているんだ?」
人間たちの目から守られた、この不思議な土地で。
疑問を口にしながら、俺は剣のそばまで近寄った。左右の妖精たちはじっと俺を見るばかりで、なにも言わない。
俺はおもむろに、剣の柄へ手を伸ばそうと――。
「!」
瞬間、ぱっと左右にいた妖精二人がいっせいに飛んで離れた。そのあまりに突飛で素早い動作に、つられて俺もびくりと驚いてしまった。
「な、なんだ! どうしたんだよ、急に!」
柄にふれる直前のところで、俺は慌てて指を引っ込める。
妖精たちは、だいぶ離れた上空からこちらを見下ろしていた。
「どうしたんだよ、おまえら。そんな離れたところにいないで、こっちに降りてこいよ」
「いいから! そのまま、さわってみなさい!」
上空から、ウェンディが大声を張り上げた。となりのカールの方も、うんうんとうなずいている。二人の妖精の顔が少しばかり青ざめていることが、遠目からでもなんとなしにわかってしまった。
怪しい。
俺はけげんな顔で、じっと妖精たちを見つめた。ウェンディがそわそわ体をゆらしながら「早くしなさい!」と妙に急かしてくる。
(……もしかして、さわったらまずい剣だったりして)
ちらっと半目で、錆びた剣を見た。
だが、なにもさわって死ぬわけでもあるまいし。しばらく考えたのち、わめく妖精に根負けして渋々従うことにした。
小さく息を吐いたあと……俺はいま一度、大樹の根に突き刺さる剣と対峙する。
恐る恐る、最初は人さし指だけを突き出す。
そっと、近づけて――錆びた刀身をなでた。
グローブからでも伝わる、ざらりとしたイヤな感触。指についた赤錆をまじまじと見つめたあとで、俺は意を決し――刀身をがっとつかんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます