Chapter 4
妖精カールの提案 Ⅰ
茂みのトンネルを通り抜けて、アタシはカールと一緒に妖精の里へ無事帰ってきた。
「ふぅ、やっと着いたわね」
ほっと息をつくアタシ。本当に一時はどうなることかと思った。
相変わらず、里の地面は青灰色の葉っぱで散らかったままであった。だけど、ひとまずは再び里の空気を吸えたことに喜びましょう。
里と外の森とをつなぐ門には、警備当番なる妖精が昼も夜も見張りについている。しかし脇に目を向けると、今夜の当番の子は不用心にも居眠りをこいていた。
呆れたけれど、今回ばかりはそのお気楽さに感謝しよう。
グースカ寝ている妖精にウィンクを投げたのち、アタシはカールをつれてこっそり里のなかへ進んでいった。
「戻ってこれて、よかったわ。運よくウッズウルフたちにも出くわさなかったし」
「…………」
アタシはにっこり、ルンルンとした口調で言った。それからうーんと腕を伸ばして体をほぐす。口から自然に大きなあくびも出てきた。
「あー、なんだか……安心したら眠くなってきちゃった」
「…………」
「明日の当番の畑仕事、さぼっちゃおうかなぁ」
気ままにつぶやくアタシのとなりで、カールはなにか、物言いたげな顔でおずおずしていた。アタシはそれを見ない振りをして、くるりと彼に背を向ける。
「道案内ごくろうさま。それじゃカール、またねー」
「あの、ウェンディ……」
羽をはためかせようとしたところを、弱々しい声でやっぱりカールが呼び止めてきた。
「あのね、ボク――」
「なんにも聞かないであげる」
アタシは振り向かずに言った。
「でも一つだけ言わせて。あんた……あの人間のお家のこと、以前から知っていたんでしょ」
「…………」
カールはなにも言い返さない。
ちらっとだけアタシが視線を振り向かせると、びくりと彼は震えた。そして少し間置いて……カールこくんと、うなずいた。
ゆっくりと、カールは説明をはじめた。
だいぶ昔のことだったらしい。
里の外を見まわっていたカールは、偶然、木を切る年老いた人間の姿を見かけたと言う。こっそり人間のあとをつけた彼は、人間の住処であるあの小屋を発見するに至ったのだ。
「でも安心して。ボクの姿は見られていないよ」
「でしょうね。アタシもそうだから」
「えっ? てことは、もしかしてウェンディも……」
「そう。どうもね、あのしわくちゃの人間にはアタシたち妖精の姿は見えないみたいなのよ」
そう言って、アタシは振り返った。
カールに向かって、不機嫌に唇をとがらせる。
「聞かないであげる、って言ったのに」
「ウ、ウェンディだから知ってほしいの!」
ずいっと、珍しく前に出てくる子分に、ちょっとばかりたじろいでしまった。だけど、すぐにふんっと腕を組んで、強気な態度を取りつくろう。
それでもカールは生意気なことに、いつもとちがって怖じけづく様子を見せなかった。
「……わかったわよ」
あきらめて、アタシはカールに話の続きを促した。
昔から弱っちな性格で、ぼそぼそと暗いしゃべり方しかできなかった妖精カール。
だのに、急に性格が一転したように表情をぱぁっと明るくさせると、彼は興奮気味に自分がその人間の家で見たもの、体験したことを次々に話しはじめた。
彼の話す内容は、概ね、さっきアタシが見聞きしてきたことと変わりのないものであった。
「あんたって手先が器用だから、いろいろ変わったものを作るなーとは思っていたけれど……あれはみんな、人間の道具を真似して作ったものだったのね」
「えへへ……」
呆れた顔でアタシが言うと、カールはなぜか照れくさそうに帽子をかぶった頭をかいた。
さらに彼の話によれば、最初に人間の家を発見して以来、仲間の妖精たちの目を盗んではちょくちょく遊びに行っていたとか。
のんきなカールに、アタシは額に手を当てた。
しかしまぁ、これでどうして彼が人間の知識に詳しいのか、アタシを助けにこられたのかもよくわかった。
「でも、もうあの場所に近づいちゃダメだからね」
興奮する子分をたしなめて、アタシは改めて警告する。
「ほかの妖精や女王様のお耳に入ってごらんなさい? あんた、最悪この里から追い出されちゃうわよ」
特に、いまはまずい。
大樹の呪いや昼間の女王様の発言の件もあって、みんな人間に関してピリピリ神経質になっているのだから。
ちなみに「アタシが里を離れている間に、なにか問題が起きなかった?」とカールにたずねてみたところ、彼は首を振った。
「ボク、農具を改良する材料がほしくて外に出たんだ。ウェンディ助ける前に一旦里に戻ってきたんだけど、特に変わった様子はなかったな。
集会のあと、各々の当番のお仕事をしてたみたいだし。それから夕食食べて、みんな寝ちゃった」
「はぁ……脳天気なものね」
アタシはあえて、
「まぁ。この妖精の里が滅びるなんて、すぐには受け入れられないか」
「……信じないようにしているんだよ、つらいから」
「だとしても、もっとこう……誰でもいいから、積極的に行動してやろうって子はいないものかしら?」
もちろん、あの妖精チェルト以外で。
ほかの妖精たちはなにも思わないのだろうか。楽観的なのか、それとも悲観してあきらめているのか……。どちらにしても、アタシの気に入る考え方ではなかった。
百年と続く妖精たちの意識を、そう簡単に変えることはできない。そんなことはわかっている、わかっているけれど。
(でも、このまま……)
なにもしないというのは、イヤだ。
元より、大人しくじっと待っているのは大の苦手であるし。
(絶対に、絶対に……女王様やほかの妖精たちを救う方法を、このアタシが見つけてやるんだから!)
自分だけは、ほかの妖精とはちがうのだ。
と、ひとり心のなかで、強く決意し直すアタシであった。
「ねぇ、あの人間に頼んでみたら?」
ふいに、カールが言った。
彼の伸びやかな声に、意識を引き戻されたアタシは……その言葉にきょとんと目を丸くする。
「あの人間だよ」
「あの、人間……?」
頭のなかに、年老いた人間のしわくちゃな顔が思い浮かんだ。アタシはカールにきっぱり首を振る。
「人間の手を借りるなんて反対よ。ていうか、そもそも無理じゃないの」
「どうして?」
「だって相手は妖精の姿が見えないのよ? 声の聞こえないみたいだし、頼むって言ってもどうやっって伝えれば――」
突拍子もない意見に、アタシは肩をすくめた。するとカールのやつ「ちがうよ」とフルフル頭を振る。
「ほら、もう一人いたじゃない」
「もう一人?」
「君と仲良く話をしていた、あのキラキラした髪のほうの……」
カールは自分の手で、その長ったらしい前髪を持ち上げた。
「最初、こんなふうにツンツンした髪型だった人」
「…………」
――ノシュア。
『さすらいの冒険者、ノシュアだ』
アタシの頭のなかに、あいつの声が聞こえた。
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