いざなう光

 その時である。


 ――コンコンコンッ。


 窓から物音が聞こえた。

 突然の音に、アタシはびくりと震えた。掛け布のなかで息を殺し、耳を澄ましてみる。


(風の音? でも、それにしては……)


 布から頭を出そうとした時、またギィっと奇妙な音が人間の家のなかに響いた。


 ーーウェンディ。


「!」

 

 アタシは、がばっと跳ね起きた。かすかではあったけれど、誰かがアタシの名を呼んだのだ。それも……とっても耳慣れた声で。

 恐る恐る、窓のほうへ視線を向ける。青白い月の光に照らされた窓辺には――たしかに、小さな黒い人影が見えたのだった。


「カールッ!」

 

 掛け布を払って、アタシはその場から飛んだ。

 アタシが叫んだとおり、窓辺には妖精カールの姿があった。



 * * *



 ひんやりした風が、俺の顔をなでる。


「ん……」


 くわえて、月明かりがまぶたに当たり、閉じていた俺の目がうっすら開いてしまった。肌掛けはいつの間にか体の上からずれ落ちてしまったようで、肩まわりがいやに寒く感じる。


(朝か?)


 浮上しかける意識が、まっ先に夜明けを想像した。しかし、細めた目で見えた小屋のなかは、いまだ青白い色に染まったままである。

 まだ夜は明けていない。そのことを察した俺は、中途半端な目覚めに嘆息を漏らすのであった。


(ああ、変な時間に起きちまった……)


 少しずつはっきりしてくる意識を抑えようと、とりあえず俺は床に落ちたであろう肌掛けを拾おうとした。腕だけを伸ばしても、手は空をつかむばかり。じれったさから、しかたなしに目を半分あけて体を横向きにした。

 ようやっと床に落ちた肌掛けをつかんだところで、はたと動きを止める。


(なにか、視界に違和感を感じるような……)


 俺は体を起こした。もう一度目の前の青白い空間をまじまじと観察する……。


「あれ?」


 すぐ手前のテーブルの上に目がとまった。

 そこに置いてあるくしゃくしゃの布を、俺はおもむろに指でつまんでみる。


 いない。



 つまんで持ち上げた布を、広げてみた。表裏おもてうらとひっくり返し、ひらひらとゆらしてみても――そこに例の妖精の姿はなかった。


「…………」


 俺は彼女がいなくなったテーブルを見つめた。

 ぼんやりしていると、横から涼しい風が吹く。夜風は俺の銀色の髪を優しくゆらしていった。

 その風に誘われるように、くりんとアイスブルーの瞳を動かした。


(……窓が、半分開いている?)


 俺はのそっと窓辺に近寄った。ギィと両開きの木戸の片方を押して、そのまま小屋の外へと顔を出す――。


「!」


 木こりの小屋の外、向こうに広がる森の暗がりに――ふよふよ浮いている、二つの光を見た。


 ライム色の、妖精の光だ。


 生い茂る枝葉が月明かりをさえぎっていることもあって、森のなかは漆黒の闇に満ちている。それだけに、横にならんだ妖精たちの光が、はっきりと俺の目に映った。


 二つの光は段々と小さくなってく。

 森の暗闇の奥へ、奥へと……まるで冒険者を誘うように、神秘の明かりはゆれていた。

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