妖精カールの提案 Ⅱ

「ム・リ」


 アタシは即答した。

 さて帰りますか、と背中の羽をはためかせる。行き先を自分の寝床に定めて、さっさとこの場をあとにすることにした。


 けれど、ヒュンッと横から飛んできたカールがアタシの進路の邪魔をした。


「どきなさい、このトロマ!」

「お願いだよ、ウェンディ!」


 鋭いにらみを利かせて、アタシは威圧をかけた。しかし生意気にも、カールのほうも身を引く気をまったく見せないでいる。


 力強く羽を動かした。

 目の前のカールを軽く突き飛ばす。あとはご自慢のスピードで彼を振りきろうと試みる――も、なぜか横にぴったしついてきた。


「ボクの話を聞いて!」

「聞くわけないでしょ、あんたの戯れ言なんて!」


「彼には君の姿が見えるんだよ! きっと彼だったら……彼だったら、あの剣を――!」

「ぬぬぅ……」


 また目の前を塞がれる。ならば大きく旋回――と見せかけて、逆側の脇をすり抜けようとした。が、これもダメで、正面のカールは両手を大きく広げて、必死にアタシの前を塞いでくる。


 ヒュン、ヒュン――。

 夜の暗闇のなかに風を鳴らして、アタシたち二人の攻防は続いた。


「ウェンディから彼に頼んでみてよ! ボク、君たちのことずっと見ていたんだけれど、仲よさそうだったし……君から事情を話してくれれば、きっとわかってもらえると思うんだ!」


「バッカなこと言わないでッ!」


 あいつと、アタシが?

 聞き捨てならない台詞を「冗談じゃない!」と強く否定して、もう一段声を大きく張り上げた。


「言うに事欠いて、人間と仲がよさそう? あんたの目、青灰色のチリにやられちゃったんじゃないの、カール?」

「――ウェンディ、どうか」


 どうか、話を聞いてほしい。

 と、カールは低く静かな声で言った。


 そのアタシと正反対の冷静な態度に、ますますこちらの気持ちがささくれ立つ。


(そんなら、力ずくでも!)


 感情の高ぶるままに、アタシは両手を天高くかかげた。


「おどきなさい、カール」

「!」


 低い声音で、アタシは自分の子分に言った。

 かかげた両手に、ちりちりとマーナの光がまたたきはじめる。これはもはや脅しだ。ただちに道を開けなければ、痛い目を見せてやると!


 さすがのカールも表情がゆらいだ。アタシのブライトボールの威力の強さは、おなじ妖精族だけによく理解しているはずだ。

 荒っぽいやり方だけれど、ようやくまた自分が優位な立場に戻ったのを感じた。にやり、アタシは不敵に笑う。


 ――が、カールはまたすぐに、きりっと表情を引きしめる。これだけはゆずれないと、かたくなな意志を示し、アタシに向かって首を振った。


「カールッ!」


 語気を強めても、子分の頭はフルフルゆれるだけ。話に応じねば、意地でも道を通さないつもりらしい。


「……そういえば、あんた。なんでアタシがあの小屋にいるってわかったの?」


 こんな時でなんだが、アタシは少し気になっていたことをカールにたずねた。あの人間のことといい、どうも彼は一連の成り行きを近くで見ていた節がある。


「あのしわくちゃの人間の家に入っていくのを見たの?」

「ううん。君たちがウッズウルフの群れから逃げていたところを見かけたの」


「…………」

「さっきも言ったけど、ボク、森で素材を探していたの。里の素材はみんなのものだからね、勝手に使えないし。

 それでね、なんか飛んでたら騒がしい音がして――」


 さっと茂みに身を潜めていたら……脱兎だっちのごとく逃げる人間と、その背中にへばりついているアタシを目にしたとか。


「あのね! そんなに前から見かけていたのなら、なんであの時加勢に来なかったのよ!」

「ご、ごめん。だってボク、ウェンディほどマーナの力の扱い上手じゃないし、魔モノも怖いし……」


「ああ、それはそうだったわね!」


 皮肉たっぷりに、アタシは光をひとまわり大きく膨らました。

 目に痛いほど輝くエネルギーを前にしても、子分は脅しに屈しない。それがまた、アタシのしゃくに障った。


「これが最後の忠告よ。そこをどいてカール」

「い、いやだ!」


 若干、声をどもらせるも、カールははっきり拒否を示し続けた。


「ウェンディ。あの人間だったら、きっと妖精の里を救って――」

「むぅ、くどいッ!」


 言うことを聞かないイラ立ちも、もやもやした気持ちも、先行きのわからない不安も――すべての感情をごっちゃまぜにして、相手にぶつけようと狙いを定める。


「そもそもね、あんたが集会のあとにふらふら里の外になんか出ていかなければ……アタシは、あんな面倒な目に遭わないで済んだのよ」


「ウェンディ……」

「……今日は災難だった」

 

 まぶたをぎゅっと、強く閉じる。

 半分以上は、自分に言い聞かせるように、アタシは静かに口を開いた。


「もう早く帰って眠りたい。人間のことなんて、さらっと忘れちゃったほうがいいんだわ。あんな……あんなマヌケ面の人間なんて――」


 なにもかもをフタをして、閉じ込めて、見なかったことにして。

 昨日も今日も変わらない、強い自分のままでいたい。


 ……じゃないと、妖精の里は救えないから。


 そう願ったアタシに、現実の足音が聞こえた。

 ザクッと、それはたしかな地面を踏む足音であった。


「誰がマヌケ面だって?」

「!」


 アタシとカール。二人そろって、小さな悲鳴を上げた。


 驚いた拍子に、アタシの両手に集まっていたマーナの光がバシュンと霧散する。カールとのケンカに気を取られていて、そいつの接近にまったく気づけなかった。


(いや、そもそも……)


 妖精の里にいること自体がありえない。

 こんなことはあってはならなくて――!


「ウ、ウェンディ……」

「…………」

 

 プシューッ!

 混乱のあまり、アタシの頭から湯気が立った。


 それでも、目の前の事実は変わらない。


 深緑色の瞳に映ったのは――まぎれもなく、あの人間の姿であった。名をノシュアと言ったその人間は、ふてぶてしい顔でアタシとカールを見つめていた。

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