集会のあとに

「人間の手を借りるなんて冗談じょうだんじゃないわ。やっぱり、これはワタシたち、妖精族だけでどうにかすべきだと思うの」


 ひときわ大きな声が耳にさわって、アタシは振り向いた。

 集会がお開きになって、ぞろぞろと暗い顔をした妖精たちが門から出てくるさなかであった。流れにまじってアタシも帰路につこうとしたところに、向こうでかたまっている妖精たちのグループに目がとまる。


 グループの中心にはコケモモ色の長い髪――さっき女王様の前へ飛び出た妖精の姿が見えた。彼女の名はチェルト。目立ちたがりの気取り屋さんで悪名高い妖精だ。

 ちなみに、チェルトとアタシとは犬猿の仲でもある。


「女王様がああいったことを、おっしゃったのは……」

 

 さらり、長い髪を手ですくって彼女は言った。


「たぶん、ちょっとした気の迷いかしらね。大樹にかけられた呪いの影響もあって、もうずいぶんとお体が弱ってしまっているから……気持ちのほうもだいぶ後ろ向きなのよ」


 チェルトの言葉に、彼女を取りまく妖精たちが納得するようにうなずいた。


「でしょう?」


 ふふっ、と彼女は得意げに笑う。


「いまの女王様には呪いの件は荷が重いと、ワタシは思うの。だから早くお役目から解放してあげて、代わりの新しい妖精の長をすえる時が来たのかしら」


 新しい妖精の長。

 聞き捨てならない話に、アタシは取りまきたちを押しのけてチェルトに食ってかかった。


「ちょっと、なに勝手なこと言ってんのよ!」


 張り上げた声に、まわりの妖精たちはぴゃっと身をすくめる。

 しかし、中心にいたチェルトは動じなかった。彼女はアタシの顔を見るなり目をすっと細めて、人を小馬鹿にするような意地の悪い笑みを浮かべる。


「なにって、聞いていたのならお耳に入ったままかしら?」

「むぅ……」


 アタシはチェルトをにらみつけた。

 アタシたち二人はお互い強気な性格がかち合って、これまでにも多くの小競こぜいをしてきた。しかし、今度という今度はお遊びじゃ済まされない。


「チェルト。あんたね、みんなが落ち込んで大変な時に妙なことを吹き込んで、いったいどういうつもりなのよ」

「べつに? ワタシはただ、一つの解決策を提案しているだけよ。もっとも、おなじようなことを考えている妖精は、ほかにもいっぱいいるみたいだけど」


 それが証拠にと、チェルトは自身の取りまきたちをちらっと見やる。みんな気まずそうに顔を見合わせてはいるが、彼女に反対の意を示しているのはアタシだけのようだ。

 ぐぬぬ、とうなるアタシをチェルトは鼻で笑った。


「人間を、この妖精の里につれてくる?」


 チェルトはあきれたように肩をすくめた。


「ウェンディ。あなたは女王様のこの無謀むぼうとも思えるアイディアに……まさか賛成なのかしら?」

「そ、それは……」


 くやしいけれど、チェルトの問いにアタシは押し黙るしかなかった。

 

(そりゃ、アタシだって……)


 人間を妖精の里に招き入れるなど、絶対あってはならないことだ。

 たとえ、呪いの遺物――あの剣とやらを引き抜くことで千年樹が元気になったとしても、妖精族の存在を外の世界に知られることでどんな不幸が訪れるやら……。


 口を閉ざしたアタシに、チェルトはふふんとあざ笑った。再び、長い髪を手ですきながら彼女は言う。


「べつに女王様に反抗するつもりはないのよ。あくまでも平和的な世代交代のお話なの。どのみち、いつかは次の候補者を決める必要があるし、ねぇ?」


 ワタシたち、妖精のなかから。

 と、彼女の言葉にまわりの妖精たちはいっそうざわついた。


「ま、もちろん。次世代の妖精族を導く新しい長にふさわしいのは――里一番の美しさと知的さをかね備えた、この妖精チェルト以外ありえないのだけどね!」

「って、結局それが本心じゃない!」


 高笑うチェルトに、突っ込みを入れるアタシ。

 それからまた、いつもとおなじように……大ゲンカへと、きれいにつながっていった。


「チェルトは、マーナの使い方が下手っぴだからムリ!」

「ウェンディみたいな、品のない妖精にはムリ!」


 そう、いつもどおりの光景だった。

 まわりに集まっていた妖精たちも、次第に興味がうすれていったのか適当に散っていったとさ。



 * * *



「野蛮妖精ウェンディ! 変わり者は、変わり者同士でつるんでいるといいわ!」


 と捨て台詞を吐いて、あかんべをしながら妖精チェルトは去っていった。


「フン、一昨日おととい来なさいっての!」

 

 鼻を鳴らして、アタシも負けじと言い返してやった。

 いまだアタシは集会所の前にいた。すでに妖精たちはみんな解散してしまったあとで、周囲に何人かまばらに居残っている程度である。


 さて、チェルトとのケンカで多少鬱憤うっぷんがまぎれたと思いきや、やっぱりアタシの繊細な心にはまだ不穏な影がぬぐいきれずにいた。


『人間をつれてくるのです』


 女王様のお言葉が、グルグル頭のなかでくり返される。

 アタシは重いため息を吐いた。どうにもならないし、どうにもできないことがもどかしい。無力な自分という事実を突きつけられ、アタシの気持ちはより暗くなっていった。


「……アタシたちも行きましょう、カール」

 

 近くにいるはずの子分に、アタシは力なく言った。

 けれど、なぜか返事は来ない。


「あれ、カール?」


 キョロキョロと辺りを見まわした。

 ここでようやく、アタシはカールが近くにいないことに気がついたのだ。


(また勝手に、どこかに行っちゃって……)


 しょうがないやつ。

 とりあえず、近くに残っていた妖精たちにカールのことをたずねてみた。

 けれど、ただでさえ変わり者で人付き合いが少なく、また地味な見た目をしている彼だ。どの妖精に聞いても、見ていないと誰もが首を振った。


「…………」


 どうせ、先に帰ったのだろう。

 と、アタシは自分に言い聞かせる。しかし、暗い影が差したままの心は、どうにもイヤな方向へ想像を働かせた。

 ふと頭に、カールの言葉がよぎった。

 

――人間って、どう思う?


「まさか、あいつ……」


 その場でアタシは羽をはためかせて飛び立った。

 妖精の里の南には、外の森へ通じる門がある。その場所まで風を切ってすっ飛んでいき、門番を引っ捕まえてカールのことをたずねた。


 すると、思ったとおりだった。ついさっき、それらしき妖精が外へ出ていったと教えられた。

 アタシは大急ぎで、カールのあとを追いかけて里の外へ飛び出した。

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