元剣聖の落ちこぼれ、返り咲く

ゆる弥

第1話 剣を極めた理由

「剣は、真っ直ぐ振り切るんだ! これをただ続けていくだけで鋭い斬撃になる!」


 これが今の俺の日常だ。

 冒険者を引退した後はギルドの温情でギルド員として新人教育の仕事に付かせてもらっていた。


 五年前までは剣聖と呼ばれていた。

 それはもう過去のことで、今は剣を握ることは出来ない。

 出来ない訳では無いが握ると手が震えて動かなくなるんだ。


 そして、あの時の子供の言葉が蘇ってくる。


「殺す道具を極めるってどんな気持ちー?」


 この質問をされた時。

 目の前が真っ暗になり、何も考えることが出来なくなった。


 なんで剣を握ろうとしたんだったか。

 一生懸命剣を振ってたのは何かを殺す為だったか。

 どうしてか剣を握った理由が分からなくなった。


 それ以来、剣を握れない。


 悩みを聞いてくれる人もいた。

 だが、口々に言ったのは「そんなの気にするなよ」という言葉。

 そして「気の持ちようだって」という無責任な元気づけ。

 それが出来たら俺は剣を握れている。


「元剣聖だか知らないけどさぁ、剣を握れない人に指導されてもなぁ」


「過去の栄光にすがってんのかな?」


「今日はハズレの指導官かぁ」


 新人教育を任されているが。

 口々に言うのは元剣聖で落ちこぼれた俺への陰口であった。


 言われても仕方がない。

 俺は剣を握れないのだから。


「よしっ! 今日はこれまで!」


「「「有難う御座いました」」」


 一応礼はしてくれる。

 中には不機嫌を露わにして帰ってしまう新人冒険者もいる。


 なぜ、剣を握れない人に剣の指導をされないといけないのか。

 その疑問はごもっともだ。

 だが、俺にも生活がある。

 この仕事がないと食っていけない。


「はぁ」


 出るのはため息ばかり。

 これではダメだと自分でもわかっている。

 だから、一年前から格闘術を学んで素手で戦うことができるようにしたのだ。


「ガルフ。ちょっといいか?」


 俺の事を気にかけて仕事をさせてくれている恩人の一人。

 ギルドマスターのボルドさんだ。


「はい。何でしょう?」


「明日からの新人冒険者の実戦訓練なんだがなぁ。付き添う筈だったマークが怪我をしたんだ。だから、行けなくなった」


「はぁ。では、誰が?」


 嫌な予感がした。


「ガルフ。お前に頼みたい」


「俺に……ですか? 今俺がどんな状態か分かってますよね?」


「あぁ。だが、格闘術を使えるだろ? 戦士としてはCランク程の実力じゃないか」


「ですが……」


「実戦で上手くいったら、戦士として冒険者に戻れるんじゃないか? そうすれば、指導官やらなくても生活できるだろう?」


「それは、どういう……?」


「新人に陰口言われて縮こまってるお前を見るのが辛い。また冒険者になってCランクともなれば中堅だ。みんなも認めてくれるぞ。剣を握れなくたって、お前は強い」


 励ましてくれるのは有難い。

 けど、別にみんなに認めて欲しいわけじゃない。

 だが、生活ができるならそれでもいいか。


「わかりました。新人冒険者達の実戦訓練、行きます!」


「うむ。頼んだぞ」


◇◆◇


「それでは、出発する!」


 今回新人冒険者として実戦訓練に参加するのは三名だ。

 皆一様に不安な顔をしている。

 俺が引率になったからなのか、はたまた違う理由からなのか。


 この辺に出てくる魔物はゴブリンやウルフと言ったEランクの魔物ばかり。

 新人冒険者は最初にそれらの魔物を狩って帰る訓練をするんだ。


 気配がした。


「止まれ」


 止まって様子を伺おうとすると。

 後ろから一人の新人が前に出てきた。


「ゴブリン如きには負けん」


 ズカズカとゴブリンに迫っていき。

 こちらに気づいたゴブリンが棍棒を振り下ろしてくる。

 それを避けると袈裟斬りにゴブリンを切り伏した。


「ほらな? そんなに警戒することなんてねぇ。この指導官はゴブリンにもビビってる。なぜなら、剣が持てないからだ。その腰の剣は飾りだろ?」


 それはもう何百回も言われている。

 言われ慣れて耳にタコができてるよ。

 そんなことを言われても言い返す事は出来ない。


「あぁ。その通りかもしれんな」


「みんな! このザークがいれば大丈夫! 今回の訓練は問題ない!」


 その新人は大声で語った。

 それもそうかもしれない。

 優秀な新人であれば実戦訓練は何も問題なく魔物を狩って終わりだ。


 ズンズンと奥へ行くザーク。

 俺は最早後ろからついて行っていた。


 これも経験だ。

 好きに狩らせるのもいいのかもしれない。

 他の指導官が普段どのようにしているかも聞いたことがなかった。


 実戦訓練だもんな。

 経験することが大事だから失敗しても大丈夫。

 失敗した時は俺達指導官が助けるのが役割だ。


 全員順調に狩りを終えた。


「よしっ! 今日の所は戻ろう!」


「はっ! やっぱり剣を持てない指導官なんていらなかったな! 俺達が優秀でよかったな!? ハッハッハッ!」


 また大きい声を出している。

 そんなに大きい声を出しては、何かを引き寄せる可能性もある。


「おい! ザーク静かに────」


 周りが急に暗くなった。


 なんだ?

 頭上を見ると。

 巨大な口が迫っていた。


「散れ!」


 その言葉に反応した新人達はやはり優秀だ。

 皆、即座に散った。

 バクンッと先程までいたところで口を閉じる巨大な生き物。


 なんでこんな所に……。


「ななななななな…………なんで!? なんでこんな所にドラゴンが!?」


 尻もちをついて怯えるザーク。

 またそんなに大きい声を出すと……。


「グルルルアアアアァァァァ!」


 ドラゴンの咆哮に皆が立ちすくむ。

 ドラゴンはゆっくりとザークの元に近付いて行く。


 昔は狩った事がある。

 剣を持てた頃。

 今の状態で勝てる相手では決してない。


 だが、だからなんだ。


 ザークの前に立ち。

 ドラゴンの正面に位置取る。

 拳を握って構える。


 俺の今できることをやる。

 この子達を生かさねば。


「おおおぉぉぉ!」


 間合いを詰めてドラゴンの腹に打撃を放つ。

 何度も腹を殴る。

 効くわけが無い。


 ドラゴンと言えばSランクだ。

 素手でどうにかできる相手ではないし、通常の剣でも切れるものでは無い。

 硬い鉱物で鍛え上げた剣でなければ。


「グルルァァ!」


「ぐっ!」


 シッポで吹き飛ばされる。

 ザーク諸共飛ばされた。

 情けない。


 こんなに何も出来ないなんて今まで俺は何をやってたんだ。


 ドラゴンが再びこちらに向かってくる。

 大きな体を揺すらせながらノッシノッシと近付いてくる。


 体が重い。

 俺はもうここまでなのか。

 せめて新人達だけでも。


「ザーク! 俺を置いて逃げろ!」


「ひ、ひぃぃいぃ」


 一目散に逃げていく。

 それでいい。

 若い命が助かれば。


 ドラゴンの、口が開く。

 飲み込まれそうになる。


「諦めないで! 剣を持って!」


 ごめんな。

 俺には無理なんだ。


「もう一度剣を振って!」


 出来ればいいがなぁ。


 身を委ねようとしたらドラゴンが急に声の方に方向転換した。


 ダメだダメだ!

 そっちはダメだ!

 新人が……。


 剣に手を添える。

 ガタガタと手が震える。


 ドラゴンは声を掛けてくれた新人の元へと一歩、また一歩と歩いていく。


 このままでは皆死んでしまう。

 俺は何をやっているんだ。


 今まで過ごしてきた情景がフラッシュバックする。

 田舎で生まれて育った。

 冒険者に憧れて剣を振る毎日。


 たしか幼い頃にも似たような状況があった。

 幼馴染の女の子と森を探検していたらゴブリンが現れて襲われたんだったか。


 女の子はゴブリンに殺された。


 そうだあの時に────。


「オオォォォォォ!」


 剣を握り。

 上段に構える。


 震えはもうない。

 

「絶剣」


 振り下ろされた剣に迷いはなく。

 その空間そのものが切り裂かれたように。

 ドラゴンは縦に真っ二つに切れた。


 これは俺が剣を振り続けて至った境地。


「お久しぶりです。その節は……大変失礼しました。俺! ガルフさんみたいになりたくて冒険者になったんです!」


 声を掛けてきたのは新人冒険者の一人。

 その顔はあの時の面影があった。

 よく顔を見ていなかったから気が付かなかった。


「見違えたよ。大きくなったね」


「はい。あの────」


「あの時の答えを思い出したよ。なんで忘れていたんだろうね。俺は────」


 そう。


 大切な人を守る為に。


 殺す道具を極めることを選んだんだ。

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