第4話 レッツ媚薬クッキング
「名付けて、出さぬなら、出させてみせようホトトギス作戦!」
「ネーミングセンスが最悪ですわお嬢様……」
「それは言わないで」
夜も更け、しんと静まり返った調理場に私達のひそひそ声が響く。
唇が震えているのは少し寒いからだ。
夜の調理場は冷える。なにしろ基本石造りで上下左右にいたるまでびっしりと敷き詰められているのだ。
おかげで夏は涼しいものの、冬などはほとんど冷蔵庫に近い。今がいくら春めいてきたといっても日本ならまだ三月始めくらいの気温で、朝晩はかなり冷え込む時もある時期だ。お昼は大分マシになるものの、ロクシアナお母様が張り切ってデコレーションケーキドレスを着るくらいには十分肌寒いのである。
ついでに言えば、この世界の暦は大体四つに区切られている。
まず春が『エルフの月(三月~四月)』。夏が『セイレーンの月(五月~八月)』、秋が『ノームの月(九月~十月)』、冬が『ユニコーンの月(十一月~二月)』といった形だ。
象徴的な名前からもわかるように、この世界には幻獣、つまりファンタジーな生物がれっきとして存在している。
妖精や精霊、幻獣など、どちらがどちらか見分けが付かないのも様々おり、私からすれば日本の妖怪が目に見えているような缶買うに近い。おかげで意外にもなるほどそうかとすんなり受け入れることができた。元々彼らが人間には滅多に姿を見せないという事情もある。
以前、一度だけエルフの方を見かけたことがあるが、とにかく綺麗な耳の尖った人、という位の感想しか抱かなかった。深く関わらなければ、ほとんどの人間からはそんな扱いである。
それに、生きているものという意味では幻獣も人間も似たようなものだと私は思う。珍しいだけで、生き物という観点では同じだ。
今回使用する材料にしろ、そのすべてが幻獣達の一部ですらある。
さておき、この世界の説明はそれくらいにしよう。
今の私には、やらなければいけないことがあるのだ。
「お嬢様の仰るホトトギスというのが、どういったものか私は存じませんが、これは中々の妙案かと思いますわ」
ごそごそ、と麻袋から本日の食材、ならぬ薬材を取り出しながらエブリンが言う。
彼女の顔はさながら悪徳商人のようだ。とても似合っているけれど。
「かなり引っかかる言い方をありがとうエブリン。それはそれとして、いざさんぷん……じゃない媚薬くっきんぐの始まりよ!」
「お嬢様のネーミングセンスはこの際置いておきましょう……」
私が「たららったらったった♪」と某裸の赤子が踊り出すオープニングテーマを口ずさんでいるのを横目に、エブリンはなぜか長い指先で米神をとんとん弾いた。どうやら頭痛がするようだ。確かここにある材料の一つに鎮痛剤代わりになるものがあったはず、と私は手元の材料をかき分けた。
「どうしたのエブリン。頭が痛いの? ミーミナの脇毛があるけど食べてみる?」
「お断りしますわお嬢様。そんなことより、はいお鍋どうぞ。手は洗いましたか? 流しに洗い桶設置完了しました。ザルとボウルはこちらに。クラッド様に飲ませるお薬なのですから衛生面には慎重になりませんと。食中毒は怖いですからね」
「それもそうね」
シルバーのバットにお料理番組よろしく妖しげな材料を並べている私に、エブリンが戸棚から取り出した調理道具を渡してくれた。無論、その前にきちんと手は洗っている。
きらりと光りすら放つ鏡面のごときお鍋とボウルを受け取ると、その輝きの美しさに思わず感嘆のため息を吐いた。
さすがアーノルド。良い仕事をしている、と関心した。
アルシュタッド邸の料理長、アーノルド=フィネガンは某SF映画に登場するマッチョなアンドロイドさんによく似た筋肉おじさまだ。しかし作る料理は実に繊細でもちろん道具の手入れにもぬかりがない。
そのためお鍋もボウルも、お玉にいたるまで私の顔が映るほど見事に磨き込まれていた。
そんなアーノルドに心の中でそっと謝罪する。調理器具は料理人にとって魂ともいえるものだろうから、使い終わった後は同じくらい綺麗に磨いて戻しておきます、と。彼は見かけによらず優しい人なので、きっと許してくれるとは思うが。
私は内心で料理長のアーノルドに頭を下げつつ、流し台で材料を一つずつ洗ってザルに上げた。
そして皮と骨を取り除いたり細かく刻んだりしている間に、エブリンに水を入れた鍋を火にかけてもらう。
この世界ではガス火ではなく火の精霊が力を貸してくれる。精霊結晶で作られたつまみを回すと結晶に込められた精霊の魔力が具現化し、炎となってコンロに灯るのだ。
そうして、材料の下準備を終え、鍋の水が沸騰してきたところで……私はコンロの前に立ち、ふう、と息をついた。
す、とエブリンが音もなく私の隣に並ぶ。
「いいですかお嬢様。調合は慎重かつ大胆に、が鉄則です。こちらの説明書を見ながら確実にこなして下さいませ」
「わかったわエブリン」
私とて、調合を失敗してどんな効果が出るかわからないような代物をクラッド様に飲ませるつもりはない。
あくまで、手を出されないなら出すように仕向ける、というのが目的なのだ。
その為ならば、料理の鉄人でも調合の鉄人でも何でもなってみせようではないか。
そんな意気込みで私は湯気立ち上る鍋を見据え―――調理ならぬ、調合を開始した。
というわけで。
私のお話を読んでくれているそこの貴女にも、せっかくなので一緒に媚薬の調合法をお勉強して貰いましょう。
大丈夫。 ○ックパッド読んでるんだと思えばいいのよ。
それではいきます。
さて『旦那様の貞操を奪え』計画……ではなくホトトギス作戦第一弾。
まずはこちら、皆さまご存知その名もバイ○グラ。
心臓の弱い人にはご注意ですが、そうでないならすべからくお勧めしたいこの一品。
作り置きにも最適♪ これで貴女も一姫二太郎♪ 超強力催淫剤のご紹介です。
最近マンネリだなー……と思っているそこの貴女にも!
旦那様の夕食にこれをほんの少し仕込んでみれば……あら不思議、お世継ぎ問題も即解決!
……っと、私は別に世界バイ○グラ協会の回し者じゃありませんよ。
ついでに言うとエブリン、貴女いつの間に白衣に着替えたの?
その格好、侍女というよりマッドサイエンティストにしか見えないのだけど。
何なのその白衣。自前? え、自作なの?
オールハンドメイド白衣ってどういう事かしら……?
あ、フラスコのアップリケ可愛いわね。今度私にも作ってくれない?
ええー……駄目なの? エブリンのケチ。
あらやだごめんなさいすいません二度と言いません……。
あ、えー……こほん。
ごめんなさいくっきんぐに戻りますね。
まず最初にお鍋に入れますのはー?
ぱっと見はマンティコア、アルモグラの尻尾です。
はい活きがいいですね。尻尾だけなのにピクピク動いています。
新鮮さは魚市場で見たタコの足ですね。キモカワイイと言えなくもないかもしれません。
ですがはいどぼんします。綺麗に赤くなりましたね。
さて続きまして。
お次は空を漂う巨大な眼球、なのに消化器官があるという摩訶不思議なデボラの腸です。
綺麗なピンクが鳥のモモ肉みたいで美味しそうですね。元の世界で住んでいた地方では地鶏が有名でしたが、このくらい良いお肉だった覚えがあります。ですがはいこれもお鍋にどぼんしましょう。あらまるで○ャウエッセンのような色合いに変わりました。フォークで折ったらパキって言いそうです。私はあまり食べたくないですが。カロリー制限のためですよもちろん。
遊んでる? いいえちゃんと真剣にやっておりますよ。何しろ大切な旦那様に召し上がっていただくものですから。決して、初夜を放置されて怒っているわけではありませんあしからず。
さて、それではそろそろ主役のご登場です。
まるでタランチュラのような大蜘蛛のキレネイナから取った胃液が半カップと、小さなおじさまにしか見えないミーミナの脇毛を鍋に入れまして……あとは味を誤魔化すためのお塩とにんにくを割と多めに入れ込みます。
はいそこから煮込むこと約四十分。
あら不思議、ここにもう煮込んである物が、というのは無理なので普通に待ちました。エブリンとお茶してただけですが。文章では省いておきますね。
それでは話を戻しましょう。コンロでお鍋がぐつぐつ言っています。いいですね。良い感じのヘドロ具合です。色はさながら青汁の超濃縮バージョンとでも申しましょうか。とろみがついて良い塩梅です。
あとはお鍋が焦げ付かないようにゆっくり回しながら強火で三分ささっと水分をあと少しだけ飛ばします。
それか火を消して、ラストにじっくり冷ませば完成です。
冷ましている間も私とエブリンは優雅なティータイムを過ごしました。バタースコーンをアプリコットジャムでいただきましたが大変美味しゅうございました。満足です。
では、完成いたしましたので最後にレシピのご紹介です。
***
料理名:これで貴女も一姫二太郎♪ 異世界バイ○グラ
材料
アルモグラの尻尾……100g
デボラの腸……300g
キレネイナの胃液……2分の1カップ
ミーミナの脇毛……5g
塩……小さじ1
にんにく……3かけ
作り方:上記文章中に記載
コツ・ポイント:アルモグラの尻尾が暴れるので鍋から飛び出さないように蓋で抑え込みました。
このレシピの生い立ち:初夜に旦那様から放置されたので、腹いせに見た目は青汁なら簡単精力剤を作ってみました。
◆レシピを保存する ◆印刷する ◆シェアする
エネルギーはしめて240カロリーでございます。
塩分は3gなので一食としては丁度良い塩分量ですね。なるべく減塩で済むように頑張ったかいがあります。
ぜひぜひ、ご自宅でもお試しあれ!
***
「お嬢様……」
「エブリン……」
「できましたね……」
「ええ、できたわ……これも貴女のおかげよエブリン!」
と、ワイン用のグラスにヘドロ状の青汁風液を入れ冷めたのを確認してから、私とエブリンはひしっと固い抱擁を交わした。というより一方的に私がエブリンに抱きついただけですが。彼女はツンデレなのです。
「あとはこれをどうやってクラッド様に飲ませるかってことだけど……あの方は中々屋敷に帰ってこないし、どうすればいいかしら?」
作業台の上にあるワイングラスを眺めながら私は唸った。完成したのは良いが飲ませる相手がいなければお話にならないのである。この液体自体は三日程度賞味期限が持つらしいが(エブリン談)その間にクラッド様に会えなければ意味がない。
「お嬢様ご心配なく。毎日の商談先についてはこのエブリンが把握しておりますので、偶然を装ってお会いになられたら如何でしょう。差し入れとでも称して飲ませれば良いかと。お嬢様は以前からビスコッティやムース、ボネットなど差し入れされておりましたし、不審がられる事も無いかと」
「だったらいいけど……これはどう見ても美味しそうには見えないし、たとえ会えたとしても飲んでくれるかどうかは疑問があるわ」
エブリンの提案はありがたいものの、今になってこの色、臭いはどうなんだろう……と私の理性が訴えはじめた。どこからどう見てもこの世のものとは思えない物体、いや液体である。普通なら絶対口にしたくない。私だってそうだ。なのでクラッド様だってきっとそうだろう、と思う私を余所に、エブリンはいいえ、とばかりに首を横に振った。
「大丈夫です。クラッド様なら飲みますよ絶対に」
「どうして断言できるの?」
「お嬢様が手ずから作ったものをあの方が拒絶なさるわけがありません。このエブリンが言う事ですから間違いはございません」
やけに自信ありげなエブリンの様子に首を傾げるが、彼女は艶のある褐色の肌を笑みで彩るだけで答えをくれはしなかった。彼女は昔からこうなのだ。少し不思議というか、私が子供の頃から神秘的で、一緒に育った割には元々大人の女性だったような気さえする。それは彼女の母親であるエディナもだが、エルダー家の二人は妙に物事を理解し過ぎているというか、達観しているというか、まるで人間ではなく精霊やエルフとでも話しているかのような不思議な感覚を覚える時がある。
下手をすると転生者の私よりも彼らの方が謎が多いのかもしれない。
「ーーーおや」
などと思っている間に、エブリンが青い瞳をすっと眇めて動いた。
彼女は私を庇うように身を乗り出し、視線を調理場の中心、つまり出入り口の方に向けじっと見据えている。そこには木製の扉があるが、作業中に誰か来ても気づけるようにと少し隙間を開けていた。私が見るに僅かに開いた扉からは黒い縦長の空間があるだけだ。けれど、エブリンは夜の漆黒に染まるそこへ静かに口を開いた。
「いるのはわかっています。何者ですか、姿を見せなさい」
「え?」
凜とした声が調理場の石畳に反響した。
と同時に、カツン、と固い足音が聞こえて、調理場の扉が開き誰かが入ってくる。
さらりとした墨色の髪が、仄かに灯った明りに輝くのが見えた。ひらりと揺れるのは最上級の商人の証である濃紫のローブだ。
上品な金飾りに縁取られた分厚い眼帯が覗いた瞬間、私は思わず「あ」と声を上げていた。
片側に流した黒い髪を縛る絹紐がきらりと輝くのを、視線の端でゆっくり捉える。
夜の色をのせた黒曜石のような涼やかな瞳が、僅かに驚いている風に見えた。
目を見開く私の前に現れたのは、右目を眼帯で覆った―――まさにこの薬を飲ませたい相手、クラッド様だった。
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