第3話 ならば手段は選びません


ともあれ、冒頭で自己紹介し損ねたので、ここで改めて私の話をさせていただきたい。


これまでの展開からわかるように、私はいわゆる『転生者』なのである。

日本での名前は先ほど述べた通り、生粋の日本人で性は塚本、名は理衣奈。


都心より大分離れた田舎に生まれ、金銭感覚の破綻した母親の元、中学から新聞配達を始めて高校では授業料支払いの為にアルバイトに明け暮れた。

就職後は正規の仕事と副業を掛け持ち、末には身体破綻で過労死という、我ながら馬鹿な人生を送った享年二十歳である。


と、まあそれが何の因果か、異世界にあるミルヴァナ公国という大国の貧乏子爵令嬢に転生したというわけです。


ちなみに前世の記憶を思い出したのは昨年十六歳の年、今世での父親であるキーマン=フォンターナが亡くなった翌年である。

きっかけとなったのは母ロクシアナが父の死により私に構う心の余裕を無くしたことだった。

寝台で毎日泣き濡れる彼女の背を見た時、前世で似たような光景を目にしたことを思い出したのだ。

あれは、前世の母が父に捨てられたことを自覚した日だった。

自分で言うのも何だが、前世の私はあまり幸せとは言えなかったように思う。

ただ今世の母は、前世のあの人よりずっと心が強く、私という娘を愛してくれていたので、この部分だけは神様に感謝しても良いかもしれない。

たとえ金銭感覚の破綻した母親、というポイントだけは無駄に押さえてくれていたとしても。


前世を思い出した時、私はこれが俗に言う異世界転生かと驚いた。

ついでに言えば、これで現代日本の知識を使って人生を難なく渡り歩いていけるのでは、と期待した。

けれど運命はそこまで私に優しくなかった。

そもそも記憶が戻ったのも十六になってからだったし、生まれた時などではなかったのですでにある程度の道を歩き終わった後だったのだ。


子爵家の令嬢に生まれた、それは良い。父親は心臓の病気により死去。それもまあ仕方がない。

けれど家の財産は母親がほとんど散財して食いつぶし、残っていたのはまさしく雀の涙とたとえるに相応しい少しのお金のみ、というのは中々にハードモードだったのではなかろうか。


おかげで私は屋敷の調度品を売却しつつ、商家の娘さんへマナー教育をするという貴族子女にしては珍しいアルバイトをしながらやりくりして生活を送った。そんな禄に給金も出せない中で屋敷に残ってくれた執事のセヴェルと侍女のエディナ、エブリン親子には感謝するばかりだ。


と、ああつい愚痴を重ねてしまった。

まあつまりはこういった時系列で現在の私に至ったというわけである。


この中で一番助かったことといえば、流石にそろそろ首が回らない、という窮地に陥った時、流星のごとく現れたクラッド様が私に婚約を申し込んでくれたことだろう。

あわや家の取り潰しを救ってくれたうえ、妻である私の実家の維持費まで面倒を見てくれている彼はもはや聖人ではなかろうか。とすら思う。たとえそれが、子爵家という階級を目的とした婚姻であったとしても。


しかし私にとっての問題は実家への資金援助ではなく……クラッド様と結婚して早一年。

私が未だ生娘のまま、という事実である。

付け足しておくと私は前世でも経験が無かった。

なぜ人生をまたいでまで枯れ女をしなければいけないのか……ここも神様を呪うしかないと思うのは、私だけだろうか。


爵位が目当てならば手を付けないのも道理とは言える。

けれど白い結婚をしたところで彼に何の得があるのだろうか。確かに好きでもない女を相手にするのは嫌だろう。だけど……あの初夜の時、彼が口にしていたのはそういった話ではなかったと思うのだ。

かといって好かれているかといえば全くもって自信はない。

何しろクラッド様はこの一年、ほとんど私に会いに来てはくれないのだから。


正しくは『本邸』に帰宅していない、というのが正解だ。

まさか色んな意味での『別宅』があるんじゃなかろうかと侍女のエブリンに調べてもらったけれど、それは無いとの事だった。


『情報蜘蛛のエブリン』の異名を取る彼女が裏を取ったのだから、これについては疑いようもない。


ならばなぜ、クラッド様は私に手を出して……ではなく、会ってくれないのか。

本当に私に興味が無いのか。

だったら悲しいと思う。私にとって、クラッド様は救世主なのだから。

それに不思議と私の直感が、彼は良い人だと訴えている。

あの夜、私を抱かないのならばクラッド様は寝室に来る必要は無かったのだ。

なのに彼は来た。そして私の髪を梳いて、確かに触れようとしたのだ。けれど、しなかった。

できなかった、ように見えた。

まるで、手を出せないと言わんばかりに。

ならば、と私は思った。


手を出せないのなら―――無理にでも、出させてみせる、と。


私の記憶が確かならば、かつて故郷であるやまとの国ではこういった場合においての名言が、先人達によって残されていたはずだ。


そう、それは―――


「リイナ様、ただ今戻りました」


私が自室で無駄に長い回想をしていた時、扉越しに耳慣れた女性の声がした。

既に外は夜を迎え、月と星が濃紺の空を彩っている。


「入って」


私はその声に、時代劇の悪代官よろしく入室の許可を出した。

知らず口元に笑みが浮かぶ。

これでやっと、という思いが胸に広がった。


灯りを落とした部屋にキィイ、パタンと極力音を抑え入ってきたのは、艶のある褐色の肌にブルーサファイアの瞳を持った侍女装束の女性だ。

彼女の母より鮮やかな萌葱色の髪は肩の部分で切り揃えられていて、綺麗に片側に流されている。そのせいか左目が隠れているが、それがより彼女の神秘的な雰囲気を際立たせていた。

一見すれば占い師や神殿の巫女に見えなくも無いだろう。


彼女の名は、エブリン=エルダー。

幼少の頃より使えてくれている、忠義(?)ある私付きの侍女である。


まあ彼女の場合、侍女というより姉や躾役とかの方があっている気もするが。

確か本人曰く『調教師の資格も持っております』のだとか。私は家畜ではないのだけど。


と、それはさておき。


「エブリン! お帰りなさい! ……例のものは手に入れた?」


小走りで彼女に近づき押さえた声で尋ねると、にっこりと極上の笑みでもって返される。


正直なところエブリンはかなりの美人だ。

しかしその微笑みは、女神というより悪の女幹部に近い気がする。

昔本人につい言ってしまったところ『淑女のたしなみフルコース(めちゃくちゃ臭いハーブで全身パックと激痛ツボマッサージ)』をされたので二度と口にはしていないけれど。足の裏のツボはなぜあんなに痛いのだろう。


そんなエブリンが、少し嗜虐的な微笑みを浮かべ手にしたものを見せてくれた。


「お嬢様のご希望通り闇市で仕入れて参りましたわ。こちらがアルモグラの尻尾とデボラの腸、キレネイナの胃液とミーミナの脇毛でございます」


エブリンが持っていた麻袋の口を私の前で広げてくれる。恐る恐る中を覗き込むと、瓶詰めになった妖しげな材料が幾つか詰められているのが見えた。


「まさか本当に手に入るなんて。凄いわねエブリン。一体どういう伝手を使ったの?」


通常の手段では手に入らない品の数々をたった一日で集めてきた侍女に、私は称賛混じりの驚きを表した。

すると、彼女はふ、と息を零すように笑う。普段糸目でしかないエブリンの瞳が薄っすらと蠱惑的に開く。


「淑女に秘密はつきものですわお嬢様。そんなことより、料理長もそろそろ引き上げますし、調理場を使うなら今ですわよ」


麻袋の口を閉じたエブリンは、開いている方の左手の親指をぐっと立てて「ぐっじょぶ」ポーズを見せてくれた。これは私が昔彼女に教えたもので、以来気に入っているのか機嫌が良い時に見せてくれるのだ。


「ほんとだわ。急ぎましょう!」


「お嬢様引っ張らないで下さいませ。あと淑女は走るものではありません。あくまで足音と気配を消して隠密行動がセオリーです」


「それは暗殺者のセオリーだと思うわよエブリン。それより早くっ」


「はいはい……」


気がはやる私に苦笑するエブリンの袖を引っ張りながら、私達は抜き足差し足、屋敷の皆が寝静まった中調理場へと向かった。


かつての故郷で学んだ―――鳴かぬなら、鳴かせてみせようホトトギス、を実行するために。

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