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 夏が終わって、涼しくなり始めた頃。

 少年は、小学校5年生だったと言います。

 友だちと、学校帰りに遊んでいた少年は、登下校の途中の車道脇の歩道を、ただただ普通に歩いていました。ほんの冗談で、友だちが、少年の帽子を脱がせて、自分でかぶりました。

 その時人気のアニメの絵柄が入った帽子で、少年は友だちに自慢し、友だちは少年をうらやましがっていたのです。

 少しアニメの話題で盛り上がって、じゃあ、帽子を返そうと友だちが帽子を脱いだとき。

 風が吹きました。

 帽子が、風に舞い、飛んでいきます。少年は、慌てて帽子を掴もうと、身を乗り出します。車道に。その時、たまたま、車が走ってきました。

 通学路になっている道なので、歩道を登下校している小学生はたくさんいます。

 時間帯を考えても、あまり車の通りは多くなかったはずでした。

 その車は、制限速度を大幅に超えていました。

更に、歩道は左右どちらも小学生がいるというのに、ドライバーは注意を払わず、前方不注意でした。

もちろん、だからといって、歩道に飛び出していいというわけではありません。

ですが、全ての不幸が重なって、事故が起きた。

急ブレーキとタイヤが道路にこすれる音が鳴り響きます。

衝突音。

鈍い音がして、少年は、遠くへ飛ばされました。

周りにいた小学生たちは、固まって動けなくなり、悲鳴をあげる子、泣きじゃくる子、気が動転してしまった子など、阿鼻叫喚とはまさにこのことかという状況でした。

ドライバーは、車を再発進させ、逃げました。

少年がどうなったかの確認などは一切せず、とにかく、逃げました。

通学路のことで、歩道脇の民家にいた人が、事故の音を聞いて駆けつけ、救急と警察に連絡をしてくれました。

少年は、緊急搬送され、大きな手術になりました。夕方に始まった手術は、翌日の明け方までかかったそうです。

幸いにして、一命は取り留めました。

一方、轢き逃げをしたドライバーは、警察の捜査の結果、2日後に捕まりました。

目撃者の小学生がたくさんいたこと、その中に、ナンバープレートと車種を覚えている子どもが複数いたこと、車の中のドライバーの姿をなんとなく覚えている子どもも多少いたことなどにより、犯人特定、逮捕までこぎ着けました。

証言により、轢き逃げだけではなく、スピード違反や前方不注意も加わりました。

ところが。

被害者の少年が生きていること、少年の方が車道に飛び出したこと、そのことを詰問された少年の友だちが、「僕が悪い」と証言してしまったことなどが加味され、犯人は、そこまで大きな罪にはなりませんでした。

犯人は、18歳の高校生の少年で、免許取り立て。気が動転してしまったのも、逃げ出してしまったのも、致し方ないのではないか。加害者とはいえ未来ある少年のためにも、厳罰は避けるべきだ、という弁護側の主張が、ほぼほぼ通ることになってしまったそうです。

被害者の少年は、確かに一命は取り留めました。

ですが、一生目が見えなくなりました。

声帯も傷ついてしまい、声も出せなくなりました。

唯一生き残った器官である、耳で聞いた音を頼りに、生活をしています。

その耳に飛び込んできたのが、椿山さんの声だった。

豊年満作は、そう言いました。


——それを聞いて、どう思いましたか?

「どうって?」

——轢き逃げと、車椅子の少年。

「どっちが悪いか? いや、まったく興味はなかったよ。どっちも悪い」

——どっちも。

「不幸な事故だ。確かに。同情の余地もある。だけど、その不幸な事故は、僕には何の関係もない。不幸な事故は加害者被害者双方にとって不幸だけど、だからって、僕が不幸になる理由にはならない」

 ——確かに。そうですね。

「もし今改めて考えるなら、もうちょっと道徳的なものの考え方もできるかもしれない。けど、少なくともその時にどう思ったかと聞かれたら、正直にこう言うしかない」

 ——つまり?

「僕の知ったことじゃない、と」

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