13
夏が終わって、涼しくなり始めた頃。
少年は、小学校5年生だったと言います。
友だちと、学校帰りに遊んでいた少年は、登下校の途中の車道脇の歩道を、ただただ普通に歩いていました。ほんの冗談で、友だちが、少年の帽子を脱がせて、自分でかぶりました。
その時人気のアニメの絵柄が入った帽子で、少年は友だちに自慢し、友だちは少年をうらやましがっていたのです。
少しアニメの話題で盛り上がって、じゃあ、帽子を返そうと友だちが帽子を脱いだとき。
風が吹きました。
帽子が、風に舞い、飛んでいきます。少年は、慌てて帽子を掴もうと、身を乗り出します。車道に。その時、たまたま、車が走ってきました。
通学路になっている道なので、歩道を登下校している小学生はたくさんいます。
時間帯を考えても、あまり車の通りは多くなかったはずでした。
その車は、制限速度を大幅に超えていました。
更に、歩道は左右どちらも小学生がいるというのに、ドライバーは注意を払わず、前方不注意でした。
もちろん、だからといって、歩道に飛び出していいというわけではありません。
ですが、全ての不幸が重なって、事故が起きた。
急ブレーキとタイヤが道路にこすれる音が鳴り響きます。
衝突音。
鈍い音がして、少年は、遠くへ飛ばされました。
周りにいた小学生たちは、固まって動けなくなり、悲鳴をあげる子、泣きじゃくる子、気が動転してしまった子など、阿鼻叫喚とはまさにこのことかという状況でした。
ドライバーは、車を再発進させ、逃げました。
少年がどうなったかの確認などは一切せず、とにかく、逃げました。
通学路のことで、歩道脇の民家にいた人が、事故の音を聞いて駆けつけ、救急と警察に連絡をしてくれました。
少年は、緊急搬送され、大きな手術になりました。夕方に始まった手術は、翌日の明け方までかかったそうです。
幸いにして、一命は取り留めました。
一方、轢き逃げをしたドライバーは、警察の捜査の結果、2日後に捕まりました。
目撃者の小学生がたくさんいたこと、その中に、ナンバープレートと車種を覚えている子どもが複数いたこと、車の中のドライバーの姿をなんとなく覚えている子どもも多少いたことなどにより、犯人特定、逮捕までこぎ着けました。
証言により、轢き逃げだけではなく、スピード違反や前方不注意も加わりました。
ところが。
被害者の少年が生きていること、少年の方が車道に飛び出したこと、そのことを詰問された少年の友だちが、「僕が悪い」と証言してしまったことなどが加味され、犯人は、そこまで大きな罪にはなりませんでした。
犯人は、18歳の高校生の少年で、免許取り立て。気が動転してしまったのも、逃げ出してしまったのも、致し方ないのではないか。加害者とはいえ未来ある少年のためにも、厳罰は避けるべきだ、という弁護側の主張が、ほぼほぼ通ることになってしまったそうです。
被害者の少年は、確かに一命は取り留めました。
ですが、一生目が見えなくなりました。
声帯も傷ついてしまい、声も出せなくなりました。
唯一生き残った器官である、耳で聞いた音を頼りに、生活をしています。
その耳に飛び込んできたのが、椿山さんの声だった。
豊年満作は、そう言いました。
——それを聞いて、どう思いましたか?
「どうって?」
——轢き逃げと、車椅子の少年。
「どっちが悪いか? いや、まったく興味はなかったよ。どっちも悪い」
——どっちも。
「不幸な事故だ。確かに。同情の余地もある。だけど、その不幸な事故は、僕には何の関係もない。不幸な事故は加害者被害者双方にとって不幸だけど、だからって、僕が不幸になる理由にはならない」
——確かに。そうですね。
「もし今改めて考えるなら、もうちょっと道徳的なものの考え方もできるかもしれない。けど、少なくともその時にどう思ったかと聞かれたら、正直にこう言うしかない」
——つまり?
「僕の知ったことじゃない、と」
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